大統領の関税を「待った」と言った最高裁——米国を揺るがす法廷の逆転劇

2026年2月24日(米東部時間)の午前0時01分、米国の税関で、ある通関コードが静かにシステム上で無効化された。

4日前の2月20日、米連邦最高裁がひとつの判断を下していた。トランプ大統領が「緊急権限」を根拠に課してきた関税は、法律の解釈として成り立たない——。

それは、貿易をめぐる権力の構図を一変させる判決だった。しかし、関税が「消えた」かというと、話はそう単純ではない。


目次

「緊急権限」で課した関税とは何だったのか

まず、事の背景を整理しておこう。

トランプ政権は、IEEPAと呼ばれる法律を根拠に、広範な関税を課してきた。IEEPAとは「国際緊急経済権限法(International Emergency Economic Powers Act)」の略で、本来は国家緊急事態に際して、大統領が制裁や取引規制を行使できる枠組みだ。制裁といえば聞き覚えがあるかもしれない——輸出禁止、資産凍結、取引停止といった措置がその典型である。

政権はこの法律を「輸入を規制する」手段として解釈し、”相互関税”を含む大規模な関税措置に適用してきた。日本に対しても、大統領令(EO 14257)が定めた相互関税の枠組みの下、合計15%になるよう設計された関税が課されていた。

しかし最高裁は、この解釈に「待った」をかけた。


「法律の言葉」をめぐる争い

Learning Resources, Inc. v. Trump——これが今回の事件名だ。おもちゃや教材を輸入する企業が原告となり、IEEPAに基づく関税の合法性を争った。

最高裁の結論はシンプルだ。「IEEPAは大統領に関税を課す権限を与えていない」。

ここで一つ注意が必要だ。報道では「違憲判決」と短く伝えられることもあるが、判決の核心は少し違う。「憲法に違反する」というより、「IEEPAという法律が、大統領に課税権限を委ねていない」という法解釈の問題だ。

なぜ重要か? 米国憲法では、関税を含む「課税の権限」は本来、議会に属する。大統領が関税を課すためには、議会が明確に権限を委ねた法律が必要になる。今回の判断は、「IEEPAにはその委任が足りない」として、権限の線引きを明確にしたものだ。大統領の権限を縛るのは、憲法が定めた権力の分立——という原則が、ここで機能したことになる。


「停止」の現場——税関で何が起きたか

2月20日の最高裁判断を受け、米税関・国境警備局(CBP)は実務的な通達を出した。

「2026年2月24日、米東部時間午前0時01分以降に通関または倉庫から払い出される貨物について、IEEPAを根拠とする追加関税の徴収を停止する」

CBPとは何か? 米国の税関実務を担う機関で、どの貨物にいくらの関税をかけるかを現場で執行する。CSMS(通関メッセージ)という通達でシステム上の関税コードを無効化することで、実際の徴収が止まる。今回の「停止」とは、つまりシステムレベルでの書き換えのことだ。

ちなみに「2/24 午前0時01分(米東部)」は、日本時間だと同日の14時頃にあたる。


だが、関税はなくならなかった

ここで、話に続きがある。

政権は「関税をゼロに戻す」という選択をしなかった。IEEPAが使えなくなったその日のうちに、別の法律を根拠とする新たな措置を発動させた。

それが通商法(Trade Act of 1974)122条だ。

122条とは何か? 「国際収支に深刻な問題がある」と大統領が判断した場合に、全輸入品に対して一律のサーチャージ(割増料金のような追加課徴金)を課せる規定だ。上限は最大15%・最長150日間。延長するには議会の承認が必要になる。

ホワイトハウスが2月24日に公表した布告文には、「10%・150日間・2月24日発効(〜7月24日)」と記されていた。しかしトランプ大統領はその後、法定上限である15%への引き上げ意向を表明したと報じられており、最終的に適用される税率がいつ・何パーセントになるかは、追加布告・CBP実務通知の内容次第で変わる可能性がある。

なお、122条の適用にはいくつかの例外品目が設けられている。ホワイトハウスの布告では、自動車・部品、医薬品、エネルギー、重要鉱物などが対象外として明記されている。日本からの対米輸出で比重の大きい自動車・部品がこれに含まれる点は、日本の産業界にとって重要な確認事項となっている。


「全部なくなった」わけではない

もう一点、重要な落とし穴がある。

今回停止されたのは、あくまでも「IEEPAを根拠とする関税」だ。米国の関税には、複数の法的根拠が並立している。

  • 232条(安全保障):鉄鋼・アルミなど安全保障上の懸念から課す関税
  • 301条(不公正貿易慣行):中国を念頭に、知財侵害などへの対抗措置

これらは今回の停止対象には含まれない、とCBPは明記している。企業の立場からすると、「関税が全部消えた」のではなく、「根拠法が入れ替わった(組み替わった)」という表現が正確だ。


巨大な「返金問題」が浮上

さらに実務上の問題も浮かび上がっている。

IEEPA関税はこれまで実際に徴収されてきた。停止が決まったことで、「すでに払った関税は返ってくるのか」という問いが生じる。Penn-Wharton(ペンシルベニア大学ウォートン校の予算モデル)の推計では、返金対象になり得る税収は最大1750億ドル規模に上るとされている。

ただし「いつ、どう請求すればよいのか」については、現時点でCBPの詳細ガイダンスは限定的であり、実務の枠組みは整備途上だ。輸入企業にとって最大の関心事になりつつあるが、具体的な手続きの全容は不明である。


市場と日本への影響

金融市場は、この一連の動きを「政策の不確実性」として受け止めた。ドル安・金高といった動きが伝えられているが、値動きの細部は日々変化するため、「不確実性が意識されている」という方向感として理解するのが無難だろう。

日本を含むアジア各国の受け止め方も、単純ではない。「IEEPA停止=安心」ではなく、代わりに導入された一律サーチャージ(当初10%、引き上げ表明後は最大15%)が、企業収益や輸出価格にどう影響するかを注視するトーンが主流だ。


「緊急権限」への歯止め、その意味

今回の判決が持つ意味を、もう少し大きな文脈に置いてみよう。

大統領が「緊急」という名の下に権限を拡大しようとするとき、最高裁がそれを「法の範囲内に止まれ」と制する——これは権力の分立という民主主義の原則が機能した場面として語られている。報道・専門家の論調も、この「制度論(憲法・権限分立)」の文脈を重視している。

一方で、政権は122条という別の”レバー”へ即座に切り替えた。「関税政策は続く」というメッセージを発しながら、次の法的手段を模索している。

法廷で「待った」がかかっても、交渉の舞台は変わるだけで終わらない。その現実が、今回の一連の動きを複雑にしている。


まだ見えていないもの

2月24日が来ても、すべてが確定するわけではない。適用税率は変わり得る。返金の手続きは未定だ。新たな法的挑戦も起きるかもしれない。

確かなのは、「大統領が関税を自由に動かせる範囲」について、米国の最高裁がはっきりと線を引いたということ。今回の判決はIEEPAの射程を狭めたが、122条・232条・301条といった別の法的根拠を通じて、関税政策そのものは動き続ける。そしてその線の上で、貿易をめぐる攻防が、今も続いているということだ。

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この記事を書いた人

CFP®/1級ファイナンシャルプランニング技能士
公益社団法人 日本証券アナリスト協会認定
・プライマリー・プライベートバンカー
・資産形成コンサルタント
一般社団法人金融財政事情研究会認定
・NISA取引アドバイザー

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