本田技研工業(ホンダ、7267)が、上場以来初めて通期で営業赤字と最終赤字に転落した。2026年3月期の営業損益は4143億円の赤字、親会社の所有者に帰属する当期損益は4239億円の赤字だった。
売上収益は前期比0.5%増の21兆7966億円だったため、単純に「車が売れなかったから赤字になった」という話ではない。重くのしかかったのは、EV事業の見直しに伴う巨額損失と、米国の関税措置による採算悪化だ。増収にもかかわらず赤字に沈んだところに、今回の決算の異例さがある。
何が予想と違ったのか
ホンダは2021年、2040年に世界で販売する新車をすべてEVと燃料電池車にする目標を掲げた。エンジン技術に強みを持つメーカーとしては大きな転換であり、脱炭素へ向かう道筋を販売台数の比率で示したものだった。
しかし、その前提が崩れた。主力市場の一つである北米では、EV需要の伸びが想定より鈍くなった。さらに米国では、EV購入支援や環境規制をめぐる政策が変わり、メーカー側の採算計画を立てにくくなった。EVは車両開発だけでなく、電池調達、専用工場、充電環境への対応まで含めて先行投資が大きい。需要の伸びが鈍れば、その投資をどのタイミングで回収できるかが一気に見えにくくなる。
ホンダは北米向けに予定していた複数のEV計画を見直し、EV関連損失は営業損益を1兆4536億円押し下げた。米国の関税措置による影響も3469億円の押し下げ要因となった。これらが、上場以来初の通期赤字という結果につながった。
これは「EVをやめる」という話なのか
今回の発表で最も誤解されやすいのは、ホンダがEVから撤退するかのように見える点だ。実際には、ホンダは2050年のカーボンニュートラル目標を維持している。変わったのは、脱炭素を実現するための道筋を、EV販売比率だけに固定しないという考え方だ。
ホンダは2040年に新車販売をEVと燃料電池車100%にする目標を撤回した。一方で、今後は二酸化炭素の削減量を軸に目標を再設定したいとしている。つまり、「EVをやめる」というより、「EVだけを前提にした経営計画を見直す」という意味合いが強い。
この違いは大きい。EVは脱炭素に向けた重要な選択肢である一方、市場ごとに充電インフラ、電力事情、走行距離、補助金制度、消費者の価格感度が異なる。北米のように移動距離が長く、地域差も大きい市場では、すべてを一気にEVへ寄せるより、ハイブリッド車を含めた複数の選択肢を持つ方が現実的になる場合がある。
なぜハイブリッド重視へ戻るのか
ホンダは今後3年間で、EV関連投資を約8000億円に抑える一方、エンジン車とハイブリッド車には4.4兆円を投じる方針を示した。カナダで検討していたEVの包括的な生産計画も無期限で凍結する。
その代わりに、2027年から次世代ハイブリッド車の投入を始め、2029年度までに世界で15モデルを展開する計画だ。北米では大型車を含むハイブリッドのラインアップを広げ、既存工場の生産能力もエンジン車やハイブリッド車へ振り向ける。
ハイブリッド車は、エンジンとモーターを組み合わせるため、EVほど充電インフラに依存しない。それでいて燃費改善によるCO2削減効果も見込める。買う側から見れば、航続距離や充電設備への不安を抑えながら、燃料費を下げやすい選択肢になる。メーカー側から見ても、既存の技術や工場を生かしやすく、短期的な収益を立て直す手段になりやすい。
ただし、これは脱炭素の後退とだけ見るべきではない。ホンダは、EV、ハイブリッド、カーボンニュートラル燃料、カーボンオフセット技術などを組み合わせる多角的なアプローチを示している。需要が地域ごとにばらつく中で、どの技術をどの市場に配分するかを選び直す局面に入ったと読める。
投資家はどこを見るべきか
今回の赤字は巨額だが、ホンダは2027年3月期について、売上収益23兆5000億円、営業利益5000億円、親会社の所有者に帰属する当期利益2600億円を見込んでいる。赤字が一過性の会計処理で終わるのか、それとも四輪事業の競争力低下を示す構造問題なのかは、今後の業績で見極める必要がある。
注目点は二つある。第一に、二輪事業や金融サービスの安定した収益力を維持できるかどうかだ。ホンダは二輪で強い事業基盤を持ち、これが全社の下支えになっている。
第二に、四輪事業でハイブリッドを軸に採算をどこまで回復できるかである。EV投資を抑えれば短期的な負担は軽くなるが、将来のEV需要が再び伸びたときに出遅れるリスクも残る。反対に、ハイブリッドで収益を立て直しながら、電池やソフトウエアの開発を続けられれば、需要の変化に応じた選択肢を持てる。
目標は強いほどよいとは限らない
2040年にEVと燃料電池車100%という目標は、わかりやすく、強いメッセージだった。ただ、わかりやすい目標ほど、前提が変わったときの修正も大きくなる。自動車産業は開発期間が長く、工場や部品網への投資も大きい。政治、規制、資源価格、消費者の選好が変われば、数年前に正しかった計画が重荷になることもある。
今回のホンダの赤字は、EVそのものの終わりを示すものではない。むしろ、脱炭素を進めるには、販売比率の一本線だけでは足りないことを示している。これから問われるのは、EVをどれだけ掲げるかではなく、地域ごとの需要と採算を見ながら、CO2削減と事業の持続性を同時にどう組み立てるかだ。
ホンダの戦略転換は、派手な未来像を少し引き戻し、足元の市場に合わせて走り方を変える動きである。脱炭素の旗を下ろしたのではなく、その旗を掲げたまま、どの道を通るのかを選び直す局面に入ったといえる。
(本稿は各種公開情報をもとに作成した。一部数値は記事掲載時点の情報である)

