アメリカとイスラエルによるイランへの攻撃が始まってから1か月。日本では「原油調達の多角化を急ぐ」という言葉がメディアを飛び交っているが、実態はもう少し厳しい。中東以外から原油を持ってくるのは、言葉ほど簡単ではない。政府が今やっているのは「多角化に成功した」ではなく、「備蓄と補助金で数週間から数か月をつなぎ、その間に次の手を探している」という段階だ。
日本の弱点は「エネルギー全体」ではなく「原油とナフサが先に痛む」こと
日本はエネルギーの多くを輸入に頼る。だが、その中身は一律ではない。
原油(ガソリンや軽油、石化製品の原料)については、輸入量の90パーセント以上が中東産だ。一方、発電や都市ガスに使うLNG(液化天然ガス)の中東依存度は約1割にとどまり、オーストラリアや東南アジアなど調達先も分散している。
つまり、中東危機が起きても、日本の電気・ガスが「即日ストップ」する構造にはなっていない。先に痛むのは原油だ。そして原油から精製されるナフサ(プラスチックや合成繊維の原料)が止まることで、石化業界が次に揺れる。家計のガソリン価格は目に見えて上がるが、電気・ガス料金への影響は遅れて来る——この順番を知っておくと、ニュースの読み方が変わる。
3種類の備蓄で「急な干上がり」を防ぐ
報道では「政府が石油備蓄を放出」と伝えられるが、備蓄には実は3種類ある。
ひとつ目は国家備蓄。政府が国内の基地タンクに蓄えており、有事に放出できる。ふたつ目は民間備蓄。石油会社などに法律で義務付けられた在庫で、今回は義務量が70日分から55日分に引き下げられた。そして三つ目が産油国共同備蓄——これが日本独特の仕組みだ。
産油国共同備蓄は、JOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)がサウジアラビア、UAE、クウェートの国営石油会社に日本国内のタンクを貸し出し、平時は産油国がアジア向けの商業拠点として使いつつ、緊急時には日本の石油会社が優先的に買い付けできる枠組みだ。「産油国との関係そのものを備蓄化している」とも言える、日本の危機対応の特徴的な仕組みである。
政府は3月16日に民間備蓄の引き下げを、3月26日には国家備蓄と産油国共同備蓄の放出を開始した。放出規模は過去最大。IEA(国際エネルギー機関)の加盟国による協調放出とも連動している。
ただし、この備蓄放出は「安心材料」ではなく「時間を買う措置」だ。急に末端の供給が干上がるのを防ぎながら、その間に物流と調達を組み替えるための仕組みである。
ガソリンは1リットル190円超、補助金で170円台に抑える
ホルムズ海峡の事実上の封鎖で原油を運ぶタンカーが激減し、原油の国際価格(WTI先物)は攻撃開始前の1バレル67ドル台から、3月8日には119ドル台まで急騰した。およそ78パーセントの上昇で、2022年のウクライナ侵攻以来の高値水準だ。
これを受け、国内のレギュラーガソリン小売価格は一時、全国平均で1リットル190円を超えた。政府は石油元売り会社への補助金を通じて価格を170円程度に抑える「激変緩和措置」を発動。「国民の生活と経済活動を守る」姿勢を前面に出している。
一方、その後はIEAの協調放出への期待や、米軍が航行安全に関与するとの観測から、原油価格はいったん76ドル台まで下落した。しかし長期化への懸念は消えず、現在も100ドルを挟む水準で高止まりしている。ゴールドマン・サックスは4月の平均を105ドルと予測している。
ラップフィルムが35%値上げ、シンナーが75%値上げ——石化業界に連鎖
石化業界ではナフサ調達難化や価格高騰の影響が先行して表れている。ナフサとは原油から精製される原料で、プラスチック、合成繊維、塗料など日用品の多くを製造する基礎材料だ。
三菱ケミカルや旭化成、三井化学はナフサ調達の難化を理由にエチレンの減産に踏み切った。これを受け、
- クラレが樹脂・フィルム製品を値上げ
- 信越化学工業(4063)が塩化ビニル樹脂を4月から約2割値上げ
- 日本ペイントがシンナーを75%値上げ
- 三菱ケミカルが食品用ラップフィルムを4月から35%以上値上げ
という連鎖が起きている。
石油化学工業協会の会長は、主要製品のポリエチレンに国内需要約4か月分、ポリプロピレンに約3か月分の在庫があるとし、「直ちに供給が途絶える状況ではない」と述べた。ただ、これも「今は大丈夫」であって、事態が長引けば話が変わる。
多角化は「量を見つければ終わり」ではない
日米首脳会談でアメリカ産エネルギーの拡大で連携することが確認され、資源開発大手のINPEX(1605)が権益を持つ中央アジアの油田から日本企業への優先販売方針も固まりつつある。方向性としては正しい。
しかし、原油は「あれば何でもいい」ものではない。製油所は特定の品質(硫黄分や比重)に合わせて設計されており、別の産地の原油を処理するには設備改造が必要なケースもある。さらに、中央アジアからの輸送日数や運賃が中東産と比べてどれだけ採算に合うかも問題だ。
多角化の本質は「量を見つけること」ではなく、「使える品質の原油を、採算に合う形で、継続的に運べるか」にある。ここに壁があることを知らないと、「多角化が始まった」というニュースを過大評価することになる。
日経平均は9%超下落、円は一時159円台
金融市場への影響も深刻だ。
攻撃開始前、東京株式市場は日経平均株価が連日最高値を更新し、一時6万円に迫る勢いだった。しかし攻撃開始後、3営業日で4600円超が吹き飛び、3月9日には一時4213円安と取引時間中として過去2番目の下落幅を記録した。3月23日には一時5万1000円も割り込んだ。
3月の下落率を主要市場で比べると、アメリカのダウ平均が約6%、中国の上海総合指数が約6%に対し、日経平均は約9%と突出して大きい。原油の中東依存度が高い分、リスクが集中しているためだ。
為替市場では「有事のドル買い」と、貿易赤字拡大への懸念から円売りが重なり、円相場は一時1ドル=159円98銭まで下落した。
日本に残されたカードと、向こう数か月の行方
ペルシャ湾内には現在、日本関係の船舶45隻が残留し、乗員24人の日本人船員が乗り続けている。3月11日に商船三井のコンテナ船が損傷を受けたが、重傷者はなく航行は継続できている状態だ。食料・水・燃料も当面確保されているという。
政府は国土交通省が日本船主協会にイラン周辺海域での安全確保を通達するなど、リスク管理を強化している。
今後の焦点は、備蓄と補助金がつなぐ向こう数か月の間に何が進むかだ。石化業界の在庫は3〜4か月分が目安で、備蓄放出も時限的な措置にすぎない。IEAのビロル事務局長がホルムズ海峡封鎖の影響を「1970年代のオイルショックより深刻」と評価するなか、日本が求められているのは、補助金で家計を守りながら、官民が一体で調達先を組み替える、構造的な転換だ。
ガソリン代が上がった、ラップフィルムが値上がりした——個々の変化は小さく見えても、その背景には「原油の90%を中東に頼る日本が、近年では例のない規模の供給危機に直面している」という現実がある。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

