若田光一さん、Axiom Space日本法人を率いる ISS後の宇宙開発は民間主導へ

2030年ごろに運用終了が予定される国際宇宙ステーション、ISSの「次」をめぐり、日本人宇宙飛行士の経験が民間企業の事業展開に使われることになった。

米宇宙開発企業Axiom Spaceは、2026年7月1日に日本法人Axiom Space Japanを稼働させる予定だ。宇宙飛行士の若田光一さんは、Chief Technology Officer, Asia Pacificとして同法人を率いる。若田さんは日本人最多となる5度の宇宙飛行を経験し、ISSの船長も務めた人物である。

今回の動きは、著名な宇宙飛行士の転身というだけではない。ISS後の宇宙開発が、政府機関中心の時代から、民間企業もインフラを担う時代へ移りつつあることを示している。

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何がこれまでと違うのか

これまでISSは、米国、ロシア、日本、欧州、カナダなどが関わる国際的な宇宙インフラとして運用されてきた。日本も実験棟「きぼう」の開発や運用を通じて、有人宇宙活動に大きく関わってきた。

しかし、ISSは老朽化が進み、2030年前後に運用を終える計画がある。そこで問題になるのが、地球の近くを回る低軌道で、今後も人が滞在し、研究や技術開発を続けるための拠点をどう確保するかだ。

NASAは、この後継拠点を自ら単独で保有・運用するのではなく、民間企業が開発する商業宇宙ステーションを利用する方向へ進んでいる。NASAの説明では、商業的に所有・運用される低軌道拠点から、NASAや他の顧客がサービスを購入する構想が示されている。その候補の一つがAxiom Spaceだ。

今回の日本法人設立は、この大きな転換の中に位置づけられる。Axiom Spaceにとって日本は、単なる営業先ではなく、宇宙ステーションの開発、運用、利用を支える技術や人材を持つ国として見られている。

なぜ若田光一さんの起用が重いのか

若田さんは、JAXAを2024年3月31日に退職した後、Axiom Spaceに加わった。Axiom Spaceでは、アジア太平洋地域の最高技術責任者として、同社の宇宙ステーション開発や地域展開に関わってきた。

若田さんの強みは、宇宙飛行の経験だけではない。ISSの運用、国際協力、日本の宇宙機関や企業との関係、宇宙飛行士訓練など、有人宇宙活動に必要な実務を長く見てきた点にある。

商業宇宙ステーションは、単に宇宙に施設を浮かべれば成立するものではない。安全性、運用手順、宇宙飛行士の訓練、実験設備、地上側の支援体制、企業や研究機関との連携が必要になる。若田さんの起用は、Axiom Spaceが日本でそうした関係づくりを本格化させる意思を示すものといえる。

若田さん自身も、日本がISSで培ってきた技術や人材を次の時代につなげたいという趣旨の発言をしている。ここで問われているのは、過去の実績を誇ることではなく、それを次の商業宇宙の仕組みにどう組み込むかである。

民間宇宙ステーションは何に使われるのか

民間宇宙ステーションと聞くと、宇宙旅行のようなイメージが先に浮かびやすい。だが、Axiom Spaceなどが狙う低軌道ビジネスは、それだけではない。

地上では再現しにくい微小重力環境を使えば、材料実験、創薬研究、細胞培養、半導体関連の実験などが行える可能性がある。宇宙空間での通信、データ処理、ロボット運用、地球観測なども商業利用の対象になりうる。

これまで宇宙ステーションは、主に政府主導の研究施設として使われてきた。今後は、企業が利用料を払い、研究や製造、サービス開発を行う場へ変わる可能性がある。低軌道が「研究の場所」から「経済活動の場所」へ広がるという見方だ。

もちろん、これはすぐに巨大市場が生まれるという話ではない。宇宙ステーションの開発には巨額の資金が必要で、安全基準も厳しい。打ち上げ、補給、滞在、緊急時対応まで含めれば、地上の事業とは比べものにならない難しさがある。

それでも、NASAが低軌道の商業化を進めていることは、民間企業にとって重要な前提になる。政府機関が将来の利用者として商業サービスを使う方針を示すことで、低軌道ビジネスの制度的な土台が見えやすくなるためだ。

日本企業にはどんな接点があるのか

Axiom Space Japanは、日本の政府機関、研究機関、産業界との連携を進める役割を担う。対象分野としては、宇宙ステーション向けのハードウェア開発・製造、微小重力環境を活用した研究、軌道上でのコンピューティングなどが挙げられている。

これは、宇宙関連の大企業だけに限られる話ではない。素材、精密機器、ロボティクス、通信、医療、半導体、データ処理などの企業にも、周辺産業として関わる余地がある。

たとえば、地上では難しい環境で材料の性質を調べる、創薬研究に微小重力を使う、宇宙空間でデータ処理を行うといった分野では、宇宙そのものよりも、地上の産業技術との接続が重要になる。宇宙ビジネスはロケットや宇宙船だけで成り立つものではなく、部品、実験装置、ソフトウェア、運用ノウハウの積み重ねでもある。

日本政府も宇宙産業の民間活用を重視しており、宇宙戦略基金などを通じてスタートアップや企業の事業展開を後押しする方針を示している。Axiom Spaceの日本法人設立は、そうした政策の流れとも接点を持つ。

投資ニュースとして見る場合には、Axiom Spaceが現時点で非上場企業であり、株式市場で直接売買できる銘柄ではない点にも注意が必要だ。日本法人も、上場企業ではなく米Axiom Spaceの日本拠点という位置づけで整理するのが自然である。

2030年に本当に間に合うのか

一方で、ISS後の商業宇宙ステーション構想には不確実性も残る。2030年前後という時期は近い。宇宙ステーションの開発、打ち上げ、組み立て、有人運用、安全確認までを考えると、計画通りに進めるハードルは高い。

米国では、ISSの運用を2032年まで延長すべきだという議論も出ている。背景には、民間ステーションの準備が予定通り進むかどうかへの懸念があるとみられる。もし後継拠点が間に合わなければ、低軌道での有人活動に空白が生じるおそれがあるためだ。

その意味で、Axiom Spaceの計画は前向きな成長ストーリーであると同時に、技術面、資金面、安全面の課題を抱える長期プロジェクトでもある。日本法人設立は重要な一歩だが、それだけで商業宇宙ステーション時代が約束されるわけではない。

むしろ注目すべきなのは、こうした不確実性がある中でも、NASAや民間企業がISS後を見据えて動き出している点だ。宇宙開発は、国家が巨額の予算で担う特別な領域から、企業が事業として関わる領域へ少しずつ広がっている。

宇宙開発の役割分担はどう変わるのか

今回のニュースは、若田光一さんという人物を通じて、宇宙開発の役割分担が変わりつつあることを見せている。

ISSの時代、日本は国際協力の枠組みの中で「きぼう」を運用し、宇宙飛行士を送り、科学実験を積み重ねてきた。次の時代には、その経験を民間企業の宇宙ステーション、研究利用、産業連携へどうつなげるかが問われる。

Axiom Spaceの日本法人設立は、日本がISSで培ってきた技術や人材を、商業宇宙ステーション時代に接続する入口になりうる。若田さんの起用は、その象徴的な人事である。

ただし、宇宙ビジネスを過度に楽観する必要はない。民間宇宙ステーションは、まだ計画と開発の途上にある。どの企業が実際に運用までたどり着くのか、日本企業がどの分野で具体的な受注や事業機会を得るのかは、これから見極める段階だ。

それでも、今回の動きは一つの見方を変える。宇宙開発は、遠い世界の国家プロジェクトだけではなくなりつつある。ISS後の低軌道では、研究機関、製造業、通信、医療、データ関連企業まで含めた産業の参加が、重要な論点になる可能性がある。

(本稿は各種公開情報をもとに作成した。一部数値は記事掲載時点の情報である)

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この記事を書いた人

CFP®/1級ファイナンシャルプランニング技能士
公益社団法人 日本証券アナリスト協会認定
・プライマリー・プライベートバンカー
・資産形成コンサルタント
一般社団法人金融財政事情研究会認定
・NISA取引アドバイザー

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