「好ましくない記者を排除する道具」——米連邦地裁がペンタゴンの取材規制ルールを違憲と判断

戦時のアメリカで、政府はどこまで記者を選別できるのか。その問いに、連邦地方裁判所が一つの答えを示した。米国防総省(ペンタゴン)が設けていた取材規制ルールについて、ワシントンの連邦地裁は3月20日、これを違憲として取り消す判断を下した。国防総省は即時控訴の方針を示しており、決着はまだついていない。


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問題となったルールとは何か

2025年秋、トランプ政権下の国防総省は、ペンタゴン内で継続的に取材する記者に対して新たなルールを導入した。その中心は、「未承認情報の提供を当局者に働きかけた場合、取材に必要な記者証を取り上げることがある」という内容だった。

記者証とは、国防総省の庁舎内で記者会見や当局者取材を継続的に行うための取材資格のことだ。これを失うと、形式上は取材の自由が残っていても、日常的な情報収集の場から締め出されることになる。報道の世界では「実務上の取材生命線」ともいえる資格だ。

また、このルールは誓約書への署名も求めており、署名を拒否した記者は記者証の更新を止められるなどの制裁を受けうる内容だった。有力紙ニューヨーク・タイムズをはじめ多くのメディアがこれに反発し、NYTは2025年12月、「憲法違反だ」として訴えを起こした。


裁判所が問題にしたのは「何を禁止するか」だけではなかった

3月20日、ポール・フリードマン判事は問題のルールを無効と判断し、NYTの記者7人への記者証の再発行を国防総省に命じた。

判決意見書で判事が「ルールの真の目的は、国防総省にとって好ましくないジャーナリストを排除することだ」と述べたことが注目を集めた。

だが、この判決が持つ意味はそれだけではない。AP通信によれば、裁判所が問題にしたのは「取材を制限すること」だけでなく、「そのルールの基準が不明確で、恣意的な運用を許している」という点だった。

アメリカ憲法には、報道・言論の自由を保障する「修正1条」のほかに、政府が個人の権利を制限するときに明確な基準と適正な手続きを求める「修正5条」がある。今回の判断は、その両方に違反するというものだった。

つまり、「記者を締め出すこと自体が問題」というだけでなく、「どの記者を、どんな理由で、どうやって締め出すかのルールが曖昧すぎる」という点も同じように違憲の根拠になったのだ。3月の審理でも判事は「なぜある記者には厳しく、別の記者には緩いのか」と政府側に問い質したと報じられている。


戦時だからこそ、報道の自由が重要だという司法のメッセージ

判事は意見書のなかで、イランへの軍事作戦やベネズエラでの米軍活動が続く現在、政府の行動について市民が多様な視点から情報にアクセスできる重要性は増していると指摘した。

この一文は重要だ。戦時には「安全保障上の必要性」を理由に情報の統制や取材制限を正当化しやすい。しかし裁判所は逆の立場を取った——戦時だから規制が広く許されるのではなく、戦時だからこそ独立した報道の価値が高まる、という考え方だ。

市民が政府の軍事行動を監視し批判するには、多角的な情報が欠かせない。記者が当局者から非公式に話を聞き、内部告発や批判的な情報に触れる機会を、「未承認情報を聞いた」として封じることは、その監視機能を損なう可能性がある。


一社の勝訴ではなく、業界全体に影響する判断

今回の記者証再発行命令は、直接にはNYTの記者7人に向けたものだが、影響はそれにとどまらない。APによれば、判事は争点となったルール条項の無効化が「他の規制対象にも及ぶ」と述べており、ペンタゴン記者協会はすべての加盟記者の資格回復を求めているという。

つまりこれは、NYTという一社の権利訴訟というより、ペンタゴン取材の仕組み全体に関わる制度判断としての性格を持っている。


国防総省は即時控訴、最終的な決着は先になる

国防総省のパーネル報道官は判決当日、SNSに「この決定には不服で、直ちに上訴する方針だ」と投稿した。国防総省側はこれまでも、「ペンタゴンは機密情報が集まる特殊な施設であり、通常以上の制約が必要だ」という立場を維持してきた。

控訴審でこの判断が維持されるかどうかは現時点では不明だ。ただ、一審が「安全保障上の必要性」という政府の主張をそのままは認めず、「恣意的な記者選別」という構造的な問題を指摘したことは、今後の議論の出発点として意味を持つ。

「戦時のペンタゴンで、政府はどこまで記者を選べるか」——この問いの答えは、まだ出ていない。


(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

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この記事を書いた人

CFP®/1級ファイナンシャルプランニング技能士
公益社団法人 日本証券アナリスト協会認定
・プライマリー・プライベートバンカー
・資産形成コンサルタント
一般社団法人金融財政事情研究会認定
・NISA取引アドバイザー

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