2026年2月27日、経済産業省がひとつの発表をした。政府が、国産半導体の量産を目指す企業「ラピダス」に1000億円を出資する——。
ニュースとしては「1000億円」という数字が目を引くが、今回の本当の見どころは金額ではない。むしろ、「政府はどのようにラピダスに関与しようとしているのか」という、その設計の思想にある。
ラピダスとは何者か
まず、ラピダスという会社を知らない読者のために、簡単に整理しておきたい。
ラピダスは、最先端ロジック半導体の国内量産を目指すプロジェクト企業だ。「2nm(ナノメートル)世代」と呼ばれる、現在の最先端に近い世代の半導体を日本で作ることを目標に掲げている。量産開始の目標は2027年度後半で、その後も世代を更新しながら成長し、2031年度頃の株式上場を視野に入れている。
設立時には、トヨタ自動車やソニーグループ、ソフトバンクグループ、NTTなど国内の大企業8社が出資に参加したことが報じられてきた。今回の政府出資を加えると、官民合わせた出資総額は2676億円となる。
さらに政府は、来年度も1500億円以上の出資を行う方針で、総額で2兆8000億円余りを支援する計画だ。
なお、民間32社の出資額は合計1676億円で、当初の想定(1300億円)を上回った、とロイターやブルームバーグは報じている。
「筆頭株主なのに、支配しない」という設計
今回の政府出資で注目すべきは、政府が「筆頭株主」になるにもかかわらず、会社を支配しないように設計されている点だ。
一般に、株主は株式を多く保有すればするほど、経営に対する影響力も強くなる。しかし今回の政府は、その影響力を自ら抑える方向に動いている。
その具体策が、「議決権の制限」と「黄金株」だ。
平時:議決権を抑える
政府は1000億円を出資して筆頭株主になるが、経産省資料によれば、政府の議決権比率は最大の民間株主の比率+1%を上限に抑える方針だ。これにより、民間企業が経営の主体として意思決定をしやすい環境を担保しようとしている。
有事:無議決権株式を切り替える
経営が悪化するなどの「有事」には、政府が持つ無議決権株式を議決権株式へ転換できる仕組みが設けられる。経産省資料によると、転換後は株主総会の特別決議(可決に3分の2以上の賛成が必要)に近い議決権の確保を想定しているとされる。
常時:「黄金株」で拒否権を持つ
さらに、経産省資料には「黄金株」を1株持つ方針も明記されている。黄金株とは、会社の解散や定款(会社の基本的な規則)の変更など、特定の重要事項に事実上の拒否権(veto)を持てる特殊な株だ。たった1株で、重大な意思決定を止められる。
※拒否権の対象は、解散や定款変更などの特定の重要事項に限られる。
なぜ「関与を抑える」必要があるのか
ここで自然な疑問が浮かぶ。政府がそれほどの資金を出すなら、むしろ強く関与したほうがいいのでは?
実は、そうしないことに合理的な理由がある。経産省の資料には、議決権を抑える理由が明記されている。
一つは、事業者の迅速な経営判断を尊重するため。半導体産業は技術の進化が速く、政府の意思決定プロセスが介在すると判断が遅くなりかねない。
もう一つが、より根本的な理由だ。政治・外交・地政学的な要因が、顧客獲得や資金調達に悪影響を与えるリスクを最小化するためである。
つまり、政府は資金を出しながらも「政府色」を薄めることで、民間企業としての柔軟性や国際競争力を保とうとしている。
「支配しない」ことで守るという発想
今回の政府出資は、単なる資金支援ではない。
「民間の自由な経営判断を最大限尊重しつつ、国家としての安全保障上のリスクには備える」
その両立を目指した、いわばガバナンスの実験だ。
筆頭株主になるほど出資しながら、平時は支配しない。だが有事には切り替えられる。そして重要事項には黄金株で歯止めをかける。
この“支配せずに守る”という仕組みが、本当に機能するのか。
ラピダスが今後、巨額の資金を活用して技術開発や顧客獲得で成果を出せるかどうかと同時に、このガバナンス設計が日本の産業政策のモデルとなり得るかが、次の焦点となる。

