中国本土名義の米国債保有は長期的に減っている。人民元は上昇し、中国との貿易を人民元で決済する国も増えた。では、中国はこのまま「ドル離れ」を加速できるのだろうか。
2026年3月、その問いに正面から向き合った報告書が中国の学術機関から発表された。その結論は一見シンプルだが、実際には「人民元の国際化」と「外貨準備の削減」がいかに別の話であるかを、図らずも浮き彫りにしている。
中国のシンクタンクが「外貨準備を減らせ」と提言した
3月22日、中国人民大学国際通貨研究所(IMI)が報告書を発表した。内容は、中国が現在保有する約3兆4300億ドルの外貨準備を段階的に削減すべきだ、というものだ。特に米国債の保有を縮小し、代わりに人民元の国際的な利用拡大で対外的な信用力を高めるべきだ、と論じている。
ただし、ここで最初に押さえておく必要があることがある。これは中国政府の政策決定ではなく、学術・シンクタンクレベルの「提言」である。中国当局が公式に外貨準備の大幅削減を宣言したわけではない。
とはいえ、この提言が出たタイミングは偶然ではない。
人民元高と、進む「米国債離れ」
2026年に入り、人民元はドルに対して約2%上昇し、2023年初頭以来の最高水準に達している。背景には、中国の堅調な輸出、米ドルの下落、そして中国資産への外国人投資家の関心の高まりがある。
上昇があまりにも速かったため、中国人民銀行(中央銀行)は2月下旬に介入した。ロイター通信によると、企業のドル買いコストを下げるために外国為替先物契約の準備金要件を引き下げる措置を取った。長期的には人民元の国際化を進めたい一方、短期的には急激な人民元高を抑えたいという、二つの目標のバランスを当局は迫られている。
米国債の保有も長期的に減っている。米財務省のデータによると、中国本土の米国債保有額は2025年末時点で6835億ドル。2013年のピーク時の約1兆3167億ドルからほぼ半減した。外国保有国ランキングでも、かつての2位から日本・英国に次ぐ3位に後退している。
ただしここにも注意点がある。外交問題評議会(CFR)などの専門家が指摘するように、TICデータ(米財務省の対外保有統計)に表れる「中国本土」の数字だけでは、中国全体のドル資産の実態を正確に反映しているとは限らない。ベルギーやルクセンブルクなどの金融機関を経由した保有が存在しうるためだ。
「貿易で使う通貨」と「非常時に頼る通貨」は別物
人民元の存在感が増していることは、複数の統計が示している。IMFの2026年中国4条協議スタッフ報告によると、中国の財貿易で人民元建て決済は2024年時点で27%超に達しており、サービス分野では約32%とされている。2017年にはわずか5%だったことを考えれば、急速な変化だ。
中国とロシアの貿易では、ロイターなどによると、2450億ドル規模の二国間取引の90%以上がすでに自国通貨(人民元とルーブル)で決済されているとされる。2022年に欧米がロシアの中央銀行準備金約3000億ドルを凍結したことで、ドル依存リスクへの警戒が一段と高まったためだ。
しかし、ここで「通貨の国際化」には段階があることを押さえる必要がある。
第一段階:貿易や投資で使われる
人民元は現在、主に中国との取引で使われる通貨として存在感を高めている。「中国から輸入する代金を人民元で払う」という意味での利用は確かに増えた。
第二段階:世界の中央銀行が「備え」として持つ
こちらは全く別の話だ。外貨準備(各国の中央銀行が非常時のために積む外貨の貯蓄)として人民元を選ぶには、危機のときにいつでも大量に換金できる「流動性」と、制度・法律の安定に裏付けられた「信認」が必要になる。
IMFの統計では、2025年第2四半期時点で、世界の外貨準備に占める人民元の比率はわずか2.12%にすぎない。ドルが56.32%、ユーロが21.13%を占めるのと比べると、その差は依然として大きい。
「外貨準備を減らせない」構造的な理由
IMIの報告書が提言する「外貨準備の削減」は、現実にはいくつかの壁にぶつかる。
資本移動の制限という壁
人民元は、ドルやユーロと違い、資本取引の自由度がなお限定されている。危機のときに外国の中央銀行や投資家が保有する人民元資産を自由に換金・移動できるか、という問いへの答えがまだ明確でない。これが「準備通貨」として広く選ばれるうえでの最大の制約だ。
「減らす」こと自体が人民元高を招くという矛盾
米国の外交問題評議会のブラッド・セッツァー氏は、「中国が人民元の上昇を管理するために月間500億ドル以上を購入し続けるなら、米国債に代わる良い選択肢を見つけるのに苦労するだろう」と指摘する。つまり、外貨準備を急に減らせば人民元がさらに上がり、中国の輸出産業が打撃を受けるという逆説が生じる。
外貨準備には「量の意味」がある
外貨準備は、国際収支危機、急激な資本逃避、輸入代金の支払い不能など、複数のリスクへの備えだ。「人民元で取引できる相手が増えた」からといって、すべての危機への備えが不要になるわけではない。どれだけ減らせるかは、そのときの国際情勢・経済規模・対外債務の規模に依存する。
習近平の「強い通貨」発言と、IMFの慎重な見立て
習近平国家主席は、今年初めに共産党機関誌に掲載された演説で、「強力な通貨」の構築を呼びかけた。人民元の国際的地位向上を目指す姿勢は鮮明だが、そこから直ちに「世界的な準備通貨を目標とする政策が固まった」とまで読み取るのは一段の解釈が入る。
だが国際通貨基金(IMF)は慎重だ。人民元の貿易・金融利用は増えていると認めつつも、「資本規制、流動性の限界、完全な交換可能性の不足」が準備通貨としての拡大を制約していると一貫して整理している。
「人民元で取引する」ことと「人民元を信頼して積む」こと——この二つは連続しているが、求められる条件は大きく異なる。前者は中国との関係の深さで決まり、後者は通貨制度そのものへの信頼で決まる。
IMIの提言が問いかけるもの
今回の報告書が重要なのは、中国政府が「外貨準備を削減する」と決めたからではない。むしろ、そうした議論が中国の学術界で前面に出る段階に来たことを示している、と見ることができる。少なくとも、政策周辺でその発想が強まっていることをうかがわせる。
人民元高、米国債保有の長期的縮小、貿易の脱ドル化——これらは独立した動きではなく、同じ方向を向いたプロセスの一部である。それが実際に「米国債を大規模に手放せる経済構造」につながるかどうかは、制度整備と国際的な信認という、数字よりはるかに時間のかかる課題にかかっている。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

