中東情勢の悪化を受け、2026年7月7日の会見で、経済産業相が石油化学原料であるナフサの備蓄を検討する考えを示したと報じられた。検討対象には、経済安全保障推進法に基づく特定重要物資への指定も含まれるとされる。
これは、すぐに店頭から商品が消えるという話ではない。重要なのは、中東リスクが原油価格やガソリンだけでなく、プラスチック、包装材、接着剤、印刷インキ、医療関連素材などの出発点にある原料供給にも関わる点だ。
日本から見ても、このニュースは遠い地政学の話にとどまらない。ナフサは一般消費者が直接買う商品ではないが、食品包装、日用品の容器、建材、自動車や電機部材など、生活と製造業のかなり広い範囲に入り込んでいる。供給不安が長引けば、まず企業の調達、在庫、納期、コストに表れやすい。
ナフサとは何か、なぜ生活用品まで関係するのか
ナフサは、原油精製などから得られる石油化学の基礎原料だ。ナフサからエチレンやプロピレンといった基礎化学品が作られ、さらにポリエチレンやポリプロピレンなどの樹脂に加工される。これらは包装材や容器、フィルム、接着剤、塗料、インキ、医療関連素材などに使われる。
つまり、ナフサの供給は「化学メーカーだけの問題」ではない。食品メーカーは包装材、小売は商品供給、医療分野は衛生用品や関連素材、建設分野は断熱材や部材を通じて間接的に関係する。英紙The Guardianも、ナフサが消費者から見えにくい原料でありながら、プラスチックや断熱材、接着剤、医療用品、印刷インキの溶剤などに関係すると説明している。
ただし、ナフサ供給に懸念が出たからといって、直ちに個別商品が不足すると決まるわけではない。企業は在庫を使い、調達先を変え、製品輸入や生産調整で影響を吸収しようとする。長期化した場合の論点は、代替調達の追加費用、品質確認、納期調整、価格転嫁がどの段階に出るかだ。
日本のナフサ輸入は2024年実績で中東依存が大きい
石油化学工業協会の統計では、2024年の日本のナフサ輸入量は20,560千キロリットルだった。このうち中東計は15,122千キロリットルで、構成比は73.6%とされる。国別では、アラブ首長国連邦(UAE)、クウェート、カタールの比率が高い。
この数字は2024年実績であり、2026年7月時点の最新構成をそのまま示すものではない。それでも、供給源が中東に大きく偏っている構造を理解するうえでは重要な手がかりになる。中東情勢が緊張すれば、輸送経路、船舶保険、調達価格、納期に影響が出る余地がある。
代替調達は単純な置き換えでは済まない。別の地域から調達する場合でも、品質、価格、契約条件、船腹の確保、国内の流通調整が必要になる。原料そのものが確保できても、基礎化学品、樹脂、包装材へ加工される各段階で在庫や納期の調整が生じる。
備蓄検討で問われるのは、何をどこまで支えるか
今回の報道で注目されるのは、ナフサを経済安全保障上の物資としてどう位置づけるかという点だ。経済安全保障推進法は、重要物資の供給確保を支援する制度枠組みで、特定重要物資は供給が途絶えた場合に国民生活や経済活動への影響が大きい物資を支援対象にする仕組みとして位置づけられる。
現時点で重要なのは、ナフサ備蓄が正式に決まったと受け止めないことだ。報道されているのは、備蓄や特定重要物資への指定を含めて検討するという段階であり、制度化、予算措置、対象範囲が固まったわけではない。
難しいのは、備える対象の線引きだ。原料ナフサそのものを備蓄するのか、エチレンやプロピレンなどの基礎化学品も見るのか、さらに樹脂や包装材など川中・川下の製品まで支援対象に含めるのかで、政策の射程は変わる。原油備蓄があることと、石油化学原料から包装材までの供給が十分に守られることは同じではない。
企業や家計には価格、納期、在庫を通じて届く
日本貿易振興機構(JETRO)の整理では、2026年4月の石油化学製品生産は一部で前月比回復が見られた一方、前年同月比ではエチレン、ポリエチレン、ポリプロピレンが大きく減少した。エチレンは前年同月比37%減、低密度ポリエチレンは27%減、高密度ポリエチレンは34%減、ポリプロピレンは24%減とされる。
このデータは2026年4月時点の生産動向であり、7月時点の供給状況を直接示すものではない。それでも、石油化学製品の生産が需要、設備、原料調達、在庫運用に左右されやすいことを考える材料になる。
企業側では、ナフサ価格だけでなく、樹脂価格、包装材価格、輸送費、在庫補充コストが問題になる。食品や日用品では包装材、医療・衛生用品では関連素材、建材では部材価格や納期を通じて、時間差で負担が表れることがある。家計に届く場合も、燃料価格のように一目で分かる形ではなく、内容量、包装仕様、販売価格、供給時期の調整として現れやすい。
今後の注目点は制度設計と供給網の実態
今後の注目点は大きく二つある。ひとつは、政府がナフサ備蓄をどの制度で扱い、特定重要物資への指定をどう判断するかだ。指定の有無、支援対象、備蓄費用の負担、民間企業の供給確保計画との関係によって、政策の意味は変わる。
もうひとつは、供給不安が実際にどの段階で表れているかだ。輸入量、在庫、生産、物流、価格、代替調達先を分けて確認しなければ、原料不足なのか、物流の制約なのか、価格負担なのかが見えにくい。中東依存度の高さは重要な前提だが、足元の調達構成や企業の在庫運用も別の確認材料になる。
ナフサは目立たない原料だが、供給網の奥で多くの商品を支えている。今回の備蓄検討は、中東リスクを原油や燃料だけでなく、化学原料、包装材、医療関連素材、建材までつながる産業素材の問題として捉え直すきっかけになる。次に確認したいのは、何が正式に決まり、何がまだ検討段階に残っているのか。そして、原料、基礎化学品、樹脂、包装材のどこを政策で支えるのかという線引きだ。
出典・参考
主な参照資料
- 石油化学工業協会「ナフサ」 https://www.jpca.or.jp/statistics/annual/nafusa.html
- 日本貿易振興機構(JETRO)「2026年4月の石油化学製品生産に関するビジネス短信」 https://www.jetro.go.jp/biznews/2026/05/016929dc096c1fc9.html
- The Guardian “Japan naphtha shortage explainer” https://www.theguardian.com/world/2026/may/19/japan-naphtha-shortage-explainer-iran-crisis

