5月15日に可決されたのは、法律そのものではなく、衆議院内閣委員会での改正案である。それでも、共産党を除く各党などの賛成多数となった点は見逃せない。経済安全保障をめぐる政策が、企業活動や供給網を守るための現実的な課題として、幅広い政党に受け止められた形だ。
経済安全保障推進法などの改正案は、衆議院内閣委員会で一部修正されたうえで可決された。正式には、経済安全保障推進法と株式会社国際協力銀行法を改める法案であり、重要物資の供給に不可欠な役務への支援、基幹インフラ制度への医療分野の追加、官民協議会の創設なども含む。
その中で今回とくに注目したいのが、経済安全保障上重要な海外事業をJBIC、つまり国際協力銀行を通じて支援する仕組みである。一見すると、日本企業の海外事業を後押しする制度に見える。しかし焦点は、単なる海外進出支援ではない。海外にある輸送網、港湾、通信、資源、エネルギー関連の事業が、日本国内の暮らしや産業の安定にもつながっているという見方が、制度の前面に出てきた。
なぜ海外事業が安全保障の話になるのか
安全保障という言葉から、多くの人はまず防衛や軍事を思い浮かべる。しかし近年は、経済活動そのものが国の安全を左右する場面が増えている。
たとえば、半導体や医薬品、エネルギー、食料、通信網、港湾などが特定の国や地域に大きく依存している場合、紛争、輸出規制、サイバー攻撃、物流の混乱が起きると、企業活動だけでなく国民生活にも影響が及ぶ。工場の部品が届かない、燃料価格が上がる、通信インフラが不安定になるといった形で、海外の出来事が国内に跳ね返る。
経済安全保障とは、こうしたリスクを軍事以外の経済面から抑える考え方である。重要な物資やインフラを安定的に確保し、供給網が途切れにくい仕組みをつくることが中心になる。
今回の改正案は、その対象を国内の重要物資や基幹インフラだけにとどめず、海外で行われる重要事業にも広げる動きといえる。海外にある事業であっても、日本企業の競争力や日本向け供給網を支えるなら、安全保障政策の一部として扱うという発想だ。
JBICはどんな役割を担うのか
今回の改正案で重要な役割を担うのが、JBIC=国際協力銀行である。JBICは、日本企業の海外事業や資源確保、インフラ輸出などを金融面で支える政府系金融機関だ。
通常の民間銀行ではリスクが大きく、資金を出しにくい海外プロジェクトでも、日本の国益や経済政策上の重要性が高い場合には、JBICが融資や出資を通じて支援することがある。今回の改正案では、このJBICを経済安全保障上重要な海外事業の支援装置として、より明確に位置づける。
内閣府の法律案概要では、経済安全保障上重要な海外事業を支援する新制度を創設し、国際協力銀行法の目的規定に経済安全保障に関する項目を加えると説明している。さらに、JBICに新たな勘定を設け、そこから劣後出資などを供与することで民間資金の動員を図る仕組みも示されている。
劣後出資とは、損失が出た場合に通常の投資家より先に損失を引き受けやすい性格を持つ出資である。政府系機関がこうした資金を入れると、民間投資家から見たリスクは軽くなる。その分、民間資金を呼び込みやすくなる一方、事業が失敗した場合には公的部門の負担が大きくなりやすい。
なぜ修正案に中東情勢が入ったのか
15日の衆議院内閣委員会では、自民党と日本維新の会に加え、中道改革連合、国民民主党、参政党、チームみらいが修正案を共同提出した。修正案には、中東情勢も念頭に、政府が経済活動に関して国や国民の安全を損なう事態を防ぐため、必要な措置を速やかに検討することなどが盛り込まれた。
中東情勢が意識されたことは、今回の改正案の性格をわかりやすくしている。中東はエネルギー供給や海上輸送の面で、日本経済に大きな影響を持つ地域である。緊張が高まれば、原油価格や物流コスト、企業の調達計画に影響が出る可能性がある。
つまり、経済安全保障は遠い政策用語ではない。海外の港湾、輸送ルート、通信網、エネルギー関連施設が不安定になれば、国内企業のコストや供給計画に波及し、最終的には物価や雇用にも関わってくる。
今回の修正は、経済活動を守ること自体が安全保障の一部だという方向性を強めたものといえる。
賛成多数は何を意味するのか
採決では、共産党を除く各党などの賛成多数で改正案が可決された。ここには、経済安全保障をめぐる政治的な空気の変化がある。
かつては、政府が企業活動にどこまで関与するか、産業政策としてどこまで特定分野を支援するかは、立場の違いが出やすい論点だった。しかし、重要物資や供給網の混乱を経験した後では、市場に任せるだけでは守りきれない分野があるという認識が広がっている。
もちろん、賛成多数だったからといって、制度設計上の問題がなくなるわけではない。むしろ、広い合意が形成されやすいテーマだからこそ、具体的な運用では慎重さが求められる。
どの事業を支援するのかが次の焦点になる
今後の論点は、どの海外事業を「経済安全保障上重要」と判断するのかである。支援対象の線引きが不透明だと、特定企業への優遇ではないかという批判が出やすい。
たとえば、国際的な輸送網の強靱化に資する施設や、港湾、通信網などが日本の供給網に直接関わる場合は、比較的理解しやすい。一方で、どこまでを日本国内への利益とみなすのかは、事業ごとに判断が分かれる可能性がある。海外での事業であっても、日本企業の競争力維持、日本向け供給網の安定、同志国との連携強化につながるかどうかが重要な判断軸になる。
もう一つの焦点は、公的資金がどこまでリスクを負うのかである。JBICによる支援は、民間投資を後押しする効果が期待される一方、事業がうまくいかなかった場合には公的部門が損失を引き受ける構造になりやすい。
経済安全保障という言葉の対象が広がるほど、支援の透明性は問われる。重要なのは、リスクを避けることではなく、どのリスクを誰がどこまで負うのかを見えるようにすることだ。
家計や投資家にとっても無関係ではない
この法案は、直接には企業の海外事業や政府系金融機関の話である。ただ、一般の家計や投資家にとっても無関係ではない。
エネルギー、物流、通信、資源などの不安定さは、企業の利益や物価に影響する。企業が海外で安定した供給網を持てるかどうかは、製品価格、サービスの継続性、投資先企業の収益にもつながる。
新NISAなどで日本企業や世界株式に投資している人にとっても、経済安全保障は遠い政策ではない。企業の業績を見るとき、売上や利益だけでなく、どの地域に供給網を持ち、どのリスクにさらされているのかが、以前より重要な視点になっている。
海外での事業は国内の安定とつながっている
今回の改正案は、日本企業の海外展開を支援するだけの話ではない。海外にある輸送網、港湾、通信、資源、エネルギー関連の事業が、日本の供給網や企業活動を支える基盤になっているという現実を、制度の側から捉え直す動きである。
経済安全保障は、危機が起きてから慌てて対応する政策ではなく、平時からどこに依存し、どこが弱点になり得るのかを点検する考え方だ。今回のJBICを活用した支援制度は、その対象を海外の重要事業にも広げるものといえる。
今後は、制度の意義だけでなく、支援対象の透明性、公的リスクの管理、民間投資との役割分担が問われる。海外で行われる事業であっても、国内の暮らしや産業を支えている。そのつながりを見落とさないことが、経済安全保障を考える出発点になる。
(本稿は各種公開情報をもとに作成した。一部数値は記事掲載時点の情報である)

