「世界の石油の喉元」が揺れた日──原油が一夜で12%跳ね上がった理由

2026年3月2日の朝、ニューヨーク原油市場は静かに開いたわけではなかった。

日本時間の午前中、国際的な原油価格の指標となる「WTI先物」が一時、1バレル=75ドル台まで急騰した。前週末の終値が67ドル台だったことを考えると、たった数時間で12%以上の値上がりだ。これは去年6月以来の高値水準である。

何がそこまで市場を揺さぶったのか。震源地は、中東のある”細い海峡”にあった。


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火薬庫に飛び込んだ火花

きっかけはアメリカとイスラエルによるイランへの攻撃だった。詳細な攻撃の規模や経緯については、現時点では不明な点が多い。ただ、攻撃を受けたイランが報復姿勢を強め、双方の応酬が激しくなるなかで、ある報道が市場に衝撃を走らせた。

原油や天然ガスの輸送に使われるホルムズ海峡が「事実上、閉鎖された」——というニュースだ。

ロイターはイラン革命防衛隊関係者が「通過船を攻撃する」趣旨の警告を発したと報道し、日本郵船(NYK)や商船三井(MOL)といった日本の海運大手も、海峡の通航を見合わせたことが伝えられた。実際にタンカーが通れない状況が生じたとみられる。

投資家の間に、供給が止まるのではないかという恐怖が急速に広がった。


そもそも「先物価格が急騰する」とはどういうことか

少し立ち止まって、原油先物市場の仕組みを確認しておこう。

WTI(West Texas Intermediate)先物とは、将来の一定時点にアメリカ国内の特定の場所で原油を受け渡すことを前提とした取引だ。世界の原油取引で広く参照される「代表的な値段」のひとつで、市場のセンチメント(雰囲気・心理)をリアルタイムで映し出す役割を持つ。

重要なのは、実際に原油の供給が減ったわけでなくても、「減りそうだ」という不安だけで価格が大きく動くという点だ。これを「リスクプレミアム」と呼ぶ。危機が発生した場合に備えて、市場参加者が保険をかけるように先物を買い集めるため、価格が押し上げられる。

今回も、3月2日の値動きをよく見ると、一時75ドル台まで上昇した後、終値(清算値)は71ドル台まで押し戻されている。これは「供給減が確定した」わけではなく、「不確実性への恐怖」が主な原動力であることを示している。


ホルムズ海峡はなぜそれほど重要なのか

「ホルムズ海峡」という地名は耳にしたことがあっても、その具体的な重みはイメージしにくいかもしれない。

ホルムズ海峡は、ペルシャ湾の出口にある海峡で、最狭部は約33キロメートル(航路はさらに狭い)とされる。サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、イラク、クウェート、カタールなど、世界有数の産油国・産ガス国が湾岸に集中しており、これらの国々がエネルギーを輸出する際には、ほぼ必ずこの海峡を通ることになる。

米エネルギー情報局(EIA)のデータによれば、ここを通過するエネルギー量は世界の海上輸送原油の4分の1超、世界の石油消費量の約5分の1に及ぶ。さらに、世界のLNG(液化天然ガス)取引の約5分の1もここを経由する。

そして見過ごせないのが「どこに向かうか」だ。ホルムズ海峡を通過する原油・コンデンセートの約84%、LNGの約83%はアジア向けと推計されている。欧米より先に、日本を含むアジア諸国が影響を受けやすい構造になっているのだ。


「閉鎖」には2種類ある──今回はどちらか

「ホルムズ海峡が閉鎖された」という表現には注意が必要だ。実は「閉鎖」には大きく2種類ある。

ひとつは法的・公式の封鎖。国際法上の正式な封鎖宣言や、軍による実効支配が成立した状態で、各国政府や軍がどう認定するかが問われる。

もうひとつは実務上の停止。公式な宣言がなくても、「危険で保険が下りない」「船社が通航を判断できない」といった状況で、実質的に船が通れなくなるケースだ。

今回は後者が先に、そして強く出た局面とみられる。英ガーディアンなどの報道では、各国軍当局が「公式閉鎖」の扱いを否定・留保する一方で、保険会社や船社の判断で実質的に航行が止まる——という構図が伝えられている。「事実上の閉鎖」という表現はまさにこの事態を指す。


迂回できないのか

「ならば、別のルートを使えばいいのでは」と思う人もいるだろう。

実際、サウジアラビアやUAEはパイプラインによる迂回路を持っている。EIAの推計によれば、迂回余力は合計で約260万バレル/日(IEAは約420万バレル/日と少し高めに見積もる)とされている。

しかし、ホルムズ海峡を通過する量は1日あたり2000万バレルを超える。迂回できる量はその一部にすぎない。全体の代替には到底足りないのが実情だ。

封鎖が長引けば長引くほど、「足りなくなるかもしれない」という現実味が増し、価格がさらに押し上げられるメカニズムが働く。


OPEC+の増産は効くのか

一方で、産油国の連合体であるOPEC+は4月から日量20万6000バレルの増産を決定している。市場にとってはプラス材料のはずだが、市場関係者の反応は冷静だ。

「増産しても、ホルムズを通れなければ届かない」——これが大方の見方だ。船が通れない以上、増やした分の原油も同じ海峡で足止めを食らう。ロイターも、市場の焦点は「増産量」より「ホルムズの混乱がどれだけ続くか」にあると整理している。


当面の焦点は「どれだけ続くか」

市場関係者はこう語っている。「ホルムズ海峡が実際に長期間、閉鎖された場合には原油の先物価格のさらなる上昇は避けられないという見方が大半で、双方の応酬がどれだけ続くかが当面の焦点となりそうだ」と。

LNGについても、ホルムズ海峡経由のカタール産LNGが欧州を含む市場に波及するリスクが指摘されており、原油だけでなくエネルギー全体への影響が警戒されている。

今回の急騰が「恐怖による一時的な跳ね上がり」で終わるのか、それとも「実需の途絶」として長引くのか。その答えは、戦闘の行方と、ホルムズ海峡を行き交うタンカーの数にかかっている。


※本記事は2026年3月2日時点の報道をもとにしています。戦況・市場動向は変化する可能性があります。不明な点については「不明」として記述しています。

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この記事を書いた人

CFP®/1級ファイナンシャルプランニング技能士
公益社団法人 日本証券アナリスト協会認定
・プライマリー・プライベートバンカー
・資産形成コンサルタント
一般社団法人金融財政事情研究会認定
・NISA取引アドバイザー

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