「最重要標的」の死
2026年2月22日、メキシコ国防省は一本の声明を発表した。
長年にわたってメキシコ当局と米国の捜査機関が追い続けてきた男——ハリスコ新世代カルテル(CJNG)の首領、ネメシオ・ルベン・オセゲラ・セルバンテス(通称「エル・メンチョ」)が死亡した、というものだった。
場所はハリスコ州タパルパ。特殊部隊による拘束作戦中に銃撃戦となり、重傷を負ったエル・メンチョは、首都メキシコ市へ空輸される途中で息を引き取ったとされる。
CJNGとは何か、エル・メンチョとは何者か
一般の読者のために、まず背景を整理しておきたい。
ハリスコ新世代カルテル(CJNG:Cártel Jalisco Nueva Generación)は、2009年ごろから頭角を現したメキシコの大規模犯罪組織だ。フェンタニルをはじめとする麻薬の米国への密輸を主軸としながら、恐喝・燃料窃盗など収益源を多角化し、「ネットワーク型・フランチャイズ型とも評される」組織として成長してきた。
その創設者・最高指導者が、エル・メンチョだ。
米国はかつて彼の逮捕・引き渡しに1,500万ドルの懸賞金を掛けており、国際的な指名手配者の最高水準に匹敵するとも言われた。フェンタニル危機が深刻化するなかで、米国はCJNGをはじめ複数のカルテルを「外国テロ組織(FTO)」として指定し、対応を強化してきた経緯がある。
FTO指定は、単なる「麻薬組織」扱いではなく「テロ組織」として位置づけることで、資産凍結・取引遮断に加え、広い範囲の「支援行為」を刑事罰の対象にしやすくする効果がある。金融機関や企業にとっても、コンプライアンス上の負担が一段と重くなる。
作戦の経緯——「拘束」のはずが
今回の作戦は、当初「拘束」を目的としたものだったとされる。
メキシコ特殊部隊がハリスコ州タパルパでエル・メンチョの所在を把握し、動いた。しかし、作戦は銃撃戦に発展。エル・メンチョは重傷を負い、首都メキシコ市へ空輸されたが、その途中で死亡が確認された——これが当局の公式説明だ。
ただし、メキシコではこれまでにも「大物の死亡・拘束報告」が後に訂正や混乱を招いた事例がある。現時点では公式発表を確定扱いとする報道が主流だが、今後は遺体の同一性確認(DNA・指紋照合など)や、司法当局による追加説明が続報の焦点となるだろう。
米国側は今回も「情報面での協力」を行ったと報じられている。ロイターによれば、新設の軍主導タスクフォース(JITF-CC)などを通じた捜査・軍事情報の統合が、作戦の背後を支えたとされる。一方、メキシコ政府は「実行部隊はメキシコ側」「主権は守られた」という立場を堅持した。米国との協力を進めながら、国内世論には「主権の強調」で向き合う——これは近年のメキシコ外交に特有の綱引きでもある。
発表直後に広がった「報復の炎」
訃報の発表直後から、メキシコ各地で異変が起きた。
CJNGとみられるグループによる報復とみられる暴力——車両の放火、道路封鎖——が複数の州に同時多発的に広がったのだ。AP通信は初動の集計として、こうした波が20の州に及び、少なくとも14人が死亡したと伝えた。一方、ロイターは大規模な混乱を認めつつも、「カルテルによる犯行」という因果関係の断定や民間人の被害集計には慎重な書き方をしており(同報道では「民間人死亡は報告されていない」との記述もある)、被害の全貌は現在も流動的だ。
集計のタイミング、因果関係の確認、地方政府による情報の遅れ——こうした要因から、報道各社の数字にばらつきが生じることは珍しくない。今後の続報で数字は修正・収束していく可能性が高い。
「首領排除=終わり」ではない理由
今回の作戦成功は、クラウディア・シェインバウム政権にとって大きな成果だ。「最も危険な男」を排除したという事実は、国内外に向けて強いメッセージを持つ。
しかし、歴史はこの「勝利」に複雑な影を落とす。
麻薬戦争の文脈では、「首領を倒しても組織は死なない」という教訓が繰り返されてきた。2016年にホアキン・グスマン(通称エル・チャポ)が逮捕されたとき、シナロア・カルテルは消滅したか。答えはノーだった。組織は生き残り、分裂と再編を繰り返しながら形を変えた。
CJNGがネットワーク型・多角化した組織構造を持つ以上、エル・メンチョという「頭」を失っても、組織の残存は十分にありえる。むしろ後継争いと勢力再編が次のフェーズの暴力を生み出すリスクがある——これがFinancial Timesをはじめ複数の専門メディアが指摘する「副作用」だ。
シェインバウム政権が次に直面するのは、「排除の成果をいかに治安の安定につなげるか」という、より難しい問いかもしれない。
本稿はロイター、AP通信、CNN、El País、Financial Timesなど各社の報道・メキシコ国防省発表をもとに構成しています。被害規模・作戦詳細については続報による更新が見込まれます。

