トランプ大統領:原発審査期間最長18ヶ月へ AIデータセンター電力確保の切り札としての規制緩和

はじめに

トランプ米大統領は2025年5月23日、AI向けデータセンターの電力需要増大を受け、原子力発電所新設の審査期間を従来の10年以上から最長18ヶ月に短縮する大統領令に署名しました。世界のデータセンター消費電力は2030年までに945テラワット時に達し、その半分を米国が占めるとIEAが試算しています。同時に、国有地での建設許可や、ウラン採掘・濃縮能力を国内で強化する核燃料内製化策、2年間の試験プログラム実施も盛り込まれました。本稿では、この審査短縮を中心に、背景となる電力需給の状況、規制緩和の具体内容、今後の課題を事実ベースで整理します。

電力需要の背景

近年、クラウドサービスや動画配信の普及に加え、生成AIや大規模言語モデル(LLM)といった先端AIアプリケーションの利用が急速に拡大しています。これらは従来のウェブ検索やSNS投稿と比較して、数倍から数十倍の計算量を必要とし、その結果としてデータセンターが消費する電力量も飛躍的に増大しています。

国際エネルギー機関(IEA)の試算では、世界のデータセンター全体で消費される電力量は現在の約470テラワット時から、2030年までに945テラワット時へと約2倍以上に拡大すると見込まれています。そのうち、米国が約半分の470テラワット時を担うと予測され、国内の電力インフラにかかる負荷は著しく増加する見通しです。

一方、電力需要の急増に対応するには、新規発電所の建設が不可欠ですが、従来の原子力発電所では、立地選定から稼働までに10年以上を要するケースが少なくありません。風力や太陽光など再生可能エネルギーも増強が進んでいるものの、天候や季節による出力変動が大きく、安定したベースロード電源としては限界があります。

こうした状況では、電力供給能力と需要のミスマッチが深刻化し、停電リスクや電力価格の急騰を招く恐れがあります。AI時代の“電力ボトルネック”を回避するため、より高速に稼働可能な電源の整備が急務となっています。

規制緩和の概要

トランプ政権が打ち出した原子力発電所関連の規制緩和は、大きく4つの柱で構成されています。以下ではそれぞれのポイントをわかりやすく解説します。

審査期間短縮:NRCによる新設ライセンス審査を最長18ヶ月に

従来、米原子力規制委員会(NRC)が新規原発の建設許可を出すまでには10年以上かかることもありました。今回の大統領令では、この審査プロセスを最長18ヶ月に制限。書類の簡素化や並行レビューなどを通じて、許認可までの期間を一気に短縮する狙いです。

国有地利用:連邦政府所有地での建設を許可

これまで連邦政府が保有する土地での原発建設は制限されてきましたが、新たに許可範囲を拡大。インフラ整備に要する土地調整や許認可手続きを省くことで、着工までのリードタイムをさらに縮める効果が見込まれます。

モデル試験プログラム:2年間の原発建設テスト導入

政権は今後2年間で、原発新設の「モデル試験プログラム」を実施。これは、小規模炉や次世代炉を対象に、実際の建設プロセスを検証する実証的な取り組みです。得られたノウハウは量産・商業化プロジェクトにフィードバックされ、効率的な建設方式の確立を促進します。

核燃料内製化:ウラン採掘・濃縮能力強化で輸入依存を是正

米国は2023年時点で国内製造分が1%に満たないほどウランを輸入に頼っています。今回の大統領令では、国内でのウラン採掘および濃縮施設の増設支援を明記。核燃料サプライチェーンを国内で完結させることで、エネルギー安全保障を強化します。

これら4つの施策が連動することで、新規原発の立ち上げを従来よりも迅速かつ安定的に進めるための環境が整備されます。

「審査短縮」に関する詳細解説

従来、原子力発電所の建設許可取得には、書類審査、技術的安全性評価、環境影響評価、地方自治体との協議、公聴会などを順次こなす必要があり、10年以上を要するケースも珍しくありませんでした。トランプ政権が設定した「最長18ヶ月」の目標を達成するためには、以下のようなプロセス見直しがポイントとなります。

  1. 並行レビューの導入
    • 以前は各審査フェーズを直列で実施していたものを、技術評価と環境評価、地域協議を重ね合わせる形に変更。これにより待ち時間や再提出タイムラグを大幅に削減します。
  2. ドキュメントの簡素化とデジタル化
    • 提出書類のフォーマット統一とオンライン申請システムの導入により、申請者側・NRC側双方の事務負担を軽減。審査官はペーパーレビューではなく、データベース参照中心の審査に移行します。
  3. 専門チームの増員と教育プログラム
    • NRC内に「高速審査ユニット」を設置し、原子炉設計や安全解析に精通した専門スタッフを配置。SMRや次世代炉向けの研修を強化し、審査のボトルネックとなっていた技術的論点を迅速に解消します。
  4. 小型モジュール炉(SMR)対応
    • SMRはモジュール単位で工場製造できるため、標準化された設計ドキュメントを用意。NRCは「認証済み設計リスト」を作成し、同一モデルの審査を再利用可能にすることで、2基目以降の審査期間をさらに短縮できる仕組みを整えます。

これらの施策を組み合わせることで、従来1〜2年かかっていた初期的な受付・技術的適格性判断を数カ月に圧縮し、全体で18ヶ月以内の許認可取得を実現しようというのが審査短縮の狙いです。今後の試験プログラムでは、これらプロセスの効果検証が進められ、実運用での課題抽出と改善策が蓄積されていく見込みです。

主要メディアの論調比較

賛成派(Reutersなど)

  • 需給ギャップ解消の切り札
    Reutersは、「AIデータセンターの電力需要急増に対応するには、原発新設ライセンス審査を18ヶ月に短縮することが現実的な手段」と報じ、低炭素で安定したベースロード電源としての原子力強化に期待を寄せています Reuters
  • 市場の好反応
    同じくReutersは、規制緩和発表を受け、SMR開発企業や既存原発運営会社の株価が急騰した事実を紹介。「投資家が政策シグナルを好感している」と評価しています Reuters

懸念派(NPR、Utility Diveなど)

  • 安全審査省略のリスク
    NPRは、NRCの独立性が損なわれる懸念を指摘。ホワイトハウスの関与強化により、「科学的根拠に基づく放射線規制や公聴会などのプロセスが軽視される可能性がある」と報じています NPR
  • プロセスへの疑問
    Utility Diveでは、18ヶ月以内に審査を完了するにはNRCの人員増強とプロセス改革が必須としており、現体制のままでは期限順守が困難との見方が示されています。

中立派(PBS NewsHourなど)

  • 一体運用の重要性
    PBS NewsHourは、審査短縮単体ではなく、「核燃料サプライチェーン強化やSMR支援策とセットで初めて機能する」と指摘。大統領令群を「2030年までの原子力容量4倍化戦略の一要素」として解説し、全体戦略の中での位置づけを重視しています PBS

このように、「審査短縮」をめぐる論調は、(1)需給ギャップへの即効性を評価する賛成派、(2)安全性や独立性へのリスクを警戒する懸念派、(3)総合戦略としての整合性を重視する中立派――の三つに大きく分かれています。

企業・業界の動き

民間セクターでも動きが加速しています。まず、Googleは2025年5月に原子力発電を手がける企業への資金提供を発表し、米国内で60万キロワット級の原発を3基建設する計画に出資しました。続いてAmazonも、新型原発への投資に5億ドルを投入すると公表。これらの大手IT企業の参入は、AIデータセンター運営に必要な安定電力の確保を見据えた戦略的判断と言えます。

一方、既存インフラの活用も進展しています。コンステレーション・エナジーは、2019年に廃炉となったペンシルベニア州スリーマイル島1号機を再稼働させるプロジェクトを推進中で、Microsoftのデータセンター向けに今後20年間にわたり電力供給を行う予定です。これにより、新設までのギャップを一部埋めるほか、廃炉設備の延命・再活用モデルとして注目を集めています。

さらに、小型モジュール炉(SMR)開発支援では、2025年3月に成立した政府予算で9億ドルが確保されました。SMRは工場製造による標準化が可能なため、建設期間が短縮されコストも抑制できるのが特長です。官民一体となった資金援助と技術開発体制の構築が、原子力の迅速導入を後押ししています。

今後の課題と展望

NRC体制強化

審査期間を18ヶ月に短縮するためには、NRC(原子力規制委員会)の体制強化が不可欠です。具体的には、ライセンス申請の技術検証や環境評価を担う専門スタッフの増員、並行レビューを円滑に進めるための部門横断的なワークフロー整備が求められます。また、新技術への適切な安全基準の策定や、それに対応する研修プログラムの充実が必要です。これらの改革が遅れると、短縮目標達成は困難となり、政策の信頼性にも影響を及ぼしかねません。

住民・ステークホルダー調整

原発新設や既存炉再稼働には、立地自治体や周辺住民の理解と同意が欠かせません。公聴会の活性化や、放射性廃棄物処理計画の透明化、緊急時対応訓練の周知など、情報公開と説明責任を徹底する必要があります。加えて、地元企業や労働組合、環境団体など多様な利害関係者を巻き込む協議体制を構築し、コミュニティ・ベネフィット(雇用創出やインフラ整備など)の具体策を示すことが、合意形成を促進する鍵となります。

他電源とのバランス

原子力の早期立ち上げだけでなく、再生可能エネルギー(太陽光・風力)や天然ガスとの最適なポートフォリオを設計することも重要です。電力市場での需給調整機能(需給バランス市場、需給調整契約など)や、蓄電池・スマートグリッド技術の導入を進めることで、原子力と再エネそれぞれの強みを活かしながら安定供給を図る必要があります。将来的には、グリッド全体で需要ピークを吸収しつつ、低炭素電源の最大活用を実現するエネルギーミックスが求められます。

まとめ

審査期間を最長18ヶ月に短縮する規制緩和は、AIデータセンターの急増する電力需要に迅速に対応するための中核施策です。実務面ではNRCの人員・プロセス強化が成否の鍵を握り、審査の透明性と地方合意の獲得が社会的信頼を左右します。また、原子力だけでなく再生可能エネルギーや蓄電技術との統合的なエネルギーミックス設計を進めることが、安定供給と低炭素化を両立させる上で不可欠です。これらが適切に機能するか否かで、電力インフラ再編の成否が決まると考えられます。

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この記事を書いた人

CFP®/1級ファイナンシャルプランニング技能士
公益社団法人 日本証券アナリスト協会認定
・プライマリー・プライベートバンカー
・資産形成コンサルタント
一般社団法人金融財政事情研究会認定
・NISA取引アドバイザー

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