ガソリン高の次に来るもの——イラン情勢が日本の生産現場に広がる供給不安

イラン情勢の緊張が続くなか、日本では今、あちこちの工場に「静かな異変」が起きている。プラスチック素材の値上げ、製鉄所の発電設備停止、菓子工場の操業休止——。ガソリンスタンドの看板価格だけに目を向けていると、見落としてしまいかねない変化が、国内の生産現場で着々と広がりつつある。


目次

なぜ「原油高」が工場の操業停止につながるのか

原油は、精製されることでさまざまな製品に姿を変える。ガソリンや軽油はドライバーがよく知るものだが、そこから派生する「重油」「ナフサ」も産業界にとっては欠かせない資源だ。

重油は工場のボイラーや発電設備の燃料として使われる。ナフサは石油化学の基礎原料で、エチレンという物質を介してプラスチック、食品包装材、家電や自動車の部品へと広がっていく。つまり原油の供給が揺らぐと、ガソリン価格の話だけでは済まなくなる。化学製品から食品包装、工場の電力まで、川下に位置する多くの産業が同時に影響を受けるのだ。


「供給不安」が企業行動として現れ始めた

2026年3月、国内の企業がその影響を具体的な行動で示した。

大手化学メーカーの三菱ケミカルは、自動車や家電のプラスチック部材に使われる石油化学製品の値上げを発表した。食品用包装材についても同月17日に値上げを公表しており、立て続けの対応だ。背景にあるのは、ナフサを原料として製造される「エチレン」の価格高騰だという。エチレンとは、プラスチックや合成繊維など多くの化学品の出発点となる物質だ。「現在の価格を維持することが困難」というコメントは、単なるコスト上昇ではなく、原料調達そのものの不安定化をうかがわせる。

JFEスチールは、広島県福山市の製鉄所で、中国電力と共同で運営する5基の火力発電設備のうち1基を3月19日から一時停止した。理由は「発電に使う重油が不足するおそれ」。残り4基は稼働を続けているため製鉄所への電力供給に影響はないとしているが、言い換えれば、企業が手元の燃料を配分しながら操業を維持しているということだ。

埼玉県の菓子メーカーも、工場で使用する重油の調達が困難になったとして生産の一時停止を決めた。お菓子工場が重油不足で止まるというのは一見、ピンとこない話かもしれない。だが工場のボイラーや加熱設備は重油で動いていることが多く、燃料が手に入らなければ製造ラインは動かせない。


問題の源流——ホルムズ海峡という「細い管」

では、なぜ日本がここまで揺れるのか。その答えは、日本のエネルギー構造にある。

日本は原油の約95%を中東から輸入しており、そのうち約70%がホルムズ海峡を経由して運ばれてくる。ホルムズ海峡とは、ペルシャ湾とオマーン湾を結ぶ幅約50キロほどの海の回廊だ。世界の石油輸送の要所であり、ここが機能不全に陥ると、日本へのタンカーの流れが直接止まりうる。

イランとの緊張が高まるたびに「ホルムズ海峡封鎖」のリスクが議論されるのは、日本にとってそれが文字通り「生命線」だからだ。完全封鎖でなくとも、輸送の遅れや保険コストの上昇だけで、輸入コストは跳ね上がる。


「価格上昇」より深刻な「供給制約」

今回の一連の動きが示しているのは、原油高が「家計のガソリン代が上がる問題」から「企業が原料・燃料を確保できるかどうかの問題」へと性質を変えつつあることだ。

価格が高くても買えるうちはまだいい。だが在庫が枯渇し、入手自体が不安定になると、企業は操業を絞るしかなくなる。JFEや菓子メーカーの動きはその前兆として読むこともできる。

石油化学分野では、エチレン生産がすでに絞られており、三菱ケミカルなど各社が稼働調整に入りつつあるとも伝えられている。今回の値上げはコスト転嫁というよりも、原料が安定的に入ってくる保証が薄れた状況への対応という側面が強い。


政府も「供給ショック」への備えを強めているとみられる

政府も状況を楽観していない。国際エネルギー機関(IEA)と協調し、石油備蓄の放出を進める方向で動いていると伝えられており、その規模は8000万バレルとも報じられている。これは「ちょっとした価格調整」ではなく、供給途絶を見越した備えとみられる。

ガソリン価格への補助金対策も続いているが、今後の焦点は燃料・原料の物量確保、そして精製・輸送網をどう維持するかに移ってくる可能性がある。


私たちの生活への波及

影響は家計にも着実に近づいている。食品包装材のコスト上昇は食品価格に転嫁されうる。プラスチック部材の高騰は家電や自動車の製造コストを押し上げる。工場の燃料不足が続けば、一部商品の生産縮小や品薄につながるおそれもある。

「イランの話は遠い」と感じるかもしれないが、スーパーの棚や工場の現場は、すでにその連鎖の中にある。今起きていることは、原油価格の数字の問題ではなく、食品包装材・家電部材・工場燃料という日常に直結する供給網の脆弱性が、可視化されつつあるということだ。

(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

CFP®/1級ファイナンシャルプランニング技能士
公益社団法人 日本証券アナリスト協会認定
・プライマリー・プライベートバンカー
・資産形成コンサルタント
一般社団法人金融財政事情研究会認定
・NISA取引アドバイザー

目次