「30年間は定額」とされてきた負担が、31年目以降も続く可能性が出ている。整備新幹線の貸付料をめぐり、JR東日本が国土交通省の検討案に強く反発している。
JR東日本(東証プライム:9020)の喜勢陽一社長は2026年5月8日の定例会見で、整備新幹線の貸付料に関する国交省の方向性について「極めて遺憾だ」と述べた。会社側は、1991年に国との間で交わした合意を重視し、現在の貸付料を上回らないことが基本だと主張している。
一見すると、鉄道会社と国の間の専門的な制度論に見える。ただ、この問題は北陸新幹線の今後の整備財源や、JR各社の経営負担に関わる。経営余力を左右しうる論点である以上、利用者にも無関係ではない。
何が予想と違ったのか
JR東日本が問題視しているのは、貸付料の扱いが「30年で一区切り」と見られてきたところから、31年目以降も一定期間続く方向で議論されている点だ。
整備新幹線では、鉄道・運輸機構が新幹線施設を建設・保有し、JR各社がその施設を借りて運行する。JRは施設を使う対価として貸付料を支払う。この仕組みは、JRが線路や施設をすべて自前で持つ路線とは違う。
北陸新幹線の高崎から長野までの区間は1997年10月に開業した。つまり、2027年度には開業から30年の節目を迎える。これまでJR東日本は、この区間について年間175億円の貸付料を支払ってきたとされる。会社側は、1991年の合意により、この金額を上限とする前提があったと説明している。
ところが国交省は、31年目以降の貸付のあり方について、貸付期間や算定方法の見直しを議論している。論点整理では、整備新幹線の整備財源を長期的かつ安定的に確保することや、JR各社の経営見通しをどう確保するかが課題として挙げられている。
JR東日本から見れば、これは「過去の合意を国側の事情で動かされる」ことに映る。だからこそ、喜勢社長は合意文書を公表し、「約束は守られるべきものだ」と強調した。
そもそも貸付料とは何のためのお金なのか
貸付料は、単純にいえばJRが新幹線施設を使うために支払う料金だ。ただし、駅ビルの家賃のように、場所を借りる対価だけで決まるものではない。
整備新幹線の貸付料は、新幹線の開業によって営業主体であるJRが得る利益、つまり「受益」をもとに考えられる。受益には、新幹線の利用による収入増だけでなく、並行在来線を経営分離することでJR側の負担が軽くなる効果なども含まれる。
国交省の説明では、整備新幹線は鉄道・運輸機構が施設を建設・保有し、JRに貸し付ける上下分離方式で運営される。整備財源は、まず貸付料収入を充て、その残りを国と地方自治体が負担する仕組みだ。
ここに今回の対立の難しさがある。貸付料を多く確保できれば、国や地方の負担を抑え、将来の新幹線整備に回せる財源を増やしやすくなる。一方で、JR各社にとっては長期の固定費になる。鉄道会社の経営には、安全投資、設備更新、地方路線の維持、人件費や物価上昇への対応など、すでに重い課題がある。
つまり貸付料は、国にとっては整備財源であり、JRにとっては経営の前提を左右する費用である。同じお金でも、見る側によって意味が大きく変わる。
なぜ北陸新幹線の延伸とつながるのか
この問題が注目されるのは、北陸新幹線の今後の整備と結びついているためだ。
北陸新幹線は2024年3月に金沢から敦賀まで延伸した。一方、敦賀から新大阪までの今後の整備区間は、ルートや工事費、財源をめぐる課題が残っている。建設費が膨らめば、どこから財源を確保するかが一段と重くなる。
国交省の論点整理では、北陸新幹線の金沢・敦賀間の建設財源として、高崎・長野間の開業31年目以降の貸付料収入を前倒し活用していることにも触れている。その前提として、31年目以降も貸付料を一定期間、一定額で確保する考え方が示されている。
国側の論理は、整備財源を長期的かつ安定的に確保することにある。新幹線ネットワーク全体を広げるうえでは、財源を安定させることが欠かせない。
ただし、JR東日本側から見れば、自社が関わる既存区間の負担が、将来の別区間の整備財源として長期的に使われると受け止められやすい。しかも、それが過去の合意を超える負担になるなら、経営の見通しを立てにくくなる。
このため、争点は単に「JRがもっと払うかどうか」ではない。過去の合意をどこまで尊重するのか、開業後も続く受益をどう測るのか、将来の整備財源を誰がどの程度負担するのかという問題が重なっている。
JR東日本の反発は強すぎるのか
一方で、国側の問題意識にも理由はある。整備新幹線は地域の移動時間を短縮し、観光やビジネスの交流を促す大きなインフラだ。将来の整備や大規模改修に備えるには、長期的な財源が必要になる。
貸付料を31年目以降も確保したいという考えは、国民負担や地方負担を抑えたいという視点ともつながる。新幹線整備の便益を受けるJRが、その一部を継続的に負担するという考え方には一定の理屈がある。
ただ、JR東日本が強く反発するのも不自然ではない。鉄道事業は長期の投資計画で成り立つ。過去の合意や費用負担の前提が後から変わると、将来の設備投資や経営計画に影響が出る可能性がある。
特に、地方路線の維持や安全投資を抱える鉄道会社にとって、長期固定費の増加は軽い問題ではない。貸付料の扱いが変われば、JRの投資余力や収益計画にも波及しうる。利用者にとっても、鉄道会社がどの程度の負担を抱えるのかは、サービスを支える土台として見ておきたい点だ。
読者が次に見るべきポイントはどこか
今後の焦点は、31年目以降の貸付期間、金額、算定方法の三つだ。
まず、貸付期間をどの程度延ばすのか。国交省の論点整理では、現行の30年と同程度の長期間とすることにも一定の合理性があるのではないか、という考え方が示されている。仮にさらに長期の貸付料負担が続けば、JR各社の経営に与える影響は大きくなる。
次に、金額をどう決めるのか。現行水準を上限とするのか、受益を再計算して増額を認めるのかで、JR側の受け止めは大きく変わる。JR東日本は、現行の貸付料を上回らないことが約束だと主張している。
そして、受益の範囲をどう見るかも重要だ。新幹線の収入増だけでなく、並行在来線の経営分離による負担軽減や、関連線区への影響まで含めるのか。範囲を広く取れば貸付料は大きくなりやすく、狭く取ればJR側の負担は抑えられる。
制度の言葉は難しいが、要するに「新幹線で得られる利益をどこまで公共財源に戻すべきか」という問いである。
「約束」と「将来財源」のどちらか一方では片づかない
今回の対立は、国交省の検討案にJR東日本が反発したという一場面だけでは終わらない。整備新幹線の仕組みが、開業から30年を超える時代に入ったことで、制度の前提そのものが問われている。
国側には、今後の新幹線整備や大規模改修に備える財源を安定させたい事情がある。JR側には、過去の合意と経営の予見可能性を守りたい事情がある。どちらかを単純に「正しい」「間違い」と切り分けるより、何を誰が負担するのかを透明にすることが重要になる。
整備新幹線は、開業した瞬間だけでなく、その後も地域、国、鉄道会社の負担と利益を結び続けるインフラだ。30年後の貸付料をめぐる議論は、新幹線をどこまで伸ばすのかだけでなく、その費用をどのような約束で支えるのかを問うている。
(本稿は各種公開情報をもとに作成した。一部数値は記事掲載時点の情報である)

