ヨーロッパ中央銀行(ECB、ユーロ圏の中央銀行)が2026年6月2日に公表した報告で、2025年末時点の世界の公的準備に占める金の比率が時価ベースで27%となり、米国債の22%を上回った。ユーロは15%とされ、中央銀行や政府が保有する準備資産の中で、金の存在感が大きくなっている。
ただし、このニュースを「ドル体制の終わり」や「中央銀行が米国債を売って金へ乗り換えた」と読むのは早い。今回の数字には、中央銀行による金の購入だけでなく、金価格の上昇で保有分の時価が膨らんだ効果が大きく含まれる。
日本から見ても、これは遠い中央銀行だけの話ではない。ドルや米国債の位置づけは、円相場、輸入物価、エネルギー価格、金利、外貨建て資産を読む背景材料になる。一方で、今回のECB報告だけから日本の外貨準備運用や家計負担が直ちに変わるとはいえない。
「金が米国債を抜いた」は、保有量だけの話ではない
公的準備とは、政府や中央銀行が危機対応、為替介入、対外支払いの安定確保などに備えて持つ資産を指す。外貨建て資産だけでなく、金も含めて見た準備資産の全体像に近い。
今回注目されたのは、その公的準備の中で金の時価ベースの比率が米国債を上回った点だ。米国債は長く、ドル建てで売買しやすい安全資産として中央銀行に保有されてきた。そこに金が並び、上回ったことは、準備資産の組み合わせを考えるうえで重要な変化の兆しとして受け止められる。
ただし、金は価格が上がれば、保有量が変わらなくても比率が高くなる。ECB報告では、金価格の上昇による時価評価の影響が大きいことも示されている。つまり、見出しの強さとは別に、数量の変化と価格の変化を分けて読む必要がある。
脱ドルと読む前に、米国債・ドル建て資産・通貨別統計を分ける
「金が米国債を上回った」という数字は、米国債という一つの資産分類との比較である。ドル全体の地位をそのまま示すものではない。
中央銀行が保有するドル建て資産には、米国債以外の資産もある。また、通貨別の外貨準備を見る統計と、金を含む公的準備全体の時価構成は同じ指標ではない。金は通貨ではなく、米国債はドル建て資産の一部だ。
そのため、米国債の比率低下をもって、ドル需要全体が同じ幅で低下したとはいえない。確認したいのは、米国債の比率、ドル建て資産全体、通貨別外貨準備、そして金価格の評価効果がそれぞれどう動いているかだ。
なぜ中央銀行は金を持つのか
金が準備資産として注目される理由は、米国債とは性質が違うからだ。米国債は利回りがあり、市場が厚く、必要なときに売買しやすい。一方、金は誰かの債務ではなく、発行体の信用リスクを直接持たない。
2022年のロシアによるウクライナ全面侵攻後、西側諸国の制裁でロシア中央銀行の資産利用が制約されたことは、各国が準備資産の使いやすさを考える一因になったとみられる。外貨準備は危機時に使えることが重要だが、政治・制裁・安全保障の条件によって利用が難しくなる場面もある。
この文脈では、金は地政学リスクや制裁リスクを意識した分散先として評価されやすい。ただし、金は万能ではない。利子を生まず、保管コストがかかり、価格変動も大きい。中央銀行にとっての金は、米国債の完全な代替というより、準備資産の一部として組み合わせる資産といえる。
中央銀行の金購入は続くが、勢いだけでは読めない
ECB報告によると、2025年の中央銀行による金購入は約850トンとされる。2022年から2024年の年1000トン超に比べると鈍化したが、ロシアのウクライナ全面侵攻前よりは高い水準にある。
ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC、金市場の国際調査団体)の資料では、2026年第1四半期の中央銀行による金の純購入は244トンだった。2026年4月には、ポーランド、中国、チェコなどの買い増しが目立ったとされる。
もっとも、WGCは金市場の専門団体であり、価格見通しや需要見通しを読む際にはその立場も踏まえる必要がある。本文で確認できるのは、中央銀行の購入が続いていることと、金価格上昇が準備資産の見え方を大きく変えていることだ。
日本からは、円相場や物価を読む背景材料になる
日本にとって、ドルと米国債の位置づけは経済環境と無関係ではない。ドル需要や米国債市場の変化は、為替市場で円相場を考える材料になる。円安が進めば、エネルギーや食料など輸入品の価格に上昇圧力がかかりやすい。
米国債市場の需給や金利環境は、日本の長期金利、株式市場、外貨建て資産を組み入れた投資信託の市場環境を考える材料にもなる。ただし、今回の金比率上昇と生活費の上昇を直接結びつけるのは適切ではない。
金関連商品やドル建て資産への関心が高まりやすいテーマではあるが、中央銀行の準備資産運用と個人の資産選択は、目的も時間軸も異なる。金は安全資産と呼ばれることがある一方で、価格が大きく動く資産でもある。
次に確認したいのは、金価格とドル全体の動き
今回のニュースの核心は、金が米国債を上回ったという順位そのものだけではない。重要なのは、その変化が価格上昇による一時的な時価効果なのか、中央銀行の購入が続く構造的な動きなのかを分けることだ。
次に確認したい材料は三つある。第一に、金の比率上昇が価格要因と購入量のどちらにどれだけ支えられているのか。第二に、米国債だけでなくドル建て資産全体の比率がどう変わるのか。第三に、中国、ポーランド、トルコ、インドなどの中央銀行が、どの目的で金を増やしているのかだ。
金、米国債、ドルの関係は、単純な勝ち負けでは読みにくい。利回り、流動性、制裁リスク、地政学リスク、価格変動が同時に絡む。見出しの数字に引っ張られず、どの指標が何を示しているのかを分けて確認することが、今後の国際金融ニュースを読む手がかりになる。
出典・参考
主な参照資料
- European Central Bank, “The international role of the euro”, 2026 https://www.ecb.europa.eu/press/other-publications/ire/html/ecb.ire202606.de.html
- European Central Bank, ECB Blog, 2026年6月2日公表分 https://www.ecb.europa.eu/press/blog/date/2026/html/ecb.blog20260602~65ca6b0d68.en.html
- World Gold Council, “Gold Demand Trends Q1 2026” https://www.gold.org/goldhub/research/gold-demand-trends/gold-demand-trends-q1-2026
- World Gold Council, “Central bank gold statistics: central banks resume net buying in April”, 2026年6月 https://www.gold.org/goldhub/gold-focus/2026/06/central-bank-gold-statistics-central-banks-resume-net-buying-april

