石炭回帰ではない──政府が「石炭を減らすルール」を非常時だけ止めた理由

経済産業省が3月27日の審議会で、石炭火力発電所の稼働率を高める緊急措置を公表した。2026年度の1年間に限り、非効率な石炭火力を多く動かした場合に課していた容量市場の容量確保金減額措置を適用しないという内容だ。

この措置を「石炭回帰」と読むのは少し違う。政府が石炭を増やしたいわけではなく、石炭を減らすために設計されたルールを、非常時の1年間だけ止める——という制度運用の変更だ。なぜそんな話になったのか、背景から整理する。

目次

「稼働率50%ルール」とは何か

日本の電力政策には、石炭火力の中でも古くて発電効率の低い「非効率石炭火力」を平時には減らしていくという方針がある。そのために使われてきた手段のひとつが、容量市場における稼働抑制のインセンティブ設計だ。

容量市場とは、「実際に発電した電気」だけでなく、「必要なときに発電できる能力(供給力)」そのものに対して対価を支払う仕組みを指す。電気は貯めにくいため、需要のピーク時に備えた発電能力の確保が重要で、それを市場メカニズムで維持しようという考え方だ。

この仕組みの中で、非効率石炭火力が年間の稼働率50%を超えた場合、電力会社が受け取れる容量確保金を減額するルールが設けられていた。つまり「多く動かすほど受け取り額が減る」設計によって、自然と稼働を抑えるよう促してきた。

今回の措置は、この「50%超で減額」というルールを2026年度の1年間だけ適用しない、というものだ。直接的に石炭を増やすのではなく、抑制していた制度のブレーキを外す形での対応といえる。

LNGは「足りない」のではなく「高くなる・先が読めない」

なぜ石炭を動かすかというと、LNG(液化天然ガス)の節約が目的だ。LNGは日本の火力発電の主力燃料で、発電用燃料の中でも重要な位置を占める。

ただし、ここで注意が必要だ。資源エネルギー庁の説明によると、日本のLNG輸入に占めるホルムズ海峡経由分は1割前後にとどまる。法的な全面封鎖が正式通告された状況ではないものの、通常の商業通航が事実上まひしつつある現状でも、「明日から発電用のLNGが尽きる」という事態にはなりにくい構造だ。

直ちに物理的な枯渇が迫る局面ではない一方、まず先に問題化するのは価格上昇と調達の不確実性だ。ホルムズ危機が長引けば、中東産の代替として世界中がLNGを買い求め、スポット市場(その都度調達する市場)の価格が跳ね上がる可能性がある。JERAのグローバルCEOは「LNG市場にはホルムズ混乱を補える代替余力がない」という認識を示している。

日本が石炭を多く動かすのは、「LNGがなくなるから」ではなく、「高値のスポットLNGに頼らずに済むよう、発電用燃料を今のうちに節約する」という予防的な判断だ。政府によると、この措置により日本がホルムズ海峡経由で年間輸入しているLNGの約10%強にあたる約50万トンの消費を抑えられると見込んでいる。

50万トンは「危機の緩和」であり「根本解決」ではない

50万トンという数字は、インパクトがあるように見える一方で、日本のLNG需要全体や中東依存分の総量に比べれば限定的でもある。

ただしここを「50万トンしか節約できない」と切り捨てるのも正確ではない。危機対応においては、価格が急騰した局面でスポット調達を少しでも減らせるかどうかが問われる。量として全問題を解決する話ではなく、足元の火を少しでも和らげるための措置として理解するのが適切だ。

「脱炭素を捨てた」ではなく「非常時モードに切り替えた」

今回の措置は、平時の非効率石炭火力抑制方針とは緊張関係にある。第7次エネルギー基本計画は非効率石炭火力の発電量を減らす方向を示しており、それを担保していたルールを止めるのだから、表面上は矛盾に見える。

しかし政府の立場は、脱炭素目標そのものを撤回したのではなく、非常時のみ安定供給を優先する「例外運用」に切り替えた、というものだ。

「平時か非常時か」によって政策の優先順位が切り替わること自体は、エネルギー政策に限らず多くの分野でみられる構造だ。ただし、今回の例外がどこまで続くか、そして非常時が長期化した場合に政策の基本方向に影響が出るかどうかは、まだ分からない。

石炭は「緊急の緩衝材」として使われる

今回の措置が示しているのは、脱炭素に向けて段階的に退場させようとしていた非効率石炭火力が、危機の局面では「動かせる電源」として価値を持ち続けるという現実だ。

エネルギーの安定供給と脱炭素という2つの要請は、平時には整合を保ちながら進められてきた。しかし中東危機という外的ショックが加わると、その均衡が崩れ、安定供給が前面に出てくる。

2026年度の1年間という期限付きの措置が延長や制度修正に波及するかどうかが、中長期的にはより重要な論点になる。

(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

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この記事を書いた人

CFP®/1級ファイナンシャルプランニング技能士
公益社団法人 日本証券アナリスト協会認定
・プライマリー・プライベートバンカー
・資産形成コンサルタント
一般社団法人金融財政事情研究会認定
・NISA取引アドバイザー

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