中東で起きている緊張の高まりが、なぜ鹿児島の養殖魚やランドセル、クリーニング店の資材にまで響くのか。一見ばらばらに見えるこれらの品目は、いずれも石油を起点とするサプライチェーンにつながっている。イラン情勢の緊迫化は、日本の身近な商品がどれほどエネルギーと石油化学品に依存しているかを改めて浮かび上がらせている。
ホルムズ海峡という供給網の要所
問題の起点になるのが、ペルシャ湾と外海をつなぐホルムズ海峡だ。最も狭い場所は約50キロとされるが、米エネルギー情報局(EIA)によると、2024年から2025年第1四半期にかけて、この海峡を通る石油と石油製品の量は世界の海上石油取引の4分の1超、世界の石油・石油製品消費の約2割に相当した。
日本にとってもここは遠い海ではない。資源エネルギー庁は、日本の原油輸入の約9割以上を中東に依存していると説明している。海峡周辺の緊張が高まれば、原油だけでなく、石油を原料にする化学品の供給にも不安が広がりやすい構造だ。
国土交通省も3月13日の会見で、ペルシャ湾内の日本関係船舶の状況把握と安全確保を進めていると説明した。現時点で全国一律の供給不足と断じる段階ではないが、物流の現場が平時ではなくなっていることは確かだ。
カンパチは輸送の遅れがそのままコストに変わる
鹿児島県や宮崎県の養殖現場では、中国からカンパチの稚魚を調達するケースがある。4月2日の共同通信系報道では、輸送の遅れで一定程度まで育ったカンパチについて、政府が無関税で輸入できる対象の拡大を検討していると伝えられた。
この報道が示しているのは、輸送の遅れが単なる日程のずれにとどまらず、制度上の扱いの違いを通じてコスト増につながりうるということだ。養殖業は、魚を育てる前の段階から、燃料事情や海上輸送の影響を受ける。エネルギー問題が魚価の前段で効いてくる構図が見えてくる。
ランドセルの接着剤や芯材も石油化学品だ
東京・足立区の中村鞄製作所では、2027年春入学向けのランドセルづくりが進んでいる。同社への取材では、石油由来原料を使う接着剤に値上げ通知が届き、芯材やフィルムなどでも今後のコスト上昇が懸念されているという。
ランドセルと中東情勢を結ぶ鍵はナフサだ。ナフサは原油を蒸留して得られる石油化学の基礎原料で、プラスチック、樹脂、合成繊維、接着剤、フィルムなど幅広い製品の出発点になる。ランドセルに使われる接着剤や樹脂製の部材も、この流れの中にある。
ロイターは3月、アジアの石油化学業界で中東産ナフサの供給懸念が強まり、一部企業が稼働調整を迫られていると報じた。日本のランドセルメーカーに届いた値上げ通知は、国際的な原料市場の変化が家計向け製品に波及し始めていることを示す事例といえる。
クリーニング店ではしみ抜き資材にも影響が及ぶ
長野市のクリーニング会社への取材でも、ナフサ由来のしみ抜き用溶剤の一部が入りにくくなり、使用量を抑えながら工程を調整している実態が伝えられている。原材料の供給不安は、製造業だけでなく、地域のサービス業にも広がっている。
クリーニングでは、衣類を洗う技術そのものだけでなく、汚れの種類に応じて使い分ける溶剤や洗剤の安定調達が重要になる。ここでも石油化学品の供給網が崩れると、現場の手間やコストが増え、最終的には価格やサービス内容に影響する可能性がある。
政府は情報収集と支援窓口づくりを急ぐ
経済産業省の各地方経済産業局は4月2日、中東情勢の影響を受ける燃料油や石油由来の化学品・製品について、情報提供を受け付けるポータルや相談窓口の設置を進めた。現段階では、全国一律の供給危機を宣言するというより、影響の広がりを早めにつかみ、企業からの相談を集める局面に入ったとみられる。
一部報道では、今回のリスクは原油高による物価上昇だけでなく、原材料不足が生産を押し下げ、需要も冷やす形で経済全体に重しになる可能性があると指摘されている。カンパチの稚魚、ランドセルの接着剤、クリーニングの溶剤は、それぞれ別々の話に見えて、実際には同じ石油依存の供給網の上にある。
石油はガソリン価格だけの問題ではない。海上輸送、化学原料、製造資材、サービス現場の消耗品まで含めて、日常のあらゆるところに入り込んでいる。イラン情勢が揺らしているのは、遠い国際政治だけではなく、日本の暮らしを支える原材料のつながりそのものだ。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

