トランプ大統領が、中国はイランを停戦交渉に向かわせるうえで一定の役割を果たしたとの認識を示したことで、中国の動きに改めて注目が集まっている。もっとも、中国が停戦維持に前向きな姿勢を見せる理由は、外交的な存在感の誇示だけではない。中国は中東で巨額のインフラ融資を積み上げており、戦火の拡大はそのまま自国資産と供給網へのリスクにつながるためだ。
米ウィリアム・アンド・メアリー校の研究機関 AidData の分析によると、中国の国有銀行などが中東6か国で関与したインフラ融資のうち、18施設がすでに攻撃の被害を受けたか、重大なリスクにさらされている。融資総額は65億ドルにのぼり、日本円では1兆円を超える規模になる。中国にとって中東の安定は、もはや遠い地域の外交課題ではない。資産防衛とエネルギー安全保障に直結する経済問題になっている。
AidData が示した「65億ドル」の重み
AidData は、中国の対外融資や開発金融の実態を継続的に調査してきた研究機関として知られる。中国の海外融資は情報開示が限られるため、その推計は国際報道でもたびたび参照される。
今回注目されたのは、中国の資金が流れた中東インフラのうち、すでに被害を受けたか、攻撃リスクが極めて高い案件がまとまって可視化された点だ。代表例として挙げられたのは、カタールの世界最大規模の LNG 複合施設、オマーン中部のドゥクム港、アラブ首長国連邦のドバイ国際空港である。これら3施設はいずれも攻撃の被害を受けたとされ、周辺の15施設も重大なリスクにさらされているという。
ここで重要なのは、65億ドルという数字が単なる「投資額の大きさ」を示すだけではないことだ。港湾、空港、エネルギー施設といった固定資産は、平時には物流や貿易の結節点として利益を生む一方、有事には逃げられない標的になりやすい。中国が中東で築いてきた経済基盤は、影響力の源泉であると同時に、紛争の長期化に弱い資産でもある。
なぜ中国は中東インフラに資金を投じてきたのか
背景にあるのは、習近平国家主席が2013年に打ち出した「一帯一路」構想だ。中国はアジアから中東、アフリカ、欧州へつながる陸海の物流網を広げるなかで、港湾、空港、エネルギー施設、鉄道といったインフラに重点的に資金を投じてきた。中東はその要衝であり、中国にとっては欧州向け物流とエネルギー調達の両面で外せない地域になっている。
とりわけ重要なのがホルムズ海峡だ。ホルムズ海峡はペルシャ湾と外洋を結ぶ海上輸送の大動脈であり、世界の石油フローのおよそ2割が通る要衝として知られる。LNG 輸送にとっても極めて重要で、ここが不安定になれば、原油価格やガス価格だけでなく、保険料や輸送コストも大きく跳ねやすい。中国は原油輸入大国であり、この輸送路の安定に強い利害を持っている。
つまり中国は、中東を単に「友好国との外交空間」として見ているのではない。湾岸諸国の物流拠点、エネルギー施設、海上輸送路まで含めた広い経済圏として見ている。だからこそ、中東の不安定化は中国にとって地政学の話である前に、サプライチェーンと資産価値の問題になる。
中国が停戦維持を重視する三つの実利
中国が停戦維持に前向きな姿勢を示す背景には、三つの実利が重なっている。
第一は、インフラ資産の保全である。融資先の施設が攻撃を受ければ、融資の回収可能性や将来の開発計画に影響が出る。ここで言うリスクは抽象的な政治不安ではなく、港湾や空港、エネルギー施設という具体的な資産が傷つくリスクだ。
第二は、エネルギー供給網の維持である。ホルムズ海峡を経由する原油や LNG の流れが乱れれば、中国の輸入コストは上がり、エネルギー安全保障も不安定化する。中国が地域のエスカレーションを嫌うのは、イランとの関係だけでは説明しきれない。湾岸諸国や海上輸送路全体にまたがる利害があるからだ。
第三は、外交的な存在感の確保である。中国外務省は2026年4月9日の定例会見で、即時停戦と政治・外交的解決を改めて訴えた。さらに2026年4月13日には王毅外相が現在の停戦を「非常に脆弱」と位置づけ、再燃防止の必要性を強調している。こうした発信は、中国が全面的な当事者としてではなく、地域安定を望む大口の利害関係者として振る舞おうとしていることを示す。結果として、中国の仲介的な存在感を高める効果も持ちうる。
影響力の拡大はリスクの拡大でもある
Bloomberg は、中国が中東で積み上げてきた投資・建設案件の累計規模が約2700億ドルに達すると報じている。数字の細部はなお確認が必要だが、中国の中東関与がすでに巨大な経済規模に膨らんでいるという大枠は揺らがない。
かつての中国は、中東の紛争や政治対立に比較的距離を置く立場を取りやすかった。しかし、投融資、貿易、エネルギー依存が深まるにつれ、中東の安定そのものが中国の国益と切り離せなくなった。言い換えれば、中国は中東での影響力を高めたことで、同時に中東リスクにも深く縛られる構造に入ったのである。
今回の AidData の分析が示したのは、その構造変化を数字で見える形にしたことだ。中国が停戦を支持するのは理念の問題だけではない。自国が抱える資産を守り、エネルギーと物流の流れを維持するという経済合理性が強く働いている。
中国は「平和」ではなく「安定」を必要としている
今回のニュースは、一見すると「中国の中東融資案件が危ない」という投資リスクの話に見える。だが本質はもっと大きい。中国はすでに、中東の不安定化で失うものが大きい国になったということだ。
港湾も空港もエネルギー施設も、平時には成長戦略の資産になる。だが紛争が続けば、それらは一転して重荷になる。中国の停戦志向やリスク抑制姿勢は、価値観の表明というより、そうした現実的な利害の表れと読むほうが実態に近い。
中東情勢が今後も不安定さを残すなら、中国はこれまで以上に「関与しすぎず、しかし安定は強く求める」という難しい立場に置かれる。そこにこそ、中国の中東外交の現在地がある。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

