ガソリン200円超、電気代1割増──ホルムズ海峡危機が家計を直撃するまでの経路

「今後も価格が上がると、経済や国民生活にとって逆風となる可能性が高い。個人消費が持ちこたえきれなくなって、景気後退に陥る可能性もありえる」

これは悲観論者のひとりごとではない。野村総合研究所のエグゼクティブ・エコノミスト、木内登英氏が2026年3月2日に示した試算の結論だ。

アメリカとイスラエルによるイランへの攻撃をきっかけにホルムズ海峡の混乱が続くなか、木内氏は日本経済への打撃を3つのシナリオに分けて計算した。最も深刻なケースでは、景気が悪化しながら物価が上がり続けるという「最悪の組み合わせ」が待っている。


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試算のベースになるのは「1本の海峡」

木内氏の試算を読み解くには、まずホルムズ海峡という存在を理解する必要がある。

ペルシャ湾の出口に位置するこの細い海峡は、サウジアラビア、UAE、イラク、クウェート、カタールといった中東の産油・産ガス国にとって、エネルギー輸送の最重要ルートだ。米エネルギー情報局(EIA)によれば、ここを通過する石油は1日あたり2000万バレル(世界の石油消費量の約2割)に達し、そのうち8割超がアジア向けという。サウジやUAEには一部迂回パイプラインもあるが、代替できる量は限られる。

日本はまさにその「アジア」の中にある。資源エネルギー庁のデータによれば、日本の原油輸入の中東依存度は94.7%(2023年度)だ。

つまり、海峡に何かが起きると、その影響は地球の反対側の話ではなく、日本人の財布に直行してくる。木内氏の試算は、その「直行する経路」を数字に置き換えたものだ。


3つのシナリオ──楽観・現実・最悪

木内氏が設定したシナリオは以下の3つだ。

シナリオ①「影響が限定的だった場合」

軍事衝突の規模が2025年6月と同程度にとどまり、原油先物価格(WTI)が1バレル=77ドル程度まで上昇するにとどまるケース。この場合、日本の実質GDPは年間で0.09%押し下げられ、物価は年間で0.16%押し上げられる

シナリオ②「メインシナリオ(最も考えられる展開)」
軍事衝突が長期化し、中東全体が軍事リスクにさらされ、ホルムズ海峡を通る原油輸送への影響が続くケース。WTIは2024年に中東情勢が緊迫した際の水準である1バレル=87ドルまで上昇すると想定する。この場合、実質GDPは年間で0.18%押し下げられ、物価は年間で0.31%押し上げられる

シナリオ③「最悪のケース」
イランがホルムズ海峡を正式に完全封鎖し、それが長期にわたって続く場合。WTIは2008年のリーマン・ショック前に記録した1バレル=140ドルまで跳ね上がると想定する。この場合、実質GDPは年間で0.65%押し下げられ、物価は年間で1.14%押し上げられる

なお、大和総研もほぼ同時期に独自の試算を示しており、原油がそれぞれ80ドル・100ドルで推移した場合の日本の実質GDP成長率への影響を試算しているが、方向感は木内氏の分析と一致している。


「数字」が生活に届くまで

0.18%とか0.65%と言われても、ピンとこない人も多いだろう。木内氏の試算は、その先にある生活への影響も具体的に示している。

メインシナリオの場合:
全国のレギュラーガソリンの平均小売価格が1リットルあたり200円を超える。さらに、電気・ガス料金は半年から1年の間に1割を超えて上昇する

また「暫定税率の廃止効果がなくなる」という表現も用いられている。これはどういう意味か。ガソリンには、揮発油税・地方揮発油税に含まれる特例税率(いわゆる暫定税率=1リットル当たり25.1円)があり、これは2025年12月31日に廃止され、同日から適用税率が引き下げられている。

それでも木内氏が「廃止効果がなくなる」と述べるのは、原油高や為替・流通コストの上昇が減税分を上回れば、店頭価格の下げ幅が相殺され、家計が“負担軽減”を実感しにくくなるからだ。つまり、税負担が軽くなっても、外部要因の上振れで価格が押し上げられれば、減税の恩恵は見えにくくなる。

その結果、ガソリン代が上がれば物流コストが増す。物流コストが上がれば、食品・日用品・工業製品すべての値段が上がる。


「スタグフレーション」という最悪の組み合わせ

木内氏が最も深刻な表情を見せるのは、シナリオ③の先にある言葉だ。

「景気の悪化と物価の上昇が同時に進む、いわゆる『スタグフレーション』の様相が強まる」

スタグフレーションとは、景気が悪い(仕事が減る、給料が上がらない)にもかかわらず、物価だけが上がり続ける状態だ。通常、景気が悪いと物価は下がり、物価が上がるときは景気も良いことが多い。だが、今回のような「エネルギーが輸入できない」という供給側のショックは、景気と物価が同時に悪化するという、政策的にも対処しにくい状況を引き起こしやすい。

生活の苦しさが増す一方で、給料も上がらない——それがスタグフレーションの日常だ。


日銀の利上げは「遠のく」

経済の影響は、家計だけにとどまらない。

木内氏は「事態が悪化した場合、政府は物価対策を検討する可能性があるし、日銀の利上げは遠のくのではないか」とも指摘している。

近年、日本銀行は長らく続けてきた超低金利政策から抜け出し、段階的な利上げに踏み出していた。だが、景気が下振れするリスクが高まれば、金利を上げて経済を引き締めるどころではなくなる。

利上げが止まれば、ドルに対して円が売られやすくなる。円安が進めば、輸入品の価格がさらに上がる。エネルギーだけでなく、食料品や製品全般の値段が押し上げられる。この「悪循環」もまた、木内氏が懸念する経路のひとつだ。


今のところ「ただちには問題ない」が……

日本政府は現時点では慎重な表現を維持している。木原官房長官は「現状、わが国の石油需給にただちに影響が生じるとの報告は受けていない」と述べ、国家備蓄と民間備蓄を合わせた254日分の石油在庫があることを強調した。

LNG(液化天然ガス)については、赤澤経済産業相が、カタール産は日本のLNG輸入の約4%にとどまり、電力・ガス各社には約3週間分の在庫があるとの認識を示している。

ただし、木内氏の試算が示すのは「物量が底をつく」という問題だけではない。備蓄があっても、国際価格が上がれば、国内価格も上がる。254日分の備蓄は「供給がゼロになる」ことを防ぐ盾だが、「価格が上がる」という現実には直接効かない。

むしろ木内氏が強調するのは、「いくら払わなければならないか」という価格の問題が、家計や企業を静かに、しかし確実に削っていくという点だ。


「まだわからない」が正直なところ

現時点では、軍事衝突がいつ、どのような形で収束するか——あるいは長期化するかは、不明だ。ホルムズ海峡が「実務上の停止」にとどまるのか、イランが正式な完全封鎖に踏み切るのかも、確定していない。

木内氏が示した3つのシナリオは、あくまで「もし〜だったら」という試算であり、現実がどのシナリオをたどるかは今後の情勢次第だ。

ただ、「どのシナリオでも日本の実質GDPが押し下げられる」という点は一致している。どれだけ押し下げられるかの「幅」が問題であり、その幅を決めるのは、ホルムズ海峡の混乱がいつまで続くかにかかっている。


※本記事はNHKの2026年3月2日付報道および野村総合研究所・木内登英氏の試算、大和総研の試算をもとに作成しています。試算はあくまで一定の前提に基づくものであり、実際の経済影響は異なる可能性があります。不明な点については「不明」と記述しています。

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この記事を書いた人

CFP®/1級ファイナンシャルプランニング技能士
公益社団法人 日本証券アナリスト協会認定
・プライマリー・プライベートバンカー
・資産形成コンサルタント
一般社団法人金融財政事情研究会認定
・NISA取引アドバイザー

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