街の自販機が消えている
自販機は日本の日常を支える身近なインフラだが、その事業モデルはいま見直しを迫られている。
2026年3月、サッポロホールディングス(東証プライム・2501)傘下のポッカサッポロフード&ビバレッジが、全国に展開する約4万台の自動販売機事業をライフドリンク カンパニー(東証プライム・2585)へ売却すると発表した。また、ダイドーグループホールディングス(東証プライム・2590)も自販機の台数を今後2年間でおよそ2万台減らす方針を明らかにしている。
これらは単発の出来事ではない。日本全体で、飲料自販機をめぐるビジネス環境が、構造的に厳しくなってきている。
「自販機大国」の現在地
日本は長く「自販機大国」と呼ばれてきた。コンビニが普及する前から、駅や路上、オフィスビル、ホテルの廊下まで——至る所に自動販売機が置かれ、「24時間、どこでも飲み物が買える」インフラとして定着してきた。
日本自動販売システム機械工業会の集計では、2024年末時点の飲料自動販売機の普及台数は約220万台。今でも巨大なネットワークだ。ただし前年に比べて約1%減少しており、台数ベースでは縮小が続いている。
この数字は、日本の自販機ビジネスが「拡大」から「選別と効率化」へと転換点を迎えつつあることを示唆しているとみられる。
なぜ採算が取れなくなったのか
自販機ビジネスの採算悪化には、大きく3つの要因が重なっている。
① 値上げで消費者が離れた
近年の物価上昇で、自販機の飲料価格も引き上げられてきた。ペットボトル入りのお茶が1本160円になった自販機も珍しくない。一方で、ドラッグストアやディスカウントストアでは同じ飲み物がより安く手に入る。「今すぐ飲みたい」という緊急性がなければ、消費者は安い売り場に流れやすい。
都内のある酒販売会社では、ホテルや路上に自動販売機を300台あまり設置しているが、直近の1か月の売り上げが約1,000万円と、コロナ禍前に比べておよそ4割減少した。ホテルでかつてはメインの飲料購入場所だった自販機が、いまはコンビニ利用に取って代わられているという。
② コストが上がり続けている
自販機ビジネスは、見た目よりもずっと「人の手」を必要とする事業だ。商品の補充、売上金の回収、機械の故障対応、温度管理——これらはすべて人が現地に出向いて行う必要がある。
物流費、人件費ともに上昇が続いており、1台あたりの採算は年々悪化している。機械そのもののリース費用も固定的にかかる。売り上げが減っても、コストはなかなか下がらないという構造だ。
③ 運営人材が不足している
少子高齢化や人手不足が深刻化する中、自販機の保守・補充を担うオペレーション人材の確保も難しくなっている。ダイドーグループホールディングスが早くから「オペレーション人材不足」を課題として挙げてきたように、この問題は業界全体で共通している。
大手各社の対応
業界大手も、対策を打ち出している。ただし方向性は「撤退一辺倒」ではなく、「利益の出る場所に絞り込む」という選別だ。
伊藤園(東証プライム・2593)は2026年1月、自販機事業で136億円の減損損失を計上した。原材料費・物流費・人件費の上昇が続く中で販売数量が低下し、「経営環境が著しく悪化している」と説明している。これは業界の現状を最も直接的に数字で示した事例だ。
コカ・コーラ ボトラーズジャパンホールディングス(東証プライム・2579)は、約65万台という国内最大級の自販機ネットワークを持つが、今後は設置場所の最適化や固定費削減を進める方針を示している。巨大な網を維持しながらも、「量の勝負」から「収益性の勝負」へと軸足を移しつつあるとみられる。
サントリー食品インターナショナル(東証プライム・2587)は、自販機向けのスマートフォンアプリ「ジハンピ」を全国展開するなど、デジタル活用で利便性と運営効率の改善を図っている。こうした取り組みは、単なる販売チャネルから「付加価値を生む場所」へ自販機を転換しようとする試みだ。
「自販機の消滅」ではなく「自販機の再設計」
こうした動きを見ると、「日本から自販機がなくなる」わけではないことがわかる。むしろ問われているのは、どこに、どんな自販機を、どう運営するかという質の問題だ。
採算の取れない場所から撤退し、人通りが多い駅や観光地、オフィスや病院などの施設内など稼ぎ頭になりやすい立地に絞っていく。裏を返せば、日常的な利用が見込まれる場所の自販機は今後も残りやすく、閑散とした路上や採算の厳しい立地から順に姿を消していく可能性がある。
補充や保守の頻度を最適化するために、ICTを活用して在庫や売れ筋をリアルタイムで把握する。キャッシュレス対応やアプリ連携で、顧客との継続的な接点を作る——そういう方向への転換が、業界全体で進んでいる。
身近なインフラが変わっていく
物価高と人手不足のもとで、自販機は「どこにでもある存在」から「採算の取れる場所に選ばれて残る存在」へと変わり始めている。
「よく通る道の自販機が消えた」という経験は、今後さらに増えるかもしれない。一方で、残る自販機はより立地が厳選され、デジタルサービスとつながったものになっていく可能性がある。日本の日常風景の一部である自動販売機が、静かに、しかし確実に再編されていきつつある。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

