2026年2月、世界の視線がスイス・ジュネーブに集まろうとしている。米国とイランが核問題をめぐる協議の場に着く予定だ。争点は「ウラン濃縮をゼロにするか、限定的に認めるか」。期限となり得る協議日程は2月26日、そしてその交渉テーブルの向こう側では、大規模な軍事的圧力が積み重なっているとされる。
交渉か、軍事衝突か。その分岐点が、数日後に迫っている。
「二段構え」の脅し
ことの発端は、米国内のリーク情報だった。
ニューヨーク・タイムズなどの複数の米メディアが報じたところによると、トランプ大統領は側近たちに対し、ある考えを示唆したという。「外交や初期の限定攻撃でイランが核開発を諦めなければ、数カ月以内により大規模な軍事作戦へと拡大する可能性がある」というものだ。
日本の共同通信や毎日新聞もこの報道を受けて伝えているのは、「まず限定的な攻撃を行い、それで屈服させられなければ大規模化する」という、いわゆる”二段構え”の戦略だ。さらにアクシオスの報道は、「最高指導者ハメネイ師を含む最悪のシナリオも選択肢として議論され得る」とまで踏み込んでいる。
ただし、こうした内部協議のリークが持つ意味も考えておく必要がある。交渉の専門家たちが「脅しの信憑性(クレディブル・スレット/credible threat)」と呼ぶ現象だ。強硬な姿勢を外部に伝えることで、相手国に「本気だ」と思わせ、交渉で譲歩を引き出そうとする狙いがある。つまり、リーク自体が外交カードになっている可能性がある。
海の向こうで積み重なる鉄と火薬
言葉だけではない。英フィナンシャル・タイムズは、衛星画像などをもとに中東地域への米軍の増派が、2003年のイラク侵攻準備以来の規模になっていると報じた。
ヨルダンやサウジアラビアの基地では戦闘機の配備が増強され、海軍の空母打撃群も展開を拡大しているとされる。
「空母打撃群」とは何か? 空母を中心に、護衛の艦船や潜水艦、そして艦載機を含む大規模な海軍部隊のことだ。単なる軍艦の集まりではなく、広範な作戦を独力でこなせる「動く基地」と言っていい。これほどの戦力が中東に集結するのは、並々ならぬ事態を示しているとされる。
ロイターはまた、トランプ氏が「10〜15日」という具体的な期限を区切るような発言をしたことも伝えている。ロシア側も警告を発し、イランは国連宛てにメッセージを送った。「衝突を前提にした言葉」が、各国から次々と出始めているのだ。
ジュネーブ——最大の山場
そんな緊迫の中、2月26日(木)にジュネーブで米・イランの核協議が行われる見通しだ。仲介を担うのは中東の小国オマーンで、同国が開催を確認した。
米側は「近くイランから包括的な提案を受け取りたい」との姿勢を示しているという。一方のイランは、どのようなカードを切ろうとしているのか。
交渉の核心にあるのは、「ウラン濃縮をどう扱うか」という問題だ。
ウラン濃縮とは何か? ウランには複数の種類(同位体)があるが、核分裂を起こしやすいのは「ウラン235」という種類だ。天然ウランにはこれがわずかしか含まれておらず、その割合を人工的に高める作業が「濃縮」である。発電用の原子炉には数パーセントで十分だが、一般に兵器級は約90パーセント前後とされる。現在イランが保有しているとされる60パーセント濃縮ウランは、「兵器に近い高濃縮」として国際社会が強く警戒する水準だ(ただし、濃縮ウランがあるだけで核兵器が完成するわけではなく、製造には他にも多くの工程が必要とされる)。
「ゼロか、少しか」——交渉の核心
米国の立場は、表向きは「ゼロ濃縮」、つまりイラン国内での濃縮活動を一切認めないというものだ。これは米国内政治的には分かりやすいメッセージだが、イランにとっては到底受け入れられない要求でもある。イランは国内での濃縮を「主権に基づく権利」として主張してきたからだ。
ただし、交渉の実態は違う様相を見せている。ロイターによると、イラン外相は「米国は協議でゼロ濃縮を求めていない」と述べた。その一方で、米国のウィットコフ氏ら関係者の発言として「ゼロ濃縮が赤線だ」とする報道も存在する。このズレは、外交の常套手段——国内向けには強硬姿勢を見せながら、水面下では落とし所を探る——の典型的な形だとも読める。
妥協案として報じられているのが、量・濃度・用途を厳格に縛った「ごく限定的な濃縮」という発想だ。ごく小規模の濃縮を条件付きで認める代わりに、厳格な監視・検証によって「兵器化への道」を塞ぐ。見返りとして、イラン側は国際的な制裁の解除と「平和的濃縮の権利」の承認を求めるという。ロイターは、高濃縮ウランの一部を国外に搬出し、残りを薄めるという具体案をイランが検討している可能性も伝えている。
「最悪のシナリオ」が持つ意味
アクシオスの報道が際立っているのは、「落とし所を探る交渉」と「最悪のシナリオ」が同じテーブルに載っている、と指摘している点だ。後者には、最高指導者ハメネイ師個人を標的とする軍事オプションまで含まれるという。
こうした「指導者排除」が公的な議論に上ることは、それ自体が重大な意味を持つ。歴史的に、相手国の指導者個人を狙う軍事行動は、当事国の国内政治を激震させ、報復の連鎖を招きやすい。また、米国には行政命令で「暗殺を禁じると解釈されてきた枠組み」が存在することが広く知られており、実際にその適用・解釈をどう扱うかは常に争点になってきた。「最悪のシナリオ」という言葉の重みは、核兵器の問題と並ぶほど大きい。
日本への波及——原油価格という現実
この問題は、遠い中東の話では終わらない。
日本のエネルギー調査機関JOGMECのレポートは、対イラン攻撃への懸念がすでに「原油価格の上方要因」になり得ると具体的に整理している。中東は世界の原油供給の要衝であり、ここでの紛争や緊張は、日本のガソリン価格や電気代、さらには物流コストに直接はね返ってくる。日々の生活と国際政治がつながる接点が、ここにある。
時計の針は動いている
2月26日、ジュネーブの交渉テーブルに何が並ぶのか。合意の余地はあるのか、それとも扉は閉まるのか。
交渉の行方は現時点では不明だ。楽観的な見方も悲観的な見方も、等しく可能性として残っている。しかし確かなのは、この数日で何かが決まるかもしれないということ、そしてその結果が、中東だけでなく日本を含む世界全体に影を落とす可能性があるということだ。
核の時計は、静かに刻んでいる。

