食卓から始まる政策論争——「食料品の消費税ゼロ」と「給付付き税額控除」、家計とお金の行方

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スーパーのレジで感じる「痛み」

食料品を手に取るたびに、ため息が出る——。ここ数年の物価上昇で、そんな感覚を覚えている人は少なくないだろう。卵、小麦粉、食用油。日常的な買い物の合計額が、以前より確実に増えている。

そんな家計の痛みに、政府・与党がいよいよ本腰を入れて向き合おうとしている。浮かび上がってきたのが、食料品にかかる消費税を期間限定でゼロにする「食料品ゼロ」と、税の仕組みを使って低所得者に直接お金を届ける「給付付き税額控除」という、二つの政策だ。

政府はこの二つを同時に議論する超党派の「国民会議」を、今週中にも設置したい方針だという。だが話は、単純に「税金を下げてよかった」では終わらない。この議論の争点は大きく3つに絞られる——財源の確保時限措置の信頼性、そして実務対応の可否だ。それぞれの裏側には、いくつもの難問がある。


まず知っておきたい:日本の消費税の仕組み

議論を理解するための前提として、消費税の現状から整理しておこう。なお本稿で「食料品」と表記する場合、酒類・外食を除く飲食料品(軽減税率の適用対象品目)を指す。

日本の消費税は、2019年10月の増税以降、標準税率は10%だ。ただし、食料品や飲み物(酒類・外食を除く)については8%の「軽減税率」が適用されている。たとえば、コンビニでおにぎりを買って「持ち帰る」場合は8%だが、店内のイートインスペースで食べる場合は10%になる、という細かい線引きがすでに存在する。

今回の「食料品ゼロ」とは、この8%部分を、時限措置として0%に引き下げるというアイデアだ。高市首相は、この措置を「2年間のつなぎ」と位置づけており、その間に次の政策(給付付き税額控除)の設計を整えるという段取りを説明している。


もう一つの柱:「給付付き税額控除」とは何か

「給付付き税額控除」という言葉は耳慣れないが、考え方は比較的シンプルだ。

税額控除とは、税金そのものを減らす仕組みのこと。たとえば「年10万円の控除」があれば、本来10万円の所得税を払う人はゼロになる。ここまでは普通の「控除」だが、「給付付き」になると、さらに踏み込む。もし税金が5万円しかない人なら、残り5万円分を現金で給付するという設計だ。

つまり、所得税をほとんど払っていない低所得の人にも、恩恵が届く仕組みになっている。

アメリカでは「EITC(勤労所得税額控除)」と呼ばれる似た制度が知られている。ただし、「どこまでの所得の人を対象にするか」「子どもの有無でどう変わるか」など、設計の細部によって制度の性格はがらりと変わる。東京財団政策研究所の論考によれば、制度を一気に理想形で作ろうとすると、対象の捕捉・事務コスト・財源の壁で頓挫しやすいため、「小さく導入して段階的に育てる」漸進的なアプローチが現実的だという。


「国民会議」:誰が参加するかも、すでに争点

政府・与党が設置を目指す超党派の「国民会議」は、「給付付き税額控除に賛同する党」を軸に参加者を絞る方向で調整されているという。

この「誰を呼ぶか」が、早くも政治的な争点になっている。FNN(フジ系)の報道によれば、参加の呼びかけに対して保留・難色・不参加の温度差があり、会議の「正当性」自体が問われる構図になっている。

また、一部の野党からは「国民会議を新設せず国会の場で議論すべきだ」という批判が出ている。あわせて「給付付き税額控除が、社会保障給付を削るための口実に使われるのではないか」という懸念も示されている。

目指すスケジュールとしては、夏前に中間取りまとめ→税制関連法案の早期提出という流れが想定されているが、参加政党の枠組みが固まらないうちは議論も宙に浮きかねない。


市場が見ている「3つの不安」

家計に優しい政策に見えても、経済全体への影響は複雑だ。市場関係者やエコノミストが注視しているのは、主に三つの点だ。

① 財源は本当に確保できるのか

大和総研(DIR)の試算では、食料品の消費税を2年間ゼロにした場合、財政負担は年間約4.8兆円規模にのぼる可能性があるという。一方で、家計への恩恵は1世帯あたり年8.8万円程度の負担軽減が見込まれる。

政府は「赤字国債に頼らない財源確保」を方針としているが、具体的な財源がはっきりしなければ、市場が先に反応する。Reutersの報道によると、食料品ゼロ構想が表明された局面で、円安と長期金利の上昇(国債利回りの上昇)が確認された。

② 「2年後に戻す」は本当にできるのか

「時限措置」と言っても、一度下げた税率を元に戻すのは政治的に難しい——これは歴史が示すパターンだ。「期間が終わったら増税する」という決断を、どの政権も簡単にはできない。

IMFは日本に対して財政運営の慎重さを求め、消費税の広範な減税に否定的な姿勢を示している。オックスフォード・エコノミクス(Oxford Economics)など海外の民間エコノミストも、財政赤字の継続見通しを念頭に、国債利回りの先行きへの影響を指摘している。

③ 実務は間に合うのか

野村総合研究所(NRI)が強調するのは、法案成立から施行までの「現場対応」の重さだ。全国のスーパーやコンビニのレジ・システムを改修し、事業者への周知期間を設けることを考えると、「秋の国会で法案成立→2026年度中に実施」というスケジュールは「簡単ではない」という。

さらに、現行制度でも「テイクアウトは8%、店内飲食は10%」という線引きがあるように、税率の変更は「どこまでが食料品か」という境界問題を必ず生む。対応なしでは現場の混乱や、制度の抜け穴が生じる可能性がある。


「即効性」と「狙い撃ち」のあいだで

まとめると、二つの政策はそれぞれに異なる特徴を持つ。

  • 食料品ゼロ:全員に届く即効性がある。しかし、低所得者も富裕層も同じ恩恵を受けるため、「困っている人に絞って届ける」という意味では非効率な面もある。
  • 給付付き税額控除:必要な人に狙い撃ちで届けられる。しかし、制度設計・事務・財源の三重の壁があり、実現には時間がかかる。

高市首相の説明では、「食料品ゼロ」は後者が整うまでの「つなぎ」という位置づけだ。ただし、そのつなぎが「本当に2年間で終わるのか」「財源は誰が負担するのか」「実務は追いつくのか」という問いに、政府がどこまで明確な答えを示せるかが、この政策の成否を左右する。

今後の注目点は、国民会議の参加枠組みが固まるかどうか、そして夏前に予定される中間取りまとめの内容だ。家計と市場、双方が納得できる「答え」を政治が示せるのか——食卓の問題は、いま日本経済全体の問いへと広がっている。


本稿は公開情報をもとに構成しています。政策の詳細・スケジュールは今後の議論により変わる可能性があります。

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この記事を書いた人

CFP®/1級ファイナンシャルプランニング技能士
公益社団法人 日本証券アナリスト協会認定
・プライマリー・プライベートバンカー
・資産形成コンサルタント
一般社団法人金融財政事情研究会認定
・NISA取引アドバイザー

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