環境省は2026年3月31日、「国立公園満喫プロジェクト 2026年以降の取組方針」を公表した。2031年に国立公園制度が100周年を迎えるのを前に、2030年までに国立公園を訪れる訪日外国人利用者数を1,400万人へ引き上げる目標を掲げた。狙いは単なる誘客拡大ではない。都市部に偏るインバウンド需要を地方へ分散し、観光収益を自然保護に再投資する「保護と利用の好循環」を加速させることにある。
その前提となる足元の実績も伸びている。環境省が2026年3月9日に公表した「2025年の国立公園の利用動向について(詳細)」によると、2025年の国立公園の訪日外国人実利用者数は推計988万人だった。2019年比で約1.5倍に達し、コロナ禍前の水準を上回った。今回の新方針は、この回復を次の段階へ進める位置づけだ。
今回の方針は何が変わるのか
今回の取組方針は、大きく3つの柱で整理されている。
第1は、国立公園ならではの魅力的な滞在体験の提供だ。環境省は、感動体験を柱にした滞在型・高付加価値観光を進める方針を打ち出した。利用拠点では廃屋撤去や景観改善を進め、自然体験アクティビティを充実させる。多言語対応や地域交通、アクセシビリティの改善もこの文脈に位置づく。訪問客数の多さだけでなく、長く滞在し、深く体験し、地域で消費してもらう設計へ軸足を移す構えだ。
第2は、日本の国立公園のブランド力向上と国内外へのプロモーション強化である。各公園の自然や文化、暮らしの文脈を整理し、地域の関係者が共有したうえで発信するインナーブランディングを強める。単発の観光資源として売り出すのではなく、その土地ならではの物語を伴った目的地として認知を高める狙いがある。
第3は、保護と利用の好循環を実現し、地域に還元する仕組みづくりだ。利用者負担の仕組みを通じて保全財源を確保し、自然資源の維持や環境負荷の低減につなげる。同時に、自然体験だけでなく、文化や地場産品など地域資源への支出を増やし、地域内の経済循環を太くする考え方が前面に出ている。
環境省は2030年目標として、訪日外国人利用者数1,400万人に加え、国立公園を訪れた訪日外国人の平均消費額30万円、延べ宿泊者数1,550万人泊も掲げた。量を追うだけでなく、消費単価や滞在時間、体験の質を含めた「体積」を大きくする発想が明確になっている。
なぜ国立公園が地方分散策の受け皿になるのか
この方針の背景には、日本全体の観光政策の転換がある。2025年の年間訪日外客数は4,268万人となり過去最多を更新した一方、旅行先は東京、大阪、京都、北海道などに集中しやすい。政府は訪日客数の拡大と並行して、地方誘客や需要分散、オーバーツーリズムの未然防止を重視している。国立公園は全国に広がり、都市観光とは異なる体験を提供できるため、地方分散策の有力な受け皿とみられている。
ここで重要なのは、日本の国立公園が海外の一部の国のように土地を全面的に国有化して成立しているわけではない点だ。1931年の国立公園法制定、1934年の最初の3公園指定を経て広がった日本の国立公園は、私有地や集落、既存の観光施設を含みながら保護と利用を両立させる「地域制公園」として発展してきた。現在は全国35か所が指定されている。
だからこそ国立公園は、守るべき自然そのものと、地域経済を支える観光の両方を抱え込む。訪日客を増やす政策は、そのまま自然保護の議論と切り離せない。今回の新方針が、誘客策と保全財源の確保を一体で打ち出しているのはこのためだ。
1400万人目標の先にある論点
もっとも、数値目標だけを見れば楽観論に流れやすい。国立公園への来訪増は、地域経済には追い風でも、自然環境や住民生活との摩擦を強める可能性がある。富士山や京都で顕在化したオーバーツーリズムの問題は、国立公園とも無関係ではない。
実際、環境省の2021年から2025年までの取組成果では、29の国立公園で入域料等の利用者負担の仕組みが導入された一方で、面的な広がりはなお不十分と整理されている。徴収した資金を何に使うのか、地域住民や事業者とどう合意形成するのか、新たな負担を利用者が受け入れる設計にできるのか。制度の成否は、こうした実務にかかっている。
加えて、景観改善のための廃屋撤去や老朽施設対策には相応の費用が必要になる。地域交通の確保や担い手不足への対応も、国立公園だけで完結する話ではない。今回の方針は方向性としては明快だが、実効性は地域ごとの実装力に左右される面が大きい。
1,400万人という数字は目を引くが、政策の本質は来訪者数そのものではない。どれだけ長く滞在してもらえるか、地域でどれだけ消費が生まれるか、そしてその収益を自然保護へどう回せるかにある。2031年の制度100年を前に、国立公園を「人を呼ぶ場所」で終わらせず、「自然を守りながら地域を潤す仕組み」に変えられるかが問われている。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

