イランとイスラエルの間で続く軍事的な応酬が、2026年3月21日に新たな段階を迎えた。
イランは、ウラン濃縮の中核拠点であるナタンズ施設が攻撃を受けたと発表した。一方でイランはその同じ日、イスラエルの核開発の拠点とされてきたディモナ周辺にミサイル攻撃を行い、住宅地で多数の負傷者が出た。
単純な「ミサイルの撃ち合い」ではない。双方が互いの「核の象徴」に手を伸ばし始めた、という点でこの日の応酬は質的に異なる。そして同時に、世界の石油輸送の要衝ホルムズ海峡でも、イランが船舶の通行を選別し始めているとの情報が浮上している。
「誰が攻撃したか」はまだ揺れている
まず、ナタンズへの攻撃について整理しておきたい。
ナタンズはイラン中部にある、ウラン濃縮の主要施設の一つだ。ウラン濃縮とは、核エネルギーや核兵器の原料となる濃縮ウランを製造するプロセスで、国際社会がイランの核問題を議論する際、長年にわたって中心に置かれてきた場所だ。
イランの原子力庁は21日、この施設がアメリカとイスラエルによる攻撃を受けたと発表した。その後イスラエルの公共放送は、「ナタンズへの攻撃はアメリカによるものだった」と関係者の話として報じた。一方、イスラエル軍は「攻撃を把握していない」とコメントしている。
攻撃があったことはイランが認めている。ただし「誰が撃ったか」については現時点でも確定していない。
IAEAはイラン側からの報告を受け、現時点で外部放射線レベルの上昇は確認されていないと整理している。グロッシ事務局長は核の事故リスクを避けるため軍事行動を控えるよう求める声明も出した。
核施設への攻撃が「特別に危険」な理由
ここで、核施設が攻撃を受けることがなぜ特別に問題なのかを整理したい。
通常の軍事施設と違い、核施設には放射性物質が存在する。核爆発が起きなくても、施設が損傷したり電源が失われたりするだけで、放射線漏れや化学汚染など深刻な事故を引き起こすリスクが生じる。このためIAEAは核施設への軍事攻撃を「決して行うべきではない」と繰り返し訴えてきた。
今回の場合、IAEAは現時点で深刻な放射線漏えいは確認されていないとしている。それでもこの「タブー」が侵され続けていること自体が、専門家たちが危惧する点だ。
ディモナへの攻撃が示すもの
イスラエルが攻撃を受けた側のディモナでも、重要な事実がある。
イスラエル南部ディモナの郊外には「ネゲブ原子力研究センター」がある。イスラエルは核兵器の保有を公式に認めていないが、この施設が核開発の中核拠点であることは「公然の秘密」とされてきた。
今回のミサイル攻撃では、ディモナやその近くのアラドで住宅地に着弾し、合計で百人近い負傷者が出たと伝えられている。ただしIAEAは、ネゲブ原子力研究センターそのものへの被害は確認されていないとした。
ここも二つのことを分けて理解する必要がある。「ディモナ周辺の住宅地が攻撃された」という事実と、「核施設が損傷した」かどうかは別の話だ。後者は現時点では確認されていない。
それでも、ディモナ近郊が攻撃圏に入ったこと自体が、「お互いの核の象徴を突き始めた」という意味を持つ。イランの議会議長は22日、SNSで「イスラエルの空は無防備だ。次の計画を実行に移す時が来た」と投稿した。
ホルムズ海峡は「全面封鎖」より危うい段階へ
軍事面と並行して、もう一つの危機が静かに進んでいる。石油輸送の問題だ。
ホルムズ海峡は、イランとオマーンの間に挟まれた幅の狭い海峡で、世界の海上石油取引のおよそ4分の1がここを通る。中東産の石油をアジアや欧米に運ぶ上で代替のきかないルートだ。
これまでもイランが「ホルムズを封鎖する」と警告したことはあった。だが今、実際に起きていることはやや異なる。イギリスの海運専門誌「ロイズ・リスト」の報道によると、イランの革命防衛隊が、イラン領海側に事実上の「安全回廊」と呼べる航路を設け、特定の船舶だけを通しているとされる。一部の船は200万ドルを支払ったケースもあったという。
「全面封鎖」と「選別通航」は似て非なるものだ。前者は誰も通れないが、後者は「誰を通し、誰を止めるか」をイランが裁量で決める状態だ。海運会社にとっては、通れないよりも「通れるかどうかわからない」「通るために交渉が必要」という状況が、より大きな不確実性をもたらしうる。
さらにイラン議会では、ホルムズ海峡を通る船舶から通航料を徴収する法案の準備も浮上している。軍事的圧力に商業的な課金モデルが重なろうとしている可能性がある。
バーブルマンデブ海峡にも飛び火する可能性
危機はホルムズ海峡にとどまらない。
イランの革命防衛隊に近いメディアは、アメリカがカーグ島(イランの主要な原油積み出し拠点)を攻撃した場合には、バーブルマンデブ海峡や紅海の不安定化も選択肢になると警告した。
バーブルマンデブ海峡は、アフリカとアラビア半島の間に位置し、紅海から地中海・欧州方向へ抜ける経路の入り口だ。ここが不安定化すると、アジアから欧州への海上輸送全体に影響が出る。
紅海の沿岸にはサウジアラビアの積み出し港ヤンブーがある。ホルムズ海峡の通航混乱を受けて、サウジ産の原油はペルシャ湾岸の油田からパイプラインを使ってヤンブーに運ばれ、そこからタンカーでバーブルマンデブ海峡を通ってアジア方面に出荷されていると指摘されている。この海峡まで脅かされれば、エネルギー市場への衝撃は一段深くなる。
G7は「準備」、IEAはすでに「実行」
こうした状況を受け、G7(主要7か国)外相は21日、声明を発表した。
声明ではホルムズ海峡と関連海上航路の安全確保を改めて確認し、「世界のエネルギー供給を支援するため、石油備蓄の放出など必要な措置を講じる用意がある」と明言した。ここで注意したいのは、G7声明は「用意がある」という意思表明だという点だ。
一方、IEA(国際エネルギー機関)はすでに一歩先を行っている。3月上旬、加盟32か国で4億バレルという過去最大規模の緊急備蓄放出を決定し、実行に移している。G7が「構える」段階にある一方、IEAは「動いている」段階にある。この違いが示すのは、今回の危機がすでに「万一への備え」ではなく、現実の危機対応として扱われているという現状だ。
日本にとっての意味
今回の動向は、遠い地域の出来事ではない。
ホルムズ海峡を通る石油の大半はアジア向けだ。日本は輸入原油の大部分を中東に依存しており、ホルムズや紅海の情勢は、そのままガソリン価格や電力コスト、物流費に波及する可能性がある。
今回の衝突は「テレビで見る中東の戦争」にとどまらず、エネルギー価格や物価を通じて日常生活にも影響しうる事態として推移している。
まとめ——複合した危機として読む
2026年3月21日の出来事を整理すると、三つの問題が重なっていることがわかる。
一つ目は、核施設周辺への攻撃が繰り返されるという「核の安全」の問題。現時点で大規模な放射線漏えいは確認されていないが、この「タブー」が侵され続けていること自体がリスクだ。
二つ目は、ホルムズ海峡の「選別通航・通行課金」への移行という「エネルギー輸送」の問題。完全封鎖より見えにくいが、海運と市場に与える不確実性は大きい。
三つ目は、これがバーブルマンデブ海峡や紅海にまで拡大する可能性という「輸送ルート全体」の問題だ。
各国政府やIAEAが最も警戒しているのは、これら三つが連動して一気に深刻化する事態だ。現時点はまだその手前にある。だが、その可能性が日を追うごとに近づいていることを、今回のニュースは示している。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

