最高裁が関税に「待った」──法的根拠の差し替えで混迷する米中貿易摩擦

「(IEEPAを根拠に)関税を課す権限は大統領に与えられていない」──米国の連邦最高裁が示した判断の核心は、そこにある。報道を見て「ついに歯止めがかかった」と思った人も多いだろう。だが実態は、そう単純ではない。米政府はすでに別の法律への「乗り換え」を進めており、貿易摩擦の構図は収まるどころか、新たな不確実性をはらんで揺れ続けている。


目次

最高裁は何を「ノー」と言ったのか

今回の最高裁判断が対象にしたのは、IEEPA(国際緊急経済権限法)という法律を根拠にした関税だ。

IEEPAはもともと、国家緊急事態に対応するために大統領に与えられた権限で、資産の凍結や送金の制限など「対外取引の規制」を想定して作られた法律とされる。これを使って「相互関税」などの輸入関税を課すことができるか──それが今回の争点だった。

最高裁の結論は「ノー」。IEEPAは関税を課す根拠にはならない、という判断だった。

この判断を受け、米税関・国境警備局(CBP)は、IEEPAを根拠とした関税について、徴収の停止に動いたと報じられている。すでに徴収した分の返金をめぐっては、上院民主党が「違法関税の返金を義務づける法案」を提出し、FedExなどの企業も返金を求める訴訟を起こす動きがあるという。


「関税がなくなる」わけではなかった

ところが、最高裁判断が出た直後から、ホワイトハウスは素早く次の一手を用意した。

打ち出したのが、通商法122条を根拠とする「暫定輸入課徴金」だ。122条は、条文上「国際収支(国際決済)上の根本的な問題」への対応として、最長150日の範囲で一時的な輸入課徴金などを可能にする枠組みとされる。政権側は当初、税率10%、2月24日発効、最長150日と説明した。

一方で、その後については「税率を15%へ引き上げる意向を示した」といった報道・分析もあり、実際の運用や設計は流動的だ。ここは「すでに15%へ引き上げた」と断定するより、10%(公式説明)と、15%(引き上げ示唆・報道)の双方が存在し、状況が揺れていると捉えるほうが安全だろう。

ここで理解しておきたいのは、米国の貿易関係法には関税を課すためのルートが複数あるという点だ。

  • 通商法301条:外国の不公正慣行への対抗措置
  • 通商拡大法232条:安全保障を理由にした関税
  • セーフガード(201条):輸入急増による国内産業保護

IEEPAを使えなくなっても、これらの別ルートが残っている。最高裁が問題にしたのはあくまで「IEEPAという根拠での関税」であって、関税という手段そのものを封じたわけではない。

専門家や解説記事が「歯止めというより、法的根拠の差し替えで不確実性が増した」と論じるのは、こうした背景がある。


中国が突いた「二つの違反」

最高裁判断を受けて、中国商務省は2月23日、素早く声明を出した。

その主張の軸は「米国の一方的な追加関税は、国際的な貿易ルール米国内法の両方に反する」というものだ。

米国内法については、今回の最高裁判断が材料になり得る。国際ルールについては、WTO(世界貿易機関)体制との整合性を問題視する趣旨とみられる。WTO体制のもとでは、各国は関税を約束した上限(譲許税率)内で運用することが基本で、例外を主張するには一定の要件を満たす必要がある。中国の「国際ルール違反」という表現は、米国の一方的な関税が正当化を欠く、という主張に接続しやすい。

ただし、米国側は安全保障例外など別の論理を組み立てる余地が残っており、この論争に決着がついているわけではない。

中国はまた、米国が代替手段(別の法律や調査)で追加関税を維持しようとする動きを注視しているとも述べ、「中国の利益を断固守る」と牽制している。


日本・EUは「合意の扱い」が不安材料

この問題をめぐっては、日本やEUの反応も注目される。

両者に共通するのは「既存の合意がどう扱われるか」への懸念だ。日本は、米日間の既存合意が「上乗せになるのか、それとも相殺されるのか」を意識し、米側に合意どおりの取り扱いを求めたと報じられている。EUも「合意した関税率を超える引き上げは受け入れない」という趣旨で牽制したとされる。

ただし、この段階で「上乗せ/相殺」を結論づけるのは早い。相手国ごとに条件が変わり得るという“見通しの悪さ”そのものが、貿易秩序の不安定感を増幅させている。


122条を待ち受ける「次の問い」

ホワイトハウスが持ち出した通商法122条も、すんなり通る保証はない。

122条を使うには、条文上「国際収支(国際決済)上の根本的な問題」が前提になる。今回の根拠づけは、政権が「巨額の貿易赤字」を国際収支上の問題として位置づける構図だが、専門家からは「それは通常の国際収支危機とは性質が違う」との疑問が出ているとも報じられている。

また、仮に122条で乗り切れたとしても、有効期限は最長150日。その後に何を根拠にするかという問題が、またやってくる。

今後の焦点として挙げられているのは、次の三点だ。

  • 122条(または別法)の運用が、訴訟・議会・相手国との交渉のどれで揺さぶられるか
  • IEEPA関税の返金の扱い(誰が、どの範囲で、いつ)
  • 中国が「撤廃要求」を梃子に、交渉や対抗措置をどう組み立てるか

「法律の抜け穴争い」が続く構図

最高裁が「ノー」と言った。しかし関税が“政策として”止まったわけではなかった。

これが今の米中貿易摩擦の実態だ。問題の核心は「関税を課すべきか否か」という政策論だけではない。「どの法律を根拠にすれば合法的に課せるか」という法的根拠の争いへと重心が移りつつある。

企業にとっては、「今日の関税率が明日も同じかどうかわからない」状態が続く。貿易を支える制度的な安定の問題として、この混乱は長く尾を引く可能性がある。


本記事は2026年2月24日時点の情報に基づいています。制度設計が流動的な部分については、今後変わる可能性があります。


関税は「1本の線路」ではない──米国には複数の“発動ルート”がある(参考)

ここで理解しておきたいのは、米国では「関税」はひとつの法律だけで動くものではなく、目的ごとに異なる法律に発動ルートが分散している、という点だ。最高裁判断が特定の根拠(IEEPA)を否定しても、政権が別法に切り替えれば、関税政策そのものは形を変えて続き得る。

  • 通商法301条(Trade Act of 1974, Sec.301):外国政府の措置が通商協定違反、または「不当/不合理/差別的」で米国の商取引を害すると判断される場合、USTR(米通商代表部)が調査を行い、是正を求めたうえで対抗措置を取り得る。実務では追加関税が使われることが多いが、関税に限らず幅広い措置が射程に入る。
  • 通商拡大法232条(Trade Expansion Act of 1962, Sec.232):特定品目の輸入が国家安全保障を損なう恐れがある場合、商務省の調査を踏まえて、大統領が輸入を調整する(関税・数量制限など)。
  • セーフガード(通商法201条:Trade Act of 1974, Sec.201):不公正の立証がなくても、輸入急増により国内産業が「深刻な損害(またはその恐れ)」を受けた場合に、USITC(米国際貿易委員会)の判断を踏まえ、一時的救済措置(関税引き上げ、数量制限など)を導入し得る。
  • 通商法122条(Trade Act of 1974, Sec.122):国際収支(international payments)上の根本的な問題への対応として、短期・緊急の輸入制限を可能にする枠組み。条文上は「輸入課徴金(import surcharge)」などが想定され、上限15%・最大150日という制約が明確で、恒常的な関税ルートというより「暫定措置」に近い性格を持つ。

(注)本記事で扱った最高裁判断は、あくまで「IEEPAを根拠にした関税」についての射程であり、上記のような別ルートの存在が「政策としての関税が止まらない」構図を生んでいる。

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この記事を書いた人

CFP®/1級ファイナンシャルプランニング技能士
公益社団法人 日本証券アナリスト協会認定
・プライマリー・プライベートバンカー
・資産形成コンサルタント
一般社団法人金融財政事情研究会認定
・NISA取引アドバイザー

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