戦争はなぜ終わらないのか

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米国・イランをめぐる緊張から考える「戦争と交渉の論理」

戦争は、始めることよりも終わらせることの方が難しい場合がある。

人命、経済、軍事力、国際的信用を失うことを考えれば、戦争を続けるより、交渉に入った方が合理的に見える。ところが現実には、国家は大きな損失を出しながらも戦争や軍事的緊張を続けることがある。

テレ東BIZの動画で紹介されていた「戦争と交渉の論理」は、この疑問を考えるうえで示唆的である。米国とイランをめぐる緊張を手がかりにすると、交渉は単なる平和への近道ではなく、戦争をしている国家にとってはリスクを伴う選択肢でもあることが見えてくる。

重要なのは、交渉そのものが弱さのサインとして読まれる可能性である。

戦時下で交渉を求めると、敵国はそれを「相手は苦しくなっている」「もう戦えないのではないか」「さらに圧力をかければ譲歩を引き出せるのではないか」と受け取ることがある。そうなれば、交渉の呼びかけは戦争を終わらせるどころか、敵の攻撃や要求を強める理由になり得る。

このため、国家が交渉に前向きになるには二つの条件が必要になる。

一つは、自国が交渉に前向きな姿勢を見せても、敵国がそれを弱さと推論しないことである。

もう一つは、敵国の戦略遂行能力、つまり Strategic Capacity が限られていることである。

Strategic Capacity は軍事力だけではない

Strategic Capacity は、単なる軍事力の強さではない。

オリアナ・スカイラー・マストロの著作『The Costs of Conversation: Obstacles to Peace Talks in Wartime』の議論に沿えば、ここで重要なのは、敵がこちらの交渉姿勢を弱さと読み、その推論を利用して戦争を激化、長期化できる能力である。

その能力には、兵力、弾薬、ミサイル、ドローン、経済力、補給能力、海上交通路を維持または遮断する能力、国内世論、政権の政治的体力、同盟国の支援、長期戦に耐える社会的忍耐力などが含まれる。

軍事的に強い国であっても、政治的な正当性が弱く、国内世論が揺らぎ、兵士の犠牲を国民が受け入れにくい場合には、戦争を続ける力が制約される。逆に、軍事的には劣勢に見える国でも、相手に長期戦の負担を与えられる能力を持っていれば、交渉で簡単に譲歩する必要はないと判断することがある。

つまり、戦争の行方を左右するのは、どちらが強い武器を持っているかだけではない。どちらが戦争を続ける政治的意思と社会的耐久力を持っているかでもある。

この視点に立つと、戦争中の交渉は「合理的だからすぐ始まるもの」ではなくなる。交渉に入ること自体が、相手に自国の弱さを知らせる行為になり得るからである。

朝鮮戦争に見る交渉の難しさ

朝鮮戦争は、交渉と戦争の関係を考えるうえで重要な例である。

朝鮮戦争は1950年に北朝鮮が韓国へ侵攻したことで始まった。第二次世界大戦後、朝鮮半島は北緯38度線を境に南北へ分断され、北はソ連の影響下、南は米国の影響下に置かれた。

開戦初期は北朝鮮が優勢だったが、米国主導の国連軍が反撃し、戦線は北へ押し返された。米軍が中国国境付近まで迫ると、中国が参戦した。ここから朝鮮戦争は、朝鮮半島の南北対立に、米国と中国の軍事的衝突が重なる戦争へと変化した。

この戦争では、中国が早い段階で交渉に前向きな姿勢を見せると、米国がそれを中国の弱さと読む可能性があった。中国にとっては、「これ以上戦えないのではないか」「さらに攻撃すれば譲歩するのではないか」と見られることが危険だった。

一方で、当時の米国には戦争を拡大し得る Strategic Capacity があった。軍事力、補給力、空軍力、国連軍としての国際的支援を持っていたからである。

そのため、中国は簡単には交渉に入れなかった。交渉を求めることが、相手の圧力を強めるきっかけになり得たからである。

朝鮮戦争は、交渉が平和への単純な入口ではなく、戦況や相手の能力によっては危険な選択肢にもなることを示している。

ベトナム戦争に見る「弱く見られない」ための抵抗

ベトナム戦争でも、交渉は単純ではなかった。

北ベトナムにとって、早く交渉に応じることは危険だった。米国から「空爆が効いている」「北ベトナムは苦しくなっている」「さらに軍事圧力をかければ屈する」と読まれる可能性があったからである。

実際、北ベトナムは軍事的・経済的には米国よりも劣っていた。しかし、米国にも限界があった。長期戦による国内世論の悪化、兵士の犠牲、戦争目的の正当性への疑問が、米国の Strategic Capacity を次第に制約していった。

1968年のテト攻勢は、この構図を象徴する出来事である。軍事的には北ベトナム側に大きな損害が出たが、政治的・心理的には米国に強い衝撃を与えた。米国社会では「この戦争は本当に勝てるのか」という疑問が広がり、戦争継続への支持が揺らいだ。

この例から分かるのは、軍事的な勝敗と政治的な勝敗が必ずしも一致しないということである。戦場で損害を受けても、相手国の国内世論や政治的意思を揺さぶることができれば、戦略上の意味を持つ場合がある。

イランにとって交渉は弱さに見えかねない

米国とイランをめぐる緊張を考えるときも、この論理は重要である。

イランが本気で交渉に前向きになるには、少なくとも二つの条件が必要になる。第一に、米国がイランの交渉姿勢を弱さと読まないこと。第二に、米国の Strategic Capacity が限られていると判断できることである。

もし米国が「イランはまだ戦える」「軍事圧力を続ければさらに譲歩する」「交渉はイランの弱さの表れだ」と考えるなら、イランにとって交渉は危険になる。

そのため、イランのミサイル、ドローン、海上交通への圧力、強硬な声明などは、自国がまだ戦えることを示す行動として読める場面がある。これは単なる挑発ではなく、交渉を弱さと受け取られないための行動として理解できる場合がある。

一方、米国側もイランの Strategic Capacity を見ている。イランにはミサイル、ドローン、代理勢力、ホルムズ海峡への圧力、地域ネットワークがある。しかし、経済制裁による財政面の制約、国内政治の緊張、長期戦への耐久力には限界もある。

米国がイランの能力を限られていると判断すれば、交渉よりも圧力を強める選択を取りやすくなる。逆に、イランが米国の政治的持久力に限界があると見れば、簡単には譲歩しない可能性がある。

両国は互いに相手の弱さと継戦能力を読み合っている。米国・イランをめぐる緊張が長引く背景には、この読み合いもある。

ホルムズ海峡はイランの重要なカードである

米国・イランをめぐる緊張で、ホルムズ海峡は重要な戦略カードである。

国際エネルギー機関、IEAの説明では、2025年にホルムズ海峡を通過した原油は日量約1500万バレルにのぼり、世界の原油貿易の約34%を占めた。世界のエネルギー供給に関わる要衝であり、ここが封鎖されたり、不安定化したりすれば、原油価格やガソリン価格が上がり、世界経済に大きな影響を与える可能性がある。

イランにとって、ホルムズ海峡は最大級の圧力手段である。実際に封鎖するかどうかとは別に、封鎖の可能性を示すだけでも、米国や関係国に対して「これ以上のエスカレーションには大きな代償がある」と伝えることができる。

一方、米国は圧倒的な海軍力を持つ。米国がホルムズ海峡周辺で軍事的圧力を強めることは、イランの Strategic Capacity を削る行動でもある。

つまり、ホルムズ海峡をめぐる動きは、単なる軍事的駆け引きではない。交渉に入る前に、相手にどれだけ圧力をかけられるか、どこまで自国の継戦能力を示せるかをめぐる政治的な駆け引きでもある。

核開発問題は弱さと継戦能力の象徴である

米国・イラン関係における本質的な対立の一つは、核開発問題である。

報道では、米国側がイランのウラン濃縮制限や高濃縮ウランの扱いを重視し、イラン側は濃縮の権利や保有ウランの国外搬出をめぐって強く反発しているとされる。2025年以降の協議や仲介案には揺れがあり、条件は一枚岩ではない。だからこそ、この問題は単なる技術的な交渉項目にとどまらない。

イランにとって核開発は、国家の主権、安全保障、体制の信頼に関わる問題である。大きく譲歩すれば、国内外から弱さと受け取られる可能性がある。

米国やイスラエルから見れば、イランが核問題で譲歩すれば「軍事圧力が効いた」「イランは屈した」「さらに圧力をかければもっと譲歩する」と読めるかもしれない。

イランから見れば、米国の Strategic Capacity が限られていると判断できるなら、核問題で簡単に譲歩する必要はない、という推論が成り立つ。

核問題は、交渉項目であると同時に、国家の弱さと継戦能力をめぐる象徴的な争点でもある。

日本にとっての示唆

この議論は、米国・イラン関係だけの話ではない。日本にとっても、中東情勢や東アジアの安全保障を考えるうえで重要である。

国家は、相手の意思を誤認しやすい。戦争が始まると、交渉はむしろ難しくなる。交渉の呼びかけは、弱さと見なされる可能性がある。戦争を防ぐには、平時から外交チャンネルを持ち、相手が自国の姿勢をどう読むかを考える必要がある。

特に日本は、有事の際に自国の交渉姿勢を相手がどう読むかを考えなければならない。対話を呼びかけたとき、それが平和への意思として受け取られるのか。それとも弱さとして推論されるのか。相手国の Strategic Capacity を正確に見極められるのか。

これは安全保障上、きわめて重要な問題である。

また、日本は米国の Strategic Capacity も冷静に見る必要がある。米国は軍事的には圧倒的に強い。しかし、戦争目的を国民に説明しにくい場合、兵士の犠牲、物価高、選挙への影響によって、政治的な継戦能力が制約されることがある。

日本は、米国の軍事力だけでなく、米国内政治の制約も含めて安全保障を考える必要がある。

戦争は交渉の失敗だけで続くのではない

戦争が長引く理由は、指導者が単に好戦的だからではない。交渉そのものが、戦争の力学の中に組み込まれているからである。

国家が交渉に入るには、自国の交渉姿勢が弱さと見なされないことが必要になる。さらに、敵国の Strategic Capacity が限られていると判断できなければならない。

この二つの条件が満たされない限り、国家は平和を望んでいても、簡単には交渉に入れない。むしろ、交渉の前に攻撃を強める。受け入れが難しい条件を出す。相手に「まだ戦える」と示す。

一見すると非合理に見える行動も、国家の側から見れば、弱さと見なされないための合理的な戦略である場合がある。

米国とイランをめぐる緊張を考えるときも、この視点は重要である。米国はイランの弱さを見ている。イランは米国の継戦能力の限界を見ている。両国は互いに、相手がどこまで戦えるのか、どこで譲歩するのかを読み合っている。

戦争は、始めるよりも終わらせる方が難しい。

その理由は、交渉が戦争の外側にあるものではなく、戦争そのものの力学に深く組み込まれているからである。

(本稿は各種公開情報をもとに作成した。一部数値は記事掲載時点の情報である)

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この記事を書いた人

CFP®/1級ファイナンシャルプランニング技能士
公益社団法人 日本証券アナリスト協会認定
・プライマリー・プライベートバンカー
・資産形成コンサルタント
一般社団法人金融財政事情研究会認定
・NISA取引アドバイザー

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