経済産業省が2026年6月2日、日本企業の蓄電池関連売上を2035年に5兆円規模へ伸ばす目標を示したと報じられている。現在の約3倍を目指す政策目標という位置づけで、確定した売上予測ではない。
今回の論点は、EV向け電池だけではない。AIデータセンター、再生可能エネルギー、停電対策、電力系統の安定化、全固体電池の実用化が、同じ「蓄電池産業」の中に重なり始めている。
AIの利用が広がるほど、裏側ではサーバーを動かす電力が増える。日本にとっても、データセンター誘致、地域の送電網、災害時の電力安定性、長期的な電気料金に関わる話になる。蓄電池5兆円目標は、電池メーカーだけでなく、部素材、製造装置、電力、クラウド、自治体まで巻き込む産業政策として読む視点がある。
5兆円は達成済みの見通しではなく、政府が掲げる産業目標
報道では、経産省は2035年に日本企業の国内外での蓄電池関連売上を約5兆円へ増やす目標を掲げたとされる。背景には、世界の蓄電池市場が2035年までの10年間で拡大するとの見通しがある。
ただし、この数字は「市場が伸びるから日本企業の売上も自動的に伸びる」という話ではない。価格競争が激しくなれば、売上が増えても利益は伸びにくい。中国、韓国、米国、欧州の企業や政策支援との競争環境も、今後の確認材料になる。
売上目標の意味は、対象範囲によっても変わる。電池セルだけなのか、部素材、製造装置、制御システム、定置用蓄電池、電源システムまで含むのかで、日本企業がどこで付加価値を得るかは大きく異なる。
AIデータセンターは、なぜ蓄電池の話につながるのか
国際エネルギー機関(IEA)は、世界のデータセンター電力消費が2024年の約415TWhから、2030年には標準シナリオにあたるBase Caseで約945TWhへ増える見通しを示している。日本でも2030年までにデータセンター電力消費が約15TWh増え、2024年比で約80%増えるとの見通しがある。
ここで大事なのは、電力需要の増加と蓄電池売上の増加を分けて考えることだ。データセンターで重視されるのは、サーバーを止めないための電源対策である。停電時や電圧低下時に短時間電力を供給する無停電電源装置(UPS)、非常用電源、電力品質の維持、ピーク時の負荷調整が関わる。
再生可能エネルギーを使う場合も蓄電池の役割は大きい。太陽光や風力は天候で出力が変わるため、発電した電気をためたり、需要が多い時間帯に補ったりする仕組みが必要になる。AIデータセンターの増加は、発電、送電、蓄電、省エネを一体で考えるきっかけになっている。
EVだけではない、定置用と電源システムに広がる需要
蓄電池市場は長くEVの成長と結びつけて語られてきた。だが、EV需要は地域ごとの補助制度、価格競争、充電インフラ、政策変更に左右される。車載電池だけに依存すると、需要変動や国際競争の影響を受けやすい。
今回の目標で注目されるのは、蓄電池を「車に載せる部品」だけでなく、「電力システムを支える装置」として扱う流れだ。定置用蓄電池は、建物、工場、電力設備、データセンターなどに設置され、停電対策、再エネの変動調整、電力需給の調整に使われる。
個社の動きにも、その変化は表れている。ロイターの転載記事では、パナソニックがAIインフラ関連の成長を電池事業の利益押し上げ要因として示したと報じられている。一方で、車載電池事業の苦戦にも触れられており、AIインフラ向け需要は新たな需要分野になり得るものの、既存事業の課題を埋める保証ではない。
全固体電池は期待技術だが、量産化とは分けて考えたい
経産省は次世代電池である全固体電池について、サプライチェーン拡大と2030年ごろの本格実用化を目指すとしている。全固体電池は、電池内部の電解質を液体ではなく固体にする技術で、安全性やエネルギー密度の向上が期待される。
ただし、「2030年ごろの本格実用化」は、すぐに低価格で大量普及することと同じではない。量産技術、歩留まり、コスト、材料調達、設備投資、採用先の確保がそろって初めて、大きな市場を作れる。
日本企業にとって全固体電池は、価格競争が激しい車載電池市場で差別化を図る候補になり得る。ただ、研究開発の成果と商業化の距離は分けて確認したい。期待が大きい技術ほど、量産、コスト、供給網の現実が重要になる。
5兆円目標で確認したい売上の内訳と投資の中身
5兆円という数字だけでは、産業政策の実態は見えにくい。確認したいのは、電池セルの量産、部素材、製造装置、定置用システム、データセンター向けバックアップ電源、再エネ連携のどこに投資が向かうかだ。
蓄電池は経済安全保障とも関係する。リチウム、ニッケル、黒鉛などの資源、部素材の調達、製造装置、工場立地は、国際情勢や各国の補助政策に影響される。国内製造基盤を整えるとしても、供給網が国内だけで完結するとは限らない。
生活面では、データセンターや電池工場の誘致が地域の雇用や税収につながる一方、電力供給、送電網、環境負荷、災害対応も論点になる。AIの利用拡大は画面の中だけの変化ではなく、発電所、変電所、蓄電池、工場、地域インフラに届く変化でもある。
今後の焦点はAI需要を日本企業の受注に変えられるか
今後の焦点は、AIデータセンター需要の増加が、日本企業の蓄電池関連売上にどこまで結びつくかだ。電力需要が伸びても、海外メーカーが供給を担えば、日本企業の売上目標には直結しない。市場規模、価格、補助制度、工場投資、採用先の確保を分けて確認する必要がある。
もう一つの焦点は、政府目標が企業の実際の投資判断と重なるかどうかだ。政策支援があっても、企業は採算が見込めなければ大規模投資に踏み切りにくい。EV市場の変調や過剰供給の懸念があるなかで、定置用、データセンター、全固体電池、部素材・製造装置にどれだけ受注と収益の道筋を作れるかが問われる。
2035年に5兆円規模を目指す目標は、日本の蓄電池産業をAI時代の電力インフラにどう組み込むかという問いでもある。次に確認したいのは、経産省の戦略本文、支援策の規模、企業の設備投資計画、データセンター向け需要の実績だ。政策目標が、受注、設備投資、輸出、利益に結びつくかで、このニュースの意味は大きく変わる。
出典・参考
主な参照資料
- IEA「Energy demand from AI」 https://www.iea.org/reports/energy-and-ai/energy-demand-from-ai
- IEA「Batteries and Secure Energy Transitions」 https://www.iea.org/reports/batteries-and-secure-energy-transitions/outlook-for-battery-demand-and-supply
- Reuters / MarketScreener「Panasonic forecasts profit rebound for battery unit after quarterly loss」 https://www.marketscreener.com/news/panasonic-forecasts-profit-rebound-for-battery-unit-after-quarterly-loss-ce7f5bded988f322

