ウクライナが防衛ノウハウを中東へ輸出する理由——ゼレンスキー氏の対価外交を読み解く

ウクライナといえば、長期にわたる戦争の中で西側諸国から武器・資金の支援を受け続けている国というイメージが強い。ところが最近、そのウクライナが「支援を受ける側」だけでなく、「防衛の専門知識を提供する側」としても動き始めている。

3月14日、ゼレンスキー大統領は地元メディアとの懇談の場で、中東の湾岸諸国に対してウクライナの専門家チームを派遣したことを明かした。そして派遣にあたっては、資金や技術面での「見返り」を求めていく考えも示した。戦争が生んだ実戦経験を外交カードに変える——この動きの背景には、ウクライナをめぐる複雑な事情がある。


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何を、どこに、なぜ派遣したのか

ゼレンスキー大統領の説明によると、派遣されたのは3つの専門家チームで、それぞれ数十人規模だという。ロイター通信の報道によれば、支援先はカタール、UAE(アラブ首長国連邦)、サウジアラビアの湾岸3カ国に加え、ヨルダンの米軍基地にも関与しているとされている。

彼らが持ち込んだのは、装備品ではなく「ノウハウ」だ。具体的には、無人機(ドローン)の迎撃方法、電子妨害(電波でドローンを無力化する技術)、そして実際に攻撃を受けたときの対処手順などを含む実戦知識だ。

なぜ湾岸諸国がウクライナに頼るのか。背景にあるのが、イランの無人機による攻撃への対応だ。イランは「シャヘド」と呼ばれる自爆型ドローンを保有・運用しており、中東の緊張が高まる中で、湾岸諸国はその脅威への備えを急いでいる。

シャヘドとは、もともとイランが開発した安価な自爆型無人機だ。ロシアがウクライナ侵攻で大量使用したことで国際的に知られるようになった。小型で安く、大量に飛来する特性があり、高額な迎撃ミサイルを使うと費用対効果が悪いという問題もある。ゼレンスキー氏は、中東で使われる機体にはロシア側で発展した運用・生産ノウハウの影響もあると主張している。


高価な防空システムだけでは足りない理由

湾岸諸国は、アメリカ製の「パトリオット」を代表とする高性能防空システムをすでに保有している。それでもウクライナの知見を求める理由は何か。

防空の実効性は、高価な装備を「持っているかどうか」だけで決まらない。レーダーの運用、電子妨害の組み合わせ、安価な小型ドローンを使った迎撃(ドローン対ドローン)、さらには基地や部隊の判断スピードなど、「使いこなす力」が結果を大きく左右する。

ウクライナは2022年以降、毎晩のように飛来するドローンへの対処を3年以上続けてきた。高価なミサイルだけに頼らない「現実的な迎撃の組み合わせ」を実戦で磨いてきた国は、世界でも多くない。ガーディアン紙は、湾岸諸国がウクライナに価値を見いだしているのは、まさにこの「実地で得た運用知識」だと伝えている。


対価を求める理由

ゼレンスキー氏は、専門家派遣の条件として資金提供だけでなく技術面でのリターンも求める姿勢を明示した。これをどう見るかは難しい問題だ。

「支援を受けている立場の国が対価を求めるのは打算的では」という見方もあるだろう。しかし、現実の文脈で見ると話は変わってくる。

ウクライナは3年以上にわたる戦争で財政に重い負担を抱えている。欧米からの支援は続いているが、中東情勢の悪化が欧米の注意や資源を中東側に引き付けており、ウクライナへの兵器供給や外交的な優先順位が後退するリスクをゼレンスキー氏は強く意識している。実際、ゼレンスキー氏は「中東の戦争が、西側からの防空装備の供給や外交日程に影響を与えている」と述べている。

こうした文脈では、自国が持つ実戦経験を安全保障サービスとして提供し、その資金・技術支援の獲得につなげようとするのは、長期戦下での現実的な生存戦略とも言える。ロイターはこれを、ウクライナが「安全保障サービスの新たな供給国」として浮上しつつある現象として報じている。


この動きが持つリスク

一方で、この戦略はリスクも伴う。

湾岸諸国との安全保障取引が深まれば、ウクライナはイランとのあつれきをより直接的に引き受けるリスクを抱えることになる。現在の主戦線であるロシアとの戦争と並行して、中東という別の地政学的摩擦に巻き込まれかねないという見方もある。


戦争が生んだ「知識の輸出」という現象

今回の動きが示すのは、現代の戦争において「実戦経験」そのものが価値を持つという事実だ。ウクライナは、ロシアとの消耗戦の中で、大国の軍隊が必ずしも持っていない種類の実務能力を蓄積した。その知識が、中東という別の地政学的文脈で需要を生んでいる。

アル・ジャジーラ系メディアの分析では、この動きはウクライナが「被支援国」から「安全保障サービスの供給国」へと部分的に立場を変えつつある現象として映っている。中東への関与を通じて資金・技術・外交的な存在感を確保しようとする試みとも言える。

中東情勢の悪化で欧米の支援が分散しかねない中、ウクライナは自国の戦時ノウハウを「外交資産」として換金し始めた。それが長期戦を生き抜くための新たな軸になるのか、それとも新たなリスクを呼び込むのか——この動きの帰趨は、ウクライナをめぐる状況を読むうえで一つの注目点になる。

(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

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この記事を書いた人

CFP®/1級ファイナンシャルプランニング技能士
公益社団法人 日本証券アナリスト協会認定
・プライマリー・プライベートバンカー
・資産形成コンサルタント
一般社団法人金融財政事情研究会認定
・NISA取引アドバイザー

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