石化メーカーが相次ぎ減産・値上げ──イランの石油危機が食品包装や日用品に波及するまで

ガソリン価格の急騰が連日報じられる中、別の場所でも静かに異変が起きている。

3月11日、岡山県の水島コンビナート。三菱ケミカルと旭化成が共同で運営するこの工場で、エチレンの減産が始まった。「エチレン」という言葉になじみがない人がほとんどだろう。しかしこの原料は、私たちが毎日触れているプラスチック製品のほぼすべての出発点にある。そのエチレンの生産が、今、絞られ始めている。


目次

エチレンとは何か──石油化学の「起点」

エチレンは、石油を精製する過程で生まれるナフサという成分からつくる化学原料だ。それ自体は無色の気体だが、そこから派生する製品は非常に幅広い。食品用の包装フィルム、プラスチック容器、農業用ビニール、自動車の内装材、そして半導体関連素材まで、エチレンは現代の製造業の根っこに流れている原料と言っていい。

「石油化学の川上」と呼ばれるゆえんだ。原油があってナフサがつくられ、ナフサからエチレンが生まれ、エチレンからさまざまな化学製品に加工される。この流れで最初のほうにあるエチレンの生産が絞られると、川下に広がる製品全体に影響が及ぶ。


減産は水島にも拡大した

水島での減産開始はその始まりではなかった。すでに三菱ケミカルは茨城事業所で、三井化学は千葉県の市原工場と大阪府の大阪工場で減産を始めていた。今回、西日本の主要拠点である水島にも波が及んだことで、減産の輪が全国に広がった形だ。

さらに同じ3月12日、化学メーカーのクラレは値上げを発表した。エチレンを主原料とする樹脂やフィルム製品を、3月15日出荷分から値上げするというものだ。対象には食品用のプラスチックカップやチューブの原料となる製品が含まれる。会社側は「原材料費の上昇に加え、ガソリン高騰による物流費の上昇も懸念される」と説明している。


なぜ減産なのか──「原油高」よりも深刻な問題

ここで少し立ち止まって考えてほしい点がある。石化メーカーが慌てているのは、単に「原油が高くなったから」ではない。

より深刻なのは、原料であるナフサが入ってこなくなるかもしれないという懸念だ。ナフサの多くは中東から輸入されており、ホルムズ海峡が機能しなくなると、その輸入ルートが断たれる。価格が上がるだけでなく、そもそも原料が届かない可能性がある。だから企業は先手を打って生産を絞っている。

国際エネルギー機関(IEA)は、今回の中東情勢を「史上最大規模の石油供給混乱」と位置づけ、3月の世界供給が日量800万バレル程度減る見通しを示していると報じられている。今回の企業対応は過剰反応ではなく、かなり深刻な供給ショックを前提にしたものだとの見方がある。


家計への影響は「じわじわ」とやってくる

「石化メーカーの話は、自分の生活とどう関係するのか」と思う人もいるだろう。

関係は、時間差で確実にやってくる。

クラレが値上げしたのはEVOH樹脂(エバール®)と呼ばれる素材を含む製品だ。このEVOHは高いガスバリア性を持つため、食品の鮮度を保つ包装材に広く使われている。スーパーで売っている食品のパッケージや、チューブ型の容器の内側に使われていることが多い素材だ。

素材メーカーが値上げを決めると、それを使う食品・日用品メーカーのコストが上がり、次に流通・小売への転嫁が起きる。最終的に消費者の手元に届く商品の価格が上がるまでには数週間から数カ月かかる場合が多い。記事が「身近な商品の値上げにつながりかねない」と書いているのはこの仕組みを指している。

今はまだ値上げの予告段階だが、エチレン減産が長引けば、コンビニや食品スーパーで目にするさまざまな商品価格が、ひとつまたひとつと上がっていく可能性がある。


業界の「もともとの弱さ」が重なっている

もう一つ、今回の動きを理解するうえで欠かせない背景がある。

日本の石油化学業界は、イランの問題が起きる前から厳しい状況にあった。国内需要の伸び悩み、アジアでの新設・増強による供給過剰、脱炭素投資の重荷、といった課題が重なり、再編は避けられないと言われてきた。

実際、三菱ケミカル・旭化成・三井化学の3社は今年1月、水島のエチレン設備を2030年度をめどに停止し、大阪の設備に集約する基本合意を発表したばかりだ。今回の危機は、もともと体力が落ちていた業界に、地政学リスクという追い打ちがかかった局面とも言える。

今回の減産はあくまで当面の「有事対応」だが、結果的に業界再編を前倒しする可能性もあるとの見方がある。現時点では断定できないが、頭の片隅に置いておく視点だ。


その影響は、ガソリン価格だけでなく、化学素材や食品包装にも波及し始めている。中東情勢の行方が、私たちの日常品の値段にどこまで影響するか、引き続き注目が必要だ。

(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

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この記事を書いた人

CFP®/1級ファイナンシャルプランニング技能士
公益社団法人 日本証券アナリスト協会認定
・プライマリー・プライベートバンカー
・資産形成コンサルタント
一般社団法人金融財政事情研究会認定
・NISA取引アドバイザー

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