3月12日、イランの国営テレビでアナウンサーがある声明を読み上げた。内容は「ホルムズ海峡の封鎖を戦争が終わるまで続ける」「殉教者の血に復讐する」「中東の米軍基地を撤退させる」——強硬な言葉が並んでいた。
この声明の主は、就任したばかりのイラン新最高指導者、モジタバ・ハメネイ師だ。しかし本人は映像にも音声にも一切登場しなかった。世界で指折りの影響力を持つとされる地位の人物が、姿も声も出さないまま「初公式声明」を出すという、異例の形式だった。
なぜそうなったのか。そして、この声明は世界のエネルギー市場と日本に何を意味するのか。
最高指導者の「初声明」が代読だった理由
モジタバ師は3月9日に最高指導者に選出されたが、就任以来、本人の映像も音声も一切公開されていない。CNNやイラン・インターナショナルなどの報道によると、理由は主に2つに絞られている。

理由①:負傷による物理的な制約
複数のメディアでモジタバ師が負傷したとの情報が出ているが、詳細な状態は確認されていない。イラン当局者はロイターに対し「軽傷だが活動中」と説明した一方、APは「負傷し脅威のため潜伏中」と伝えており、報道によって温度差がある。日本エネルギー経済研究所・中東研究センターの遠藤健太郎主任研究員も、NHKのインタビューの中で、けがを負っていて本人が読み上げられなかった可能性を指摘している(NHK、2026年3月15日)。
出典:NHK記事
理由②:所在の秘匿
イスラエルは、後継者として指名された人物を標的にする意思を示してきた。カメラや機材を使って映像・音声を収録すれば、それが場所の特定につながるリスクがある。ロイターやCNNの分析でも、書面での発表は映像・音声に比べて格段に追跡リスクが低いと指摘されている。
加えて、もう一つの側面として「神秘性の維持」も考えられる。父・アリ師は長年かけて宗教的権威を積み上げたが、モジタバ師はもともと公の場での露出が少なく、神秘性が権威の一部を担っている面がある。体制側がその神秘性をしばらく保ちたいと考えた可能性もある、と専門家は見ている。
声明の中身——2つの核心メッセージ
代読という異例の形式に目が向きがちだが、より重要なのは声明の「中身」だ。
① 「ホルムズ海峡は封鎖したままにすべきだ」
この一言が世界に最も重く響いた。3月12日時点では、イランの国連大使が「ホルムズ海峡を封鎖するつもりはない」と発言していた。しかし同日に出たモジタバ師の声明は、まるでその発言を塗り替えるかのように「封鎖継続」を明言した。ロイターやFT(フィナンシャル・タイムズ)もこの点を今回の声明の最重要ポイントとして伝えている。イラン内部での対外発信の「揺れ」が今回の声明で一本化されたとみることもできる。
② 「血の復讐」——強硬継続の意思表示
声明ではイラン国民の犠牲に対する「血の復讐」という言葉が使われた。トランプ大統領側が事実上の「勝利宣言」のような発信をしている状況の中で、イランが明示的に反論し、強硬路線の継続を示した表現だ。遠藤主任研究員はこれを「トランプ氏の勝利宣言を打ち消す意図があった」と分析する。
「誰が書いた声明か」——革命防衛隊の影
この声明が本当にモジタバ師個人の意思なのか、という点は慎重に見る必要がある。
CNNやエルサレム・ポストなど複数のメディアは、革命防衛隊(IRGC)がモジタバ師の指名を主導し、就任後もその通信や公式発信に深く関わっているという見方を伝えている。革命防衛隊は通常の軍とは別の強力な軍事・治安組織で、イランの対外工作やミサイル戦力、国内治安に広く関わる存在だ。
遠藤主任研究員も、声明に含まれていた「ホルムズ海峡封鎖継続」のような重大事項は、最高指導者一人で決められるものではなく、軍部・革命防衛隊とのすり合わせが行われた可能性が濃厚だと指摘している。
つまりこの声明は、モジタバ師個人のメッセージというより、革命防衛隊を中心とするイラン体制中枢の集団的意思表示として読むのが適切かもしれない。
「勝利宣言」と「徹底抗戦声明」の間で
今回の声明が出た背景には、情報戦という側面もある。
アメリカのトランプ大統領やイスラエルのネタニヤフ首相は、日々メディアに登場し、作戦の目的や成果をアピールし続けてきた。一方のイランはハメネイ師の死亡以降、表に出て発信できる「顔」を失っていた。この状況の中でトランプ氏が「勝利宣言」に近い発信をしたことで、イランとしては国際社会に「まだ終わっていない」と示す必要があった。
声明を代読という形であれ出した意義は、まさにここにある。ただし、遠藤主任研究員はNHKのインタビューで、「書かれた声明を別の人が読み上げるだけでは発信力として弱い」とも指摘している。本人が姿と肉声で語りかけることの効果は大きく、今後モジタバ師が映像や音声で登場できるようになるかどうかが、一つの注目点だ。
ホルムズ海峡が「封鎖継続」なら世界経済はどうなるか
「ホルムズ海峡を封鎖したままにすべきだ」という発言の重みは、ここで改めて確認しておく必要がある。
ホルムズ海峡は、ペルシャ湾と外洋をつなぐ幅約50キロの水路で、世界の原油・LNG(液化天然ガス)輸送の大動脈だ。この海峡の通航が困難になると、原油価格の高騰だけでなく、保険料や輸送コストの上昇、インフレ再燃、為替変動まで連鎖しやすくなる。
IEA(国際エネルギー機関)は過去最大規模となる協調備蓄放出を決め、各国が応急措置を講じているが、ロイターは「エネルギー市場の正常化の鍵はイランが握っている」と伝えている。今回のモジタバ師の声明は、その「鍵」を少なくともしばらくは手放さないという意思表示だ。
日本への影響は「遠い話」ではない
日本は原油輸入の大半を中東に依存している。ホルムズ海峡が通常通りに機能しなければ、ガソリン代・電気代・ガス代、さらに食品や日用品の物流コストにも影響が出やすい構造だ。遠藤主任研究員も、今後の油価高騰や通貨安、国内経済への影響を「しっかり考えていく必要がある」と指摘している。
日本でまず表れやすいのは、ガソリンや物流費の上昇を通じた生活コストへの波及だ。電気・ガス料金や食品価格への影響が実感として出てくるまでには、ある程度のタイムラグがある。
日本政府はすでにIEAの協調備蓄放出に参加し、国家備蓄の放出を開始している。ただ、こうした供給側の対応は根本的な安定を取り戻すものではなく、あくまで時間稼ぎだ。
まとめ——「姿が見えない」ことの重み
モジタバ師の初声明を「本人が出てこなかった」という形式だけで読むと、その重さを見誤る可能性がある。
声明の核心は、「ホルムズ海峡封鎖を続ける」という意思を明示したことだ。これは、体制が傷ついていたとしても、強硬路線を変えるつもりはないというメッセージだ。同時に、声明の作成に革命防衛隊が深く関与しているとする見方が複数メディアから出ており、今後しばらくはイランの意思決定が軍部主導に傾きやすくなる可能性がある。
モジタバ師の健康状態も、革命防衛隊との力関係も、現時点ではなお不透明だ。しかし、ホルムズ海峡の封鎖継続という一点については、今回の声明で少なくとも短期の方向性が示されたと言えるだろう。
本稿の一部は、NHKによるインタビュー記事(日本エネルギー経済研究所・中東研究センター遠藤健太郎主任研究員への取材、2026年3月15日)を参照・引用しています。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

