2026年3月22日、アメリカのトランプ大統領はSNSに短い投稿を残した。「イランが48時間以内にホルムズ海峡を完全に開放しなければ、発電所を攻撃する」——。
これに対してイランは即座に応じた。「発電所が攻撃されれば、ホルムズ海峡を完全に封鎖する」。
軍事的な脅しと強硬な反発が交わされる中、一方でアメリカのニュースサイト・Axiosは、トランプ政権がイランとの和平交渉の可能性について初期的な議論を始めたと報じている。出口を探りながら、圧力をかけ続ける——そうした二重構造の中で、ホルムズ海峡をめぐる情勢は新たな段階に入った。
ホルムズ海峡とは何か、なぜこれほど重要なのか
ホルムズ海峡は、アラビア半島とイランの間に位置する、最も狭いところで30キロ台という細い海の通り道だ。しかし、そこを通過する資源の量は桁違いに大きい。
アメリカ・エネルギー情報局(EIA)によると、2025年上半期にこの海峡を通過した石油は日量2090万バレルにのぼり、世界の石油消費の約20%に相当する。海上輸送される石油の約4分の1がここを通り抜けている。
石油だけではない。液化天然ガス(LNG)も大量にこの海峡を経由している。日本・韓国・中国・インドなど、アジアの主要エネルギー輸入国にとって、ホルムズ海峡は「輸送路」ではなく「生命線」に近い存在だ。この海峡が使えなくなれば、一部の石油はサウジアラビアやUAEの陸上パイプラインで迂回させることができるが、それで賄える量はごく一部にとどまる。日本の電力価格や物流コストへの影響は避けられない。
「完全封鎖」か「管理通航」か——今どちらの状態なのか
まず現状を整理しておく必要がある。
イラン側は今回の軍の声明で、ホルムズ海峡は「完全には閉ざされておらず、高度に管理されている」と説明している。つまり現時点では「完全封鎖」ではなく、敵対勢力に対してのみ通行を制限する「管理通航」の状態だとイランは主張している。
しかし今回の応酬で一段階変わったのは、「もし米軍がイランの発電所を攻撃するなら、完全封鎖に移行する」とイランが明言したことだ。
争点はもはや「実質的に閉じているかどうか」ではない。「米軍の次の一手次第で、完全封鎖のリスクが現実味を帯びた」という段階に踏み込んだのだ。
発電所への攻撃脅威、なぜ危険なのか
トランプ大統領が標的として挙げた「発電所」は、民間インフラの中でも影響が特に広範だ。発電所が破壊されれば、停電だけでなく水の供給、医療機関の稼働、通信、交通と連鎖的に混乱が広がる。
日本エネルギー経済研究所・中東研究センターの坂梨祥センター長は、NHKの取材に対し、「イラン南部にある原子力発電所は湾岸諸国に非常に近く、周辺国に及ぶ被害も相当大きい」として、発電所攻撃の意図は原発ではない別の施設が念頭にあるのではないかとの見方を示している。
ただし、どの発電所であれ民間インフラへの攻撃は国際法上の議論を呼ぶ。海外メディアでは、専門家から「戦争犯罪にあたる可能性がある」との指摘も出ており、法的・軍事的な整合性を問う声も報じられている。
イラン側の強硬姿勢——「脅しに屈しない」という政治メッセージ
イランの反発は軍の声明だけにとどまらない。
ペゼシュキアン大統領はSNSで「脅しによってわれわれの団結はより強まる。ホルムズ海峡は侵略者以外には開かれている。われわれは狂気じみた脅威に断固として対抗していく」と投稿した。
議会のガリバフ議長はさらに踏み込み、「わが国の発電所やインフラが標的になった直後、地域全体の石油施設や重要なインフラは正当な標的と見なされ、取り返しのつかない形で破壊されるだろう。石油の価格は長期間高止まりするだろう」と警告した。
坂梨センター長は、イランが提示したとされる条件について「脅しに負けて屈服することは絶対にないという固い決意を、条件によって示したということだと思う。トランプ大統領の48時間という期限をイランが聞き入れて、ホルムズ海峡の封鎖を解除するという可能性はないと考えられる」と述べている。
イスラエルの空爆とミサイル応酬——海峡問題は孤立した争点ではない
ホルムズ海峡をめぐる対立は、現在進行中の戦争全体の一部として起きている。
イスラエル軍は3月22日もイラン本土への空爆を続け、テヘランのミサイル関連施設、革命防衛隊の武器製造施設、情報省司令部などを攻撃したと発表している。イランはイスラエルへのミサイル攻撃を繰り返しており、22日にはテルアビブ周辺でクラスター弾による被害があり、15人がけがをしたとイスラエルメディアが伝えた。
イランの赤新月社によると、アメリカとイスラエルによる攻撃でこれまでに8万1000以上の民間施設が被害を受けており、医療施設や学校、救急車にも被害が及んでいるという。
さらにイスラエルは隣国レバノン南部でも地上作戦を拡大している。イスラム教シーア派組織ヒズボラへの攻勢を強め、国防相はリタニ川の橋を即座に破壊するよう軍に命じたことを明らかにした。レバノンでは今月2日以降の戦闘で1000人以上が死亡したとされている。
和平交渉は「始まった」のか——慎重に読む必要がある
報道の中で目を引くのが、アメリカのニュースサイト・Axiosによる「トランプ政権がイランとの和平交渉の可能性について初期的な議論を始めた」という情報だ。
しかし、この報道は慎重に読む必要がある。「初期的な議論」は「本格的な停戦交渉」ではない。
Axiosの報道によると、米側はイランに対してミサイル計画の5年間停止やウラン濃縮のゼロ化など6つの条件を求めている。一方、イラン側は将来的な戦争再開がないという保証や賠償など、米側には受け入れがたい条件を提示しているとされる。
坂梨センター長も「お互いに相手が飲めないような条件ばかりで、ここから交渉に持ち込むのは至難の業だと思う」と述べている。
現状を端的に言えば、「交渉が始まった」のではなく、「将来の交渉の入口条件を双方が探っている段階」と見るのが自然だ。
周辺国と国際社会の動き
事態を打開しようとする動きも出ている。
トルコのフィダン外相は22日、イランのアラグチ外相、サウジアラビアのファイサル外相、EUのカラス上級代表、米政府当局者などと個別に電話会談を行い、軍事衝突の終結に向けた取り組みについて協議したとされる。
NATOのルッテ事務総長はCBSテレビに出演し、「ホルムズ海峡の安全確保に向けてイギリスを中心に日本や韓国などを含む22か国が連携して対応を検討している」と述べた。トランプ大統領が各国の対応の遅さに不満を示していることに対しては「時間がかかっていることへの不満は理解できる。ただ、各国は最初のイランへの攻撃を事前に知らされていない中で準備しなければならなかった」と釈明した。
坂梨センター長は「ここで止められなければ、イランだけでなく周辺諸国の生活インフラや発電所にも被害が及ぶ段階に入っており、何としてでも回避しようと全力で働きかけが行われると思う」と述べており、こうした外交的働きかけが実を結ばなかった場合のさらなる悪化を懸念している。
日本はどう備えるか
NATOのルッテ事務総長が22か国での対応検討を明らかにしたように、この問題は中東だけの話ではない。日本は原油輸入の大半を中東に依存しており、ホルムズ海峡の安定はエネルギー安全保障に直結する。LNGについても同様で、海峡が完全封鎖されれば、エネルギー価格の急騰や物流コストの上昇は避けられない。
今のところ「完全封鎖」はイラン側が条件付きで警告している段階であり、実際に起きたわけではない。しかし、「発電所への攻撃」というトリガーが現実になれば、その条件が満たされることになる。48時間という期限が過ぎた後、状況がどう動くかは、本稿を書いている時点では不透明だ。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

