トヨタグループの中核部品メーカー、デンソー(6902)が半導体大手ローム(6963)への買収提案を取り下げる方針を固めた。車載半導体の強化を狙ったM&Aは、ロームの賛同を得られないまま後退する見通しだ。
ただし、日本のパワー半導体再編はここで止まるわけではない。ロームは東芝デバイス&ストレージ、三菱電機(6503)とのパワー半導体事業統合に向けた協議開始で基本合意している。東芝は2023年12月20日に上場廃止となっており、統合協議の対象は子会社の東芝デバイス&ストレージだ。
今回の焦点は、デンソーによる買収案が後退したことだけではない。ロームが、自動車メーカー系の傘下入りとは別の形で、パワー半導体の規模拡大を探っている点にある。
デンソーはなぜロームに関心を持ったのか
デンソーはすでにローム株を5%近く保有しており、追加取得を含む提案を行っていた。背景にあるのは、電気自動車(EV)やハイブリッド車で重要性が高まるパワー半導体だ。
パワー半導体は、電気の流れを変換・制御する部品である。スマートフォンやPCに使われる演算向け半導体とは性格が異なり、EV、産業機器、再生可能エネルギー設備、データセンターなどで使われる。電力を効率よく扱う社会になるほど、重要性が増す分野だ。
特にSiC(炭化ケイ素)を使ったパワー半導体は、従来のシリコン製に比べて高温・高電圧環境で効率を高めやすい。EV向けで採用拡大が見込まれており、ロームはこの分野に強みを持つ企業として知られる。デンソーにとって、ロームとの関係を深めることは、車載向けの開発力を強化する選択肢だった。
ロームが慎重だった理由
ローム側が慎重だった背景には、事業構造の偏りへの懸念がある。
ロームは自動車向けを重要な収益源とする一方で、産業機器、民生機器、通信関連など幅広い顧客を持つ。海外メディアでは、ロームの売上の約半分を自動車向けが占めるとも報じられている。デンソー傘下に入れば、トヨタグループを中心とする車載半導体への依存色が強まる可能性がある。
素材では、ロームがデンソー傘下に入ることで車載向けに事業が偏り、相乗効果を見込みにくいとして慎重だったとされる。デンソーが提案を取り下げる方針を固めたのも、ロームの賛同を得るのが難しいと判断したためとみられる。
一方で、現在の資本提携や技術開発での連携は維持される見通しだ。完全な決裂ではなく、買収という選択肢が後退し、協業関係は残る構図である。
ロームが選んだもう一つの再編シナリオ
ロームが並行して進めているのが、東芝デバイス&ストレージ、三菱電機とのパワー半導体事業統合に向けた協議だ。
3社は2026年3月27日、事業・経営統合に関する協議開始に向けた基本合意書を締結した。これは最終契約ではなく、統合が決まった段階でもない。今後、デューデリジェンスや具体的な統合スキーム、シナジーの検討が進む段階である。
この統合協議が実現すれば、ローム、東芝デバイス&ストレージ、三菱電機のパワー半導体関連事業を束ねる形になる。報道では、実現すればドイツのインフィニオンに次ぐ世界第2位級のパワー半導体グループになる可能性も指摘されている。
なぜ今、規模が問われているのか
日本企業はパワー半導体で一定の技術力を持つ一方、個別企業の規模は世界大手に比べて小さい。生産設備への投資、研究開発、価格競争に耐えるには、技術だけでなく事業規模も必要になる。
足元では、EV販売の伸び悩みと中国メーカーの台頭という逆風もある。EV需要は長期的には拡大が見込まれるが、短期的には期待ほど伸びない局面もある。中国系メーカーとの価格競争が強まれば、単独企業で投資負担を抱える難しさも増す。
そのため、ローム、東芝デバイス&ストレージ、三菱電機の統合協議は、単なる企業再編ではなく、世界市場で競争するための規模確保という意味を持つ。製品ラインアップ、生産能力、顧客基盤を補い合えるかが、今後の焦点になる。
買収案の後退が示すもの
デンソーの買収提案が後退したことだけを見れば、M&Aの不成立に映る。しかし、今回の動きは「買収の失敗」だけでは説明しきれない。
ロームが慎重だったのは、デンソー傘下という特定の形である。一方で、同社は3社によるパワー半導体事業の統合協議には進んでいる。これは、特定の自動車グループに入るのではなく、半導体メーカー側の枠組みで規模を確保する選択肢を探る動きとも読める。
もちろん、統合が実際にまとまるかはこれからだ。複数社にまたがる経営統合には、事業範囲、出資比率、ガバナンス、人員配置など多くの調整が必要になる。協議が難航する可能性も残る。
まとめ
デンソーのローム買収提案は撤回へ向かう見通しだが、日本のパワー半導体再編そのものは続いている。むしろ、ローム、東芝デバイス&ストレージ、三菱電機の3社統合協議が前面に出たことで、再編の焦点は別の形へ移りつつある。
今後の論点は、誰が誰を買収するかだけではない。どの組み合わせなら世界市場で投資と競争に耐えられるのか。その問いが、日本のパワー半導体産業の次の局面を左右する。
(本稿は各種公開情報をもとに作成した。一部数値は記事掲載時点の情報である)

