東京都心の中古マンション価格が連続で最高値を更新する中、国土交通省は初めて「外国人購入者の実態調査」を開始します。本調査では、法務省から提供される約11万件の登記情報を分析し、都内マンションにおける外国人投資の実態と地域差を明らかにすることが狙いです。結果は2025年度下半期に報告書として公表され、住宅政策の重要な基礎資料となる見込みです。
外国人投資の実態を初調査へ
東京都心の中古マンション市場ではここ数か月、連続して過去最高値を更新する異例の高騰が続いています。都心6区では70㎡あたり1億6000万円超の水準に達し、築浅物件を中心に売り手の“売り時”意識も高まっている状況です。この背景には、国内の資金流入だけでなく、海外からの投資マネーが大きく影響しているとの指摘が絶えません。特に、アジアや欧米の富裕層が東京の一等地にこぞって高級マンションを求める動きは顕著で、賃貸あるいは短期転売を目的とした投機的取引が相場全体を押し上げているという見方が強まっています。
しかし、こうした“外国人投資”の実態を裏付ける公的な統計情報はこれまで存在せず、その議論はあくまで断片的な現場報告や民間アンケート調査にとどまっていました。投資家の国籍や購入比率、さらには地域ごとの動向といった詳細データが欠如しているため、住宅政策や市場規制を議論するうえでの根拠を欠いているのが現状です。
そこで国土交通省は、法務省から提供を受ける約11万件にのぼる登記情報を初めて体系的に分析し、都内マンションにおける外国人購入の実態を明らかにする大規模調査に乗り出します。本調査では住所欄を手がかりに購入者の居住実態を推計し、地域別・時系列で外国人投資の動向を把握。結果は2025年度下半期に報告書として公表され、今後の住宅政策や市場健全化策を検討するうえで不可欠な基礎資料となる見込みです。

都心中古マンション価格の急騰
不動産調査会社・東京カンテイが発表した2025年4月のデータによると、都心6区(千代田区・中央区・港区・新宿区・文京区・渋谷区)の中古マンション平均希望売り出し価格は70㎡あたり1億6064万円と、前月比2.9%増、前年同月比では38.6%もの大幅上昇を記録しました。とりわけ、再開発や大型商業施設の整備が進む港区や千代田区では上昇率が同区平均を上回り、築後10年未満の「築浅」物件を中心に、投資家や富裕層の買い注文が相次いでいます。平均築年数は前年同月から3.5年短縮され24.3年となり、新築に近い物件が相場を押し上げていることが如実に表れています。
さらに地域別に見ると、城南・城西エリア(品川区・目黒区・大田区・世田谷区・中野区・杉並区)は70㎡あたり平均8359万円と前月比2.5%増、城北・城東エリア(その他11区)は6348万円で前月比1.6%増にとどまっており、中心6区との価格差が一段と拡大しています。特に都心部の再開発が遅れ気味だった渋谷駅西口や新宿副都心では、外国人投資家によるまとめ買いも観測され、需給のアンバランスが価格形成に強く働いています。一方で、実需層が多い郊外エリアでは買い控えムードも出始め、今後は二極化がさらに進行する可能性があります。
首都圏全体(1都3県)では平均価格5535万円と史上最高を更新し、東京都単独でも8309万円と他県を大きく引き離しています。背景には世界的な低金利環境の継続や、海外マネーの円高利用の動きもあり、国内外の資金が「安全資産」として都心不動産に集まる構図が鮮明になっています。そのため、需給バランスの引き締まりが一段と強まり、今後は政策的な需給調整や既存住宅流通の活性化が急務となりそうです。
“外国人投資”仮説の背景と検証ニーズ
東京都心部の高級中古マンション市場では、近年「外国人投資家が相場をけん引している」という指摘が頻繁に聞かれます。実際、銀座や赤坂、虎ノ門といった一等地では、欧米やアジア圏の富裕層が所有する高級レジデンスの数が目立ち、内見を希望する外国人客の増加を報告する不動産仲介業者も少なくありません。ある外資系仲介会社では、2019年頃に月あたり20件前後だった契約件数が、2024年下半期には50件以上に跳ね上がるなど、短期的な転売や賃貸運用を目的とした取引が拡大しているとの声もあります。
こうした投資マネーの流入は、建設コスト高や国内の“パワーカップル”需要だけでは説明し切れない価格上昇圧力を生んでいると考えられます。特に、東京2020オリンピック後の都心再開発ラッシュが追い風となり、湾岸エリアや都市再生地区を中心に、「資産価値の担保」としての不動産が世界的に注目されるようになりました。海外投資家にとっては、株式や債券と比べて景気変動に左右されにくい「実物資産」としての魅力が高まり、円高時には円ベースで割安感が生じるメリットもあります。
しかしこの“外国人投資”仮説には、大きな検証ギャップがあります。第一に、公的な統計や行政レベルでのデータ整備が追いついておらず、外国人購入の実際の件数や比率が明確ではありません。法務省や国税庁が保有する登記情報や税務申告データには購入者の国籍を示す項目がなく、民間調査会社によるアンケート調査に頼るのみというのが現状です。そのため、地域別や価格帯別の外国人比率は推測に留まり、投機的取引の全体像をつかめないままです。
第二に、政策立案の視点でもデータ不足は大きな課題です。実需層向け住宅の供給や流通を適切に設計するためには、「どのエリアで」「いつ」「どの程度」外国人投資が活発化しているかを定量的に把握する必要があります。たとえば、新築戸建てやマンションへの融資規制、取得税の優遇見直し、中古住宅市場への補助策など、具体的な政策効果を試算するにはベースラインとなるデータが不可欠です。
こうした背景から、国土交通省による実態調査のニーズは極めて高まっています。客観的な統計に基づく分析によって、単なる都市伝説や一部の事例報告に終わらない、精緻な市場構造の解明が期待されます。将来的には、地域ごとの外国人購入比率や、投資目的の長期賃貸と短期転売の割合、さらには購入後の保有期間と売却タイミングなど、多角的な視点でのデータ公開が望まれています。これにより、政府と市場参加者双方が適切な意思決定を行える材料が整い、居住者本位の住宅市場形成へとつながることが期待されます。
国土交通省による初の実態調査概要
国土交通省が今回実施する調査では、まず法務省から毎年およそ11万件に及ぶマンション登記情報の提供を受け、それを分析の母数とします。通常、登記情報には購入者の国籍を示す欄がありませんが、国交省は「住所」欄に記載された居住地データを細かく精査することで、海外居住と判断できるケースを「外国人購入」として推計します。たとえば、郵便番号や都道府県欄に海外の住所表記が見られる場合や、日本国内でも明らかに外国人向け賃貸物件として扱われる問い合わせ先住所がある場合など、多様なパターンを網羅的に抽出。これにより、従来は推計の域を出なかった外国人購入比率を、公的統計として初めて定量化できる見通しです。
調査対象は都内23区を中心に、区市町村まで地域を細分化したうえで、築年数や面積、築後区分(築浅・築中・築古)ごとに分析します。さらに、新築一棟物件と分譲マンション、そして中古分譲マンションを区別し、市場セグメントごとの動向も洗い出します。過去3~5年分のデータを時系列で比較することで、年ごとの外国人購入者比率の増減傾向や、特定エリアでの急増・急減フェーズを明らかにします。
加えて、調査結果は単なる比率公表にとどまらず、GIS(地理情報システム)を活用したヒートマップや、購入後の保有期間分析などの詳細レポートとしてまとめられる予定です。これにより、「どの地域で」「どの価格帯の」「どの築年数の」物件で外国人投資が顕著かを直感的に把握できるほか、投機目的の短期転売と長期保有の傾向も定量的に示される見込みです。こうした多角的なアプローチにより、外国人投資の実態をこれまでにない精度で可視化し、政策立案のための確かなデータ基盤を整えます。
調査スケジュールと公表予定
調査は2025年5月下旬から、まず登記情報の受領とデータクレンジング作業を開始します。5月末にはすべての原資料を統合し、データベースへの登録を完了。その後、6月上旬には「住所欄抽出ルール」の適用を行い、海外居住者と推定される登録レコードをピックアップします。6月中旬からは地域別・築年別・物件種別ごとの集計フェーズに入り、初期集計担当チームが週次で進捗を報告。7月上旬には粗集計段階の仮レポートが内部でレビューされ、分析手法や異常値対応の最終確認を行います。
8月までに複数回の精査プロセスを経て、地域ごとの購入比率推移や増減ポイントを示すグラフ、ヒートマップ、価格帯別の外国人比率表などの可視化資料を整備。9月には報告書のドラフト版を各関係省庁および学識経験者に共有し、専門家ヒアリングを実施。外部からのフィードバックを踏まえた最終修正を行ったうえで、2025年度下半期(10月以降)に正式報告書をまとめます。
公表後は、国土交通省ウェブサイトの「不動産市況レポート」ページにて、PDF版の報告書および付録データ(区市町村別の一覧表、GIS用データファイルなど)を同時公開。さらに、プレスリリースと併せてオンライン記者説明会を開催し、報告書の主なポイントと解説資料をメディア向けに配布する予定です。報告書公開後も、四半期ごとに調査を継続し、最新データを随時更新する仕組みを検討中で、住宅市場動向の透明性向上に寄与することが期待されます。
デベロッパーアンケートと専門家コメント
三菱UFJ信託銀行が年2回実施するデベロッパー向けアンケート調査では、東京23区内の新築分譲マンション市場における外国人購入者の比率について、「20%以上30%未満」と「30%以上40%未満」という回答が最も多く寄せられました。この調査は大手デベロッパー約50社を対象に行われ、回答企業の約8割が「外国人購入比率は少なくとも2割を超えている」と回答。また、「高級ブランド物件を中心に、富裕層向けの顧客層で外国人の存在感が増している」との指摘もあり、都心部における投資需要の実態をうかがわせます。
一方で、アンケート結果には地域差や物件規模によるばらつきが見られ、全体の平均値だけでは実態の細部まで捉えきれない面もあります。たとえば、港区や中央区の湾岸エリアでは「40%以上50%未満」という回答も少数ながら存在し、一方で新宿区や文京区など都心6区以外のエリアでは「10%未満」にとどまるとの声もありました。こうした差異は、エリアごとの再開発状況や土地供給量、築年数の分布など複合的要因が影響しているとみられます。
不動産調査会社・東京カンテイ上席主任研究員の高橋雅之氏は、「アンケートはあくまで売主側への聴取に基づく推計であり、実際の登記ベースの購入比率とは異なる可能性がある」と前置きしたうえで、「とくに湾岸部では外国人の割合が高い地域もある一方、価格帯や築年数、戸数規模によって大きく変動する。今回の国交省調査では、こうしたミクロの視点を加えた詳細分析が不可欠だ」と指摘します。
さらに高橋氏は、「将来的には『購入後の保有期間』や『再販のタイミング』まで追跡できるデータ連携が実現すると、市場の投機性と居住ニーズのバランスをより正確に評価できるようになるだろう」と展望を語りました。これにより、単なる購入比率の把握を超え、不動産市場の長期的な安定性を支える政策設計に資するエビデンスが提供されることが期待されます。
政策的インプリケーション
調査結果は、投機的な短期転売や賃貸運用など、市場をかき乱す可能性のある取引動向を定量的に把握できる点で、大きな意義を持ちます。まず、外国人投資が集中するエリアや価格帯が明らかになれば、対象地域における取得規制や保有期間要件の見直し、あるいは外国人向けの貸出条件を設定するなど、的を絞った規制策を検討することが可能です。これにより、短期的な投機取引を抑制し、相場の過度な変動を緩和する環境整備が進むでしょう。
また、実需層—特に若年ファミリーや初めて住宅を取得する世帯—が購入機会を確保しやすい市場構造を維持するため、住宅取得優遇制度の拡大や金融支援策の強化にも役立ちます。たとえば、住宅ローン減税や自治体独自の助成金制度の対象要件に「転売目的での購入を除外する」条項を設けることで、居住用の購入を優先する政策設計が可能です。調査データを根拠にすれば、支援対象の所得水準や物件価格帯を精緻に設定できるため、制度の効率性と公平性を高めることが期待されます。
さらに、中古住宅市場の流動性向上を図るための支援策検討も重要です。調査で判明した外国人購入比率の高い地域では、中古市場における在庫の偏在や価格帯のかたよりが顕在化する可能性があります。そこで、中古流通市場への補助金や登録制度の導入、リノベーション支援などを組み合わせ、中古物件を「住むための資産」として長期保有するインセンティブを創出します。これにより、健全な市場循環が促進され、持続可能な都市居住環境の実現につながるでしょう。
【FPTRENDY内部リンク】
【外部関連リンク】
- 日本銀行(BOJ)公式サイト ─ 国内金利や政策決定の確認に。
- 米連邦準備制度理事会(FRB)公式サイト ─ FOMCや声明内容はこちら。
- Bloomberg(ブルームバーグ日本版) ─ 世界の金融・経済ニュースを網羅。
- Reuters(ロイター日本語版) ─ 最新のマーケット速報と経済記事。
- TradingView ─ 株価・為替・指数チャートの可視化に便利。