国債市場の“点検”——「責任ある積極財政」を市場はどう読み替えたか

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「27年ぶり」という数字

2026年1月、日本の長期金利を示す10年国債利回りが、2.380%という水準に達した。これが「27年ぶりの高水準」と報じられ、国内外のメディアを騒がせた。

27年ぶりという言葉はインパクトが大きいが、金利上昇の意味は一枚岩ではない。長く続いた超低金利から“正常化”へ向かう過程で利回りが上がる面がある一方、政策の財源・期限・運営ルールが見えにくい局面では、不確実性が上乗せされて金利が動くこともある。今回の上昇は、市場が「成長と財政の設計図」を改めて点検した結果として起きた“再採点”だった。

引き金となったのは、高市政権が掲げる看板政策のひとつ、食料品にかかる消費税の2年間停止という公約だった。


「積極財政」と「責任ある」は矛盾しないのか

高市政権のキャッチフレーズは、「責任ある積極財政」だ。

「積極財政」という言葉だけを聞けば、政府がお金を使って景気を支えるイメージが浮かぶ。実際、減税や補助金、公共投資を通じて需要を作り出すのが積極財政の基本的な考え方だ。

では「責任ある」とは何を指すのか。これは、財政出動の結果として国債が増えすぎないよう、目標・財源・期限をセットで示すことを意味する。つまり「使うけど、返し方も見せます」という設計だ。

ここまではシンプルに聞こえる。問題は、この二つを同時に達成することが、言葉ほど簡単ではない点にある。


なぜ「消費税停止」で国債が売られたのか

少しだけ、国債の仕組みを押さえておこう。

国債とは、国が資金を借りるために発行する債券だ。国が「信頼できる借り手」と見られている間は、低い利回りで借りられる。しかし財政への不安が広がると、投資家は「それなら高い利回りでないと買わない」と要求し始める。利回りが上がる(=国債価格が下がる)ということは、国の借金コストが上がることを意味する。利払い費が増え、さらに財政を圧迫するという悪循環の入口だ。

食料品の消費税(現行の軽減税率は8%)を2年間ゼロにすると、年間で5兆円規模の税収が消えるという試算がある。市場が不安視したのは、その規模そのものよりも、「2年後に税率を元に戻せるのか」という問いだった。

一度ゼロにした税金を引き上げるのは、政治的に非常に難しい。「期限が来たら戻す」と言い切れるだけの仕組みがあるのか。財源は本当に国債に頼らないのか。こうした問いへの回答が見えない間、市場は国債を売り続けた。


「トラス・ショック」という前例

国内外メディアが引き合いに出したのが、2022年に英国で起きた「トラス・ショック」だ。

当時の英国では、財源の裏付けが十分に示されない大型減税が市場の疑念を呼び、国債売りと通貨安が同時進行した(いわゆる「トラス・ショック」)。ただし、日本は国債市場の投資家層や制度環境、金融政策との関係など前提が大きく異なる。したがってこの比較は、「日本も同じ道をたどる」という決めつけというより、政策が“積極”であるほど、財源・期限・目標の説明が市場の信認を左右する——という教訓として受け止めるのが妥当だ。


市場を落ち着かせた「言葉と選挙」

ただし、この物語には続きがある。

国債利回りが急上昇した後、市場はある程度落ち着きを取り戻した。理由はいくつかある。与党が選挙で圧勝し、政権基盤が安定したこと。首相が「市場の動向を注視する」姿勢を示したこと。そして「減税の財源として国債発行に頼らない」という考えを明確にしたことで、買い戻しの動きが強まったとされる。

しかし「言葉で落ち着いた」とも言える。市場が求めているのは約束の言葉ではなく、制度として確かめられる財源設計と、測定可能で一貫した財政目標だ——という指摘は、この局面の報道を通じて繰り返し浮かび上がってくる論点だ。


海外投資家はどう見ているか

英資産運用会社RBCブルーベイAMのCIO(最高投資責任者)は、「高市氏の財政に対する無責任という懸念は誇張気味だ」と述べた。食料品の消費税減税もGDP比で見れば1%未満であり、賃金が物価の上昇に追いつかない今の局面では、消費を下支えする効果があり得るという見方だ。日銀の利上げ(金融正常化)は今後も進むとみており、政策金利が2027年度初めまでに1.5%程度に近づく可能性も示した。

一方、米大手ヘッジファンド、シタデルの担当者は、やや慎重な見立てを示した。当初の市場の反応は、「積極的」な側面(減税・歳出拡大)を強く織り込み、もともと高い債務水準と組み合わさって金利上昇につながったと分析。今後は、消費を支える短期策よりも、潜在成長率を高める投資などの「責任ある」側面に軸足を移す必要があると指摘した。

また、日銀の透明性と独立性——とくに審議委員の人事が「政治的」に映るかどうか——が、市場の再警戒につながり得るとも述べた。


IMFと黒田前総裁の”ブレーキ”

対照的な立場から警鐘を鳴らすのが、国際機関や政策の前任者たちだ。

IMF(国際通貨基金)は、現時点では利上げの継続と、消費税を下げるような財政緩和の回避を日本に求める立場をとっている。論拠は「ショックに備える財政余力(バッファー)を損なうな」というものだ。

黒田東彦・日銀前総裁は、インフレと円安が進む現環境では金融・財政の引き締めが必要だとし、物価高対策としての歳出拡大・減税はインフレ圧力や金利上昇を招きかねないと語った。「積極財政=株高・景気好転」という単純な図式にブレーキをかけるコメントとして、海外投資家にも読まれやすい発言だ。


政府自身の試算と「追加の一手」のリスク

内閣府の中長期試算では、FY2026(2026年度)に向けてPB(基礎的財政収支)の改善や、債務残高のGDP比の低下が見込まれている。

PB(基礎的財政収支)とは、利払い費を除いた政策経費を、税収などの歳入でどこまでまかなえているかを示す指標だ。これがプラスになる(黒字化する)ことが、財政の持続可能性の目安として参照される。

ただし、この試算はあくまで現状の制度を前提にしている。ここに新たな減税や恒久的な歳出が上乗せされれば、前提が崩れる。市場は「次の追加策」を常に警戒しながら、政府の動きを見続けているということだ。


「責任」の証明は、これから

「責任ある積極財政」というフレーズは、矛盾する二つの要求を一つの言葉に収めた、ある種の政治的な解答だ。「使う」と「返す」を同時に約束することで、賛否両方の有権者に訴えかける設計になっている。

しかし市場は、言葉ではなく制度と数字で判断する。

財源は本当に国債に頼らないか。PBや債務比率の目標は測定可能で、一貫して守られるか。消費税を下げた2年後、本当に税率を戻せるか——これらの問いへの答えが具体的な形で示されなければ、金利は再び動き出すかもしれない。

「27年ぶり」という数字が一瞬見せた景色は、政府と市場の間に走る緊張の輪郭を、くっきりと映し出した。


本稿は2026年2月時点の報道・公式資料をもとに構成しました。市場の見通しは変動し得るものであり、投資判断の根拠とするものではありません。

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この記事を書いた人

CFP®/1級ファイナンシャルプランニング技能士
公益社団法人 日本証券アナリスト協会認定
・プライマリー・プライベートバンカー
・資産形成コンサルタント
一般社団法人金融財政事情研究会認定
・NISA取引アドバイザー

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