イラン情勢とロシアへの制裁。一見まったく別の問題に見えるこの2つが、原油市場を介してつながり始めている。ウクライナのゼレンスキー大統領が強い懸念を示したその背景には、地政学がエネルギーを通じて戦争の構図を変えかねない、という現実がある。
なぜイラン危機がロシアを助けるのか
2026年3月現在、イランの報復攻撃の影響でホルムズ海峡では航行リスクが急速に高まり、タンカーの運航が大きく制約される状況となっている。ホルムズ海峡は、ペルシャ湾とアラビア海を結ぶ幅30〜50キロほどの水路で、世界の原油海上輸送量の約2割がここを通過するとされる。この「石油の大動脈」での輸送が滞れば、中東産原油の輸出は大幅に制約される。
原油が足りなくなれば、価格は上がる。そしてどこかから不足分を補わなければならない。その「どこか」の候補として浮上するのが、ロシア産原油だ。
ロシアはサウジアラビア、米国と並ぶ世界3大産油国の一つだ。ウクライナ侵攻以来、欧米諸国はロシアへの経済制裁の一環として、ロシア産原油の購入・取引を原則として禁じてきた。だが、原油価格が急騰し、供給不安が広がる局面では、この制裁を「維持し続けること」の政治的コストも高くなる。
トランプ政権が動き始めた
米国のトランプ大統領は3月9日、一部の国に対して科している原油関係の制裁を一時的に解除する考えを示した。そのシグナルはすでに動きとして現れており、米国は今月5日、インドに対してロシア産原油の一部について購入を一時的に認めると表明している。
インドへの「購入容認」は、制裁の抜け道として機能する。インドがロシア産原油を買い、それを精製・加工して第三国に輸出すれば、実質的にロシアの原油収入を支える流れになりうる。米国メディアは、トランプ政権がさらなる制裁緩和を検討していると報じている。
「侵略者への制裁をなぜ解除できるのか」
この流れに対し、ウクライナのゼレンスキー大統領は3月10日、NHKを含む記者団にこう述べた。
「制裁が解除されれば、間違いなくわれわれにとって深刻な打撃になる。侵略者のロシアへの制裁をなぜ解除できるだろうか。アメリカがそのような譲歩をしないと強く信じている」
ウクライナにとって、対ロシア制裁は戦費・軍需を締め上げる重要な圧力手段だ。制裁が緩和されれば、ロシアの原油収入が回復し、戦争継続の資金力が高まる可能性がある。ゼレンスキー大統領の言う「深刻な打撃」は、軍事的な支援の有無だけでなく、こうした経済的な意味でもある。
なぜ米国は「制裁」より「原油」を選ぶのか
トランプ大統領がロシア制裁の緩和に動く背景には、国内の物価・エネルギーコスト問題がある。原油価格の急騰は、ガソリン代や輸送コストを押し上げ、米国の有権者の生活にも直撃する。ウクライナへの連帯よりも、目の前のエネルギーコスト安定を優先する、という判断が働いている可能性がある。
「制裁を維持してエネルギー高騰を受け入れるか、制裁を緩めてエネルギーを安定させるか」——これはすでに、価値観の問題ではなく、政治的な利益計算の問題になりつつある。
地政学が戦争の構図を変える
この事態の本質は、ひとつの地域危機が、別の地域の戦争の力学を変えうる、という点にある。
イランの動きがホルムズ海峡の通航リスクを高め、原油供給が脅かされる。それがロシア産原油への依存を高め、制裁に亀裂を生む——この連鎖は、意図したものではなくとも、結果としてロシアに有利に働く構図だ。
ゼレンスキー大統領は同日、ウクライナの安全保障チームを中東の湾岸諸国に派遣したことも明らかにした。無人機の迎撃など、ウクライナの防空能力を中東の安全保障に役立てることで、外交的な支援獲得につなげたいねらいがあるとみられる。原油危機を逆手に取り、存在感を示そうとする戦略とも読める。
今後の焦点は、米国が制裁緩和を実際にどこまで進めるか、そしてG7・欧州がその動きに同調するかどうかだ。エネルギー危機が長引くほど、この問いへの答えは出しにくくなる。
エネルギー危機は、単なる原油価格の問題ではない。それはロシアへの制裁、ウクライナ戦争、そして中東情勢をひとつの鎖で結びつける地政学的リスクになりつつある。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

