
仙台市、東京都、名古屋市、京都市——。2026年3月、こうした自治体が運行する公営バスで、来月以降の燃料となる軽油を調達するための入札が相次いで成立しなかった。NHKの取材によると、全国22自治体への確認で10自治体が入札不成立となっており、その影響は市営バスにとどまらず、北九州市では渡船にも及んでいる。
だが、このニュースを「イラン情勢の影響で油価が上がり、バスが困っている」という一文で済ませると、本質を見落とす。少なくとも今回先に表面化したのは、燃料の物理的な枯渇そのものより、公営交通が燃料を買うための「公共入札という仕組み」が市場の変動に追いつかなくなったことだ。
入札が不成立になる、とはどういうことか
まず、「入札が成立しなかった」という状況を理解しておきたい。
自治体が物資を調達するとき、通常は「入札」という方式が使われる。自治体が調達条件(数量・期間・品質など)と「予定価格」(支払上限の目安)を提示し、業者がそれに対して価格を提示して競い合う。予定価格の範囲内で最も低い価格の業者が落札するのが基本だ。
今回、入札が成立しなかった理由は主に二つ。業者が提示した価格が自治体の予定価格を大幅に上回った、もしくは業者が入札を辞退した、というケースだ。名古屋市では2社のうち1社が辞退し、もう1社の価格が「大幅に予定価格を上回った」という。鹿児島市では再入札を行ったが、それでも成立しなかった。
全国規模の在庫統計だけを見る限り、直ちに全国的な軽油の払底と断定するのは難しい。少なくとも今回起きていることの中心は、業者が「この条件では供給できない」「先行きが読めない」と判断し、入札に応じられなくなったという、供給意思と価格の問題だ。
なぜ公営交通の入札から先に壊れるのか
では、なぜ公営交通の入札で、こうした問題が先に可視化されやすいのか。ここに、公共調達の構造的な特徴がある。
東京都交通局、名古屋市、川崎市、京都市といった自治体の公告を見ると、軽油の調達は通常、3か月分(四半期分)をまとめた単価契約として入札にかけている。各営業所のタンクに業者が定期的に補充する形で、数百〜1000キロリットル以上の規模をまとめて契約するのが標準的な設計だ。
この方式は平時には合理的だ。まとめて買うことで価格を安定させ、競争入札で価格を抑える。コストの予見可能性も高く、自治体の予算管理にも向いている。
しかし、燃料市場が荒れると逆回転する。業者は、数か月先の軽油をまとまった量で確保し、その価格を今の時点で約束しなければならない。相場が激しく上下している局面や、イラン情勢のような地政学的リスクで輸入の見通しが立たないときには、業者は「この価格では引き受けられない」「そもそも供給量が読めない」という判断に傾かざるを得ない。北九州市では業者から「イラン情勢により先行きが不透明でめどが立たない」という声が直接寄せられたという。
公営交通に比べると、民間事業者は個別調達や価格交渉の余地がある場合もある。一方、公営交通には入札制度、予定価格の設定、議会・予算の縛りがあり、市場変動への即応が難しい。そのため、相場が荒れたとき、入札という形で先に問題が可視化されやすい構造がある。
「倍の価格」でも買わざるを得ない——随意契約という非常手段
入札が成立しなかった自治体が次に選ぶのが「随意契約」への切り替えだ。
随意契約とは、競争入札によらず、特定の業者と個別に交渉して契約を結ぶ方法を指す。迅速に契約できる反面、競争がないため価格は高くなる。京都市はすでに随意契約に切り替え、来月分の燃料を確保したが、その価格は「今月分の倍」になったと報じられている。東京都交通局も随意契約への変更を検討しており、契約方式が切り替わった場合には調達コストが大きく上昇する可能性がある。
この「入札で安く→失敗→随意契約で高く買う」という流れは、平時のコスト抑制の仕組みが非常時に逆機能することを端的に示している。
「公共サービスは価格より契約の硬直性で先に傷む」
桃山学院大学の小嶌正稔教授は、今回の事態について「公共交通は入札で燃料を仕入れるため、どうしても価格が安い輸入の軽油に頼らざるを得ない。今は海外から軽油が十分に確保できない状態になっているので、公営バスが一番最初に影響を受けた」と分析している。
出典:NHK記事
さらに「全国のバス事業者が同じような事態に直面している可能性があるので、国に対して全国的な動きとして情報提供し、支援などを求めることが必要だ」とも指摘する。
この問題は公営バスだけに限らない可能性がある。トラック運送業では燃料高騰で「走れば走るほど経営が苦しくなる」という声が上がっており、物流全体への影響も広がりつつある。タクシー事業者向けにはLPガス価格高騰への補助制度が設けられているが、業種や燃料種別によって制度の厚みが異なる状況だ。
入札不成立という現象は今回、公営バスという「見えやすいところ」で先に表面化した。しかし、同様に一定期間先の燃料価格と供給量を読んで契約する事業者は、公共・民間を問わず同種のリスクを抱えている可能性がある。
バスは走り続けられるのか
現時点では、各自治体のタンクにはある程度の残量がある。東京都交通局は「来月の燃料が数日分しかない営業所もある」としており、余裕は薄い。鹿児島市交通局も「タンクに残っている軽油は少しは余裕があるので、すぐにバスが走行できなくなるわけではないが危機感はある」と話している。
当面の運行は続けられる見込みだが、各自治体は契約条件の見直し(契約期間の短縮、1回あたりの調達量を減らすなど)や随意契約への切り替えで、なんとか燃料を確保しようとしている段階だ。
今回の事態は、「安く、安定的に、まとめて調達する」という設計が平時には機能する一方、市場の急変時にはその硬直性が先に崩れるという公共調達の構造的な課題を可視化した。燃料価格の変動がどこまで続くかによって、問題がより広範囲に広がる可能性も否定できない。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

