知らないと損する「106万円の壁」廃止──メリット・デメリットと今後の選択肢

目次

1. はじめに

1.1 イントロダクション

パートタイマーやアルバイトとして働く短時間労働者にとって、「年収106万円の壁」は非常に身近な存在でした。

  • 生活例(年収100万円の場合)
    • 週3日・1日4時間勤務で月給約8万3,000円、年収約100万円。
    • 社会保険料(健康保険・厚生年金)は発生せず、その分の手取りが多く残ります。
  • 生活例(年収110万円の場合)
    • 同じ労働時間でも月給約9万1,600円、年収約110万円。
    • 社会保険料が発生し、月額約1.3万円、年間約15.7万円が天引きされるため、手取りが大きく減ります。

この「手取りと保障」のせめぎ合いが、年収106万円を超えないように働き方を調整する動機(いわゆる“壁”)を生み出していました。

1.2 本記事で解説している理解のゴールは?

本記事では以下を目指します:

  • 制度の基礎理解:106万円の壁が何を意味してきたのかを整理する。
  • 改正ポイントの把握:今回撤廃される賃金要件、維持される時間要件などを詳しく解説。
  • よくある疑問のクリア:「週20時間未満の人はどうなる?」「収入要件が逆に厳しくなったのでは?」といった声に答える。
  • 今後の注目点:労働時間要件の見直し議論や企業支援策の実効性など、押さえておくポイントを提示。

この流れで、制度改正の全体像と自分への影響を初心者にもわかりやすく掴んでいただくことを目指します。

2. 「106万円の壁」とは何か?

2.1 制度の背景

パートタイマーやアルバイトなどの短時間労働者が、会社の社会保険(厚生年金・健康保険)に加入するかどうかを分けてきたひとつの目安が「106万円の壁」です。具体的には、次の3つの条件をすべて満たす場合に加入義務が生じます:

  1. 月額賃金が8万8,000円以上(年収に換算するとおよそ106万円以上)
  2. 週の所定労働時間が20時間以上
  3. 働く職場の従業員が51人以上

この仕組みが導入された背景には、「働く意欲はあるものの、社会保険料を払いたくないがために労働時間や収入を抑えてしまう人」が増え、結果として働き手が不足したり、将来の年金財政が厳しくなることへの懸念がありました。ところが一方で、106万円を超えた途端に毎月の保険料が発生し手取りが大きく減るため、「年収を106万円以下に抑えよう」と働き方を調整する動きが長らく続いてきました。


2.2 「壁」がもたらすメリット・デメリット

メリット

  • 手取りを確保しやすい
    年収106万円未満であれば社会保険料の負担が発生しないため、その分をまるまる手取りとして受け取れます。家計を預かる主婦や学生など、収入の限られた人にとっては魅力的な仕組みです。

デメリット

  • 将来の保障が薄くなる
    保険料を支払わない分、将来受け取る厚生年金の額は少なくなり、医療費負担を軽減してくれる健康保険の給付も手薄になります。長い目で見れば、老後の年金やケガ・病気の際の保障に大きな差が生じるリスクがあります。

このように、「106万円の壁」は手取りを優先したい短時間労働者を守る一方で、将来の安心を削ってしまう側面も併せ持っている仕組みだったのです。次節では、この「壁」を撤廃することでどのような変化が起きるのかを詳しく見ていきましょう。

3. なぜ「106万円の壁」を撤廃するのか?

3.1 改革の目的

日本は少子高齢化が進む中で、年金を支える現役世代が減少し、年金財政の持続性に大きな課題を抱えています。そのため、より多くの人が厚生年金に加入することで保険料収入を増やし、給付水準を維持・安定化させたいという狙いがあります。
また、働く意欲のある人が「社会保険料を意識して働き方を制限する」のではなく、年収を気にせずに自由に働ける環境を整えることで、労働市場への参加を促進し、個人の就労機会を広げることも大きな目的です。


3.2 閣議決定された改正案のポイント

  1. 賃金要件の撤廃
    • 月収8万8,000円(年収約106万円)以上という要件をなくし、収入の大小に関わらず、週20時間以上働く人は自動的に加入対象とする。
    • 施行は2026年10月から。
  2. 労働時間要件の維持
    • 週20時間以上という勤務時間の基準はそのまま残る。
    • 「一定以上働くのであれば社会保険でしっかりカバーする」という考え方を堅持。
  3. 企業規模要件の段階的緩和・撤廃
    • これまで「従業員51人以上」の事業所に限定されていた加入対象を、まずは緩和し、10年後には完全に撤廃。
    • 中小事業所に勤める人にも段階的に適用範囲を広げる。
  4. 企業支援策
    • 制度拡大によって企業が負担する保険料が増える分について、初年度から3年間は国が全額を支援。
    • 企業側の導入コストを抑え、スムーズに改革を進めるための措置。

これらの改正によって、収入による「壁」を撤廃しつつ、労働時間のラインを一本化して制度を簡潔化。企業への支援もセットで用意することで、働く人・事業所ともに受け入れやすい仕組みを目指しています。

4. Q&A:週20時間未満の人への影響は?

問い:
週20時間未満で働く短時間労働者にも「106万円の壁」撤廃による変化があるのか?


答え:
結論から言うと、今回の改正で撤廃されるのは「賃金要件(年収106万円ライン)」のみであり、週あたりの労働時間要件(20時間以上)は変わりません。つまり、週20時間未満で働く人は、改正後も社会保険への加入義務の対象外となります。しかし、その背景や影響を深掘りすると、以下のようなポイントがあります。

4.1 週20時間未満のまま働き続ける場合

  • 適用外の継続
    週20時間未満の勤務時間が維持されている限り、厚生年金・健康保険への加入義務は従来どおり発生しません。手取りは現状維持となり、保険料負担が増える心配はありません。
  • 収入調整の動機は残る
    年収による線引きが消えても、週20時間以上にシフトすると加入対象となるため、「短時間にとどめたい」動機は依然として存在します。週19時間までは加入外、20時間になると一転して保険料が必要——この“時間の壁”はむしろ目立つようになります。

4.2 週20時間未満のラインがもたらすジレンマ

  • 収入増と保障のトレードオフ
    週20時間未満で働く人は、働く時間を増やして収入を上げたくても、「20時間を超えると保険料が発生し手取りが下がる」という心理的・経済的ハードルがあります。結果的に、働き手の就労機会や労働時間の拡大が抑制される可能性が残ります。
  • 将来の保障と現在の手取りの綱引き
    保険料を払わないまま短時間勤務を続けると、現状の手取りは維持できる反面、老後の年金や医療保障を手厚く受けられないリスクが続きます。「今の生活収入を守るか、将来の安心を確保するか」という二者択一の悩みは、依然として解消されていません。

4.3 改正による間接的な影響

  • 労働市場の誘因変化
    賃金要件が撤廃されることで、週20時間以上働く人は誰でも加入対象となる明確な制度設計になります。これにより企業も「週20時間以上は正社員同等の社会保険を整備する」と打ち出しやすくなり、結果として短時間労働者の待遇改善や労働時間の拡大を後押しする動きが期待されます。
  • 情報の整理とガイドラインの重要性
    改正後は「収入要件無し+時間要件のみ」というシンプルなルールになる一方、企業と労働者双方が新ルールを正しく理解し、適切に運用するためのガイドラインや周知活動が不可欠です。特に、就業形態が不規則になりがちなパートや派遣社員への丁寧な説明が重要になります。

まとめ:
週20時間未満の人は、賃金要件撤廃の影響そのものは受けず、これまでと同じく社会保険適用外が継続します。しかし、時間要件が唯一の“壁”としてより意識されることになり、「週20時間」を挟んだ手取りと保障のトレードオフという構図は改正前よりも鮮明になります。短時間労働のまま将来の保障リスクを抱え続けるか、週20時間以上にシフトして社会保険に加入し将来安心を得るか──働き手には新たな選択判断が求められることになります。

5. 誤解と批判:新たな「壁」が厳しくなる?

「106万円の壁」撤廃後も、実際にはさまざまな不安や誤解がネット上で語られています。ここでは代表的な3つの論点を整理し、改正の前提知識もあわせてわかりやすく解説します。


5.1 「別の壁が強まる」との論調

  • 時間基準がより意識される
    これまで「年収106万円未満か以上か」で保険料の負担有無が決まっていたのに対し、改正後は唯一の基準が「週20時間以上働くかどうか」に一本化されます。
  • 細かな時間調整の負担
    週19時間までは保険料不要、20時間から一転して自己・企業の折半負担が発生する──この境目がよりくっきりと浮かび上がり、勤務時間を分単位で調整しなければならないというストレスを抱える人が出るとの指摘があります。
  • 複数バイトやシフト勤務への影響
    掛け持ちで働く人やシフト制の職場では、どの勤務が「週20時間」を超えたか把握しづらく、時間を意図せず超過してしまうリスクと常に隣り合わせになります。

5.2 手取り減少を懸念する声

  • 支援措置の対象範囲と期限
    改正案では、企業が負担する保険料を国が3年間全額支援する「特例措置」が設けられます。しかし、この支援はすべての働き手に無制限に続くわけではなく、あくまで導入後の最初の3年間に限定されます。3年が過ぎると企業の負担分も自己負担に戻るため、長期的には企業が負担を嫌って再び労働時間を制限する可能性もあります。
  • 年収106万円~156万円未満の層の状況
    支援は収入が「106万円以上156万円未満」の人が対象で、156万円以上になると支援が適用されません。
    • 例えば、年収120万円の人は3年間、企業負担分が国負担となるため当面は手取りの減少が抑えられます。
    • しかし3年経過後や年収156万円を超えた段階では、支援を受けられず、保険料の負担増がそのまま手取り減につながります。
  • 家計へのインパクト
    ギリギリの家計運営をしている世帯では、支援が切れた後の企業・本人折半負担が長期的な収支を圧迫するとの懸念が強く、安心して働き続けられるかどうか不安視されています。

5.3 制度の複雑化への警鐘

  • 複数の改正ポイントが同時並行
    「賃金要件撤廃」「労働時間要件維持」「企業規模要件の段階的撤廃」「3年限定の支援措置」──同じ時期に多数の変更があるため、制度の全体像を把握しづらく、誤解を招きやすい構造です。
  • 「収入要件が厳しくなる」との誤解
    改正内容を十分に理解しないまま「年収条件が消えたのに、逆に条件が厳しくなった」という声があります。実際には年収条件はなくなり、時間条件のみが残る設計ですが、複雑な要件が絡むことで「収入要件が厳格化された」と誤認されがちです。
  • 運用面での課題
    事業主も従業員も、どのタイミングで誰が保険料の加入対象になるのかを判断し、適切に手続きを行う必要があります。特に中小事業所や非正規雇用が多い業界では、周知不足や事務ミスによるトラブル発生が懸念されており、シンプルなガイドラインや分かりやすい周知体制の整備が求められます。

これらの批判・誤解を踏まえると、制度改正後は「条件が一本化されて理解しやすくなる反面、時間基準という新たな‘壁’が鮮明になる」ことや、「一時的な支援措置の有無・期限によって家計への影響が変動する」という点を正確に押さえ、労働者・事業主それぞれが適切な判断をできるよう情報提供と制度運用の両面でのフォローが不可欠です。

6. まとめと今後の注目ポイント

6.1 まとめ

  • 「106万円の壁」は撤廃され、月収や年収にかかわらず、週20時間以上働く人はすべて社会保険の加入対象となります。
  • 時間要件に一本化されたことで、これまでの収入要件による判断線引きは消え、労働時間が唯一の「壁」となります。
  • 週20時間未満の方は、改正後も引き続き社会保険の適用外です。
  • 「収入要件が厳しくなったのでは?」という疑問には、あくまで賃金要件が消滅した事実を押さえ、「時間要件のみが残る」というポイントを正しく理解することが重要です。

6.2 今後のウォッチ事項

  • 週20時間要件の見直し議論
    週20時間のラインが依然としてハードルとなることから、この基準の引き下げや柔軟化を求める声が高まる可能性があります。
  • 企業支援策の実効性と延長可能性
    初年度3年間の国による企業負担支援が終了した後、企業側がどこまで保険料を負担し続けるか、制度延長の可否が焦点となります。
  • 実際の加入増加と年金財政へのインパクト
    加入者数の増加がどの程度年金保険料収入の底上げにつながるか、長期的に年金給付水準や財政健全化に寄与するかを注視する必要があります。

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この記事を書いた人

CFP®/1級ファイナンシャルプランニング技能士
公益社団法人 日本証券アナリスト協会認定
・プライマリー・プライベートバンカー
・資産形成コンサルタント
一般社団法人金融財政事情研究会認定
・NISA取引アドバイザー

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