原油100ドル台、LNG供給が最大5年停止——イラン情勢が「エネルギー戦争」になっている理由

ガソリン価格や電気代が上がりそうだ——そんな予感を感じている人は多いかもしれない。その背景にあるのは、中東で起きているイランをめぐる軍事衝突だ。しかしこの戦争が通常の地域紛争と一線を画すのは、「軍が戦っている」だけでなく、エネルギーの生産設備そのものが攻撃対象になっているという点だ。石油ショックにとどまらず、天然ガス(LNG)の供給にも深刻な影響が出始めており、日本のエネルギー事情とも無縁ではない。


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「前倒しで進んでいる」と言うが、終わりが見えない

2026年3月19日、アメリカのトランプ大統領は高市首相との会談の場で「指導部を含め、破壊できるものはほぼすべて破壊した。作戦は予定を大きく前倒しして進んでいる」と強調した。

一方で、米国防長官のヘグセス氏は同日の記者会見で「明確な期限を設けたくない」と述べ、作戦の終結時期は示さなかった。また、2000億ドル(約31兆円)超の追加戦費を要求したとも報じられており、議会では反発の声も出ている。政権が言うほど短期に終わる見通しとは受け取れない状況だ。

イラン側も、革命防衛隊系メディアを通じて「戦時下でもミサイル生産を継続している」と反論し、「前進すればするほど、戦いはより壮絶になる」と報復を継続する構えを示している。米・イスラエル側が「イランの能力をほぼ潰した」と言い、イラン側が「まだまだ戦える」と言う——現時点では、どちらが正しいか外部から確かめることは難しい。


米国とイスラエルで「戦い方」に温度差

今回の衝突で注目されるのが、アメリカとイスラエルの間で生まれたズレだ。

3月18日、イスラエルはイラン南部にある「南パルス・ガス田」関連施設を単独で実行したと説明した。南パルス(サウスパース)は世界最大級のガス田で、隣国カタールのノースフィールドとつながる巨大な資源地帯だ。

この攻撃を受け、トランプ大統領はネタニヤフ首相に「エネルギー施設への攻撃は控えるように」と伝えたと述べた。その理由は明確だ——エネルギー関連施設が攻撃されれば、世界市場の価格が跳ね上がり、アメリカ国内の物価にも響くからだ。

ただし、ロイター通信はイスラエル当局者が「アメリカは事前に把握していた」と説明したとも報じており、公式の発言と実態が必ずしも一致していない可能性がある。いずれにせよ、エネルギー施設への攻撃をどこまで許容するかという点で、米イスラエル間に温度差があることが浮き彫りになった。


「石油ショック」だけでなく「ガスショック」が同時進行

今回の衝突が以前の中東危機と異なる最大の点は、LNG(液化天然ガス)の供給にも直接ダメージが出ていることだ。

カタールの国営エネルギー会社「カタール・エナジー」は、イランの攻撃によってLNG輸出能力の17%が停止していることを明らかにした。この損傷の修復には最大で5年かかる見通しで、韓国、中国、イタリア、ベルギー向けの長期契約が約束どおり履行できなくなる可能性があるという。

カタールは世界有数のLNG輸出国だ。ここの供給が数年単位で落ちるというのは、電力や暖房に使う都市ガスの調達に影響が出ることを意味する。

一方、原油市場でも価格は急上昇している。国際指標のブレント原油は一時1バレル119ドル台まで上昇し、米国の指標であるWTIも100ドル台に乗せた。原油高はガソリン価格だけでなく、プラスチックや食品の包装材、輸送コストを通じて幅広く物価を押し上げる。


日本も備蓄の大放出——ただし効果には限界も

こうしたエネルギー危機に対応するため、国際エネルギー機関(IEA)は加盟国による過去最大規模の石油備蓄放出を実施した。その総量は4億2600万バレルで、最も多いのはアメリカの1億7220万バレル、次いで日本の7980万バレルで、この2か国だけで全体のおよそ6割を占める。

石油備蓄とは、有事や大規模な供給不足に備えて国が蓄えている原油のことだ。これを市場に放出することで、急激な価格上昇をある程度抑えることができる。

ただし、備蓄放出は短期的な価格安定策であり、エネルギー施設への攻撃が続いたり、ホルムズ海峡の通行が長期にわたって妨げられたりすれば、効果は限定的になりうる。イランのアラグチ外相は「インフラが再び攻撃されれば一切の自制を行わない」とSNSに投稿しており、エネルギー施設をめぐる攻撃の応酬は今後も続く可能性がある。


日本と欧州が「エネルギーの安全」を訴える理由

3月19日、日本・イギリス・フランス・ドイツなどヨーロッパ5か国は、ホルムズ海峡の事実上の封鎖やエネルギー施設への攻撃を「最も強いことばで非難する」とする共同声明を発表した。声明はエネルギーインフラへの攻撃停止と、海峡の航行安全確保への協力を訴えている。

これらの国々が「軍事作戦の是非」よりも「エネルギーの安全確保」に力点を置いているのは理由がある。日本は原油調達の9割超を中東に依存しており、欧州各国もエネルギー安全保障上の脆弱性を抱えている。軍事的な勝ち負けよりも、自国の経済と生活を守ることが最優先だからだ。


この戦争が長引くと何が起きるか

まだ終わりが見えないこの衝突が長期化した場合、私たちの生活にはどんな影響が出るのか。

原油高が続けば、ガソリン価格の上昇は避けられない。LNG供給の減少は電気代や都市ガス代を押し上げる。さらにロイターは、Goldman Sachsが原油価格の上昇リスクは2027年まで続くと警告していると報じている。

一方で、アメリカは制裁対象のイラン産原油の一部について、例外的に制裁を解除する可能性も検討しているとされる。これは制裁運用と価格安定の両立を模索する現実対応であり、軍事作戦と経済政策が複雑に絡み合っている状況を示している。

今回の中東情勢が通常の地域紛争と異なる点は、石油・ガス・海運という世界経済の基盤が直接の標的になっていることだ。軍事的な帰趨がどうなろうとも、エネルギー市場への影響は相当期間にわたって続く可能性がある。

(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

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この記事を書いた人

CFP®/1級ファイナンシャルプランニング技能士
公益社団法人 日本証券アナリスト協会認定
・プライマリー・プライベートバンカー
・資産形成コンサルタント
一般社団法人金融財政事情研究会認定
・NISA取引アドバイザー

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