2026年2月、総務省がある数字を発表した。
「1月の消費者物価指数(コアCPI)は、前年同月比2.0%の上昇」
ニュースの見出しには「上昇率が縮小」「2年ぶりの低水準」という言葉が並んだ。物価高がようやく落ち着いてきた、と受け取った人も多いだろう。
ただ、スーパーで買い物をした後のレシートを見ると、実感が合わない。米は相変わらず高いし、コーヒーも、チョコも、卵も、安くなった感じがしない。
数字は「落ち着いた」と言う。体感は「まだ苦しい」と言う。
このズレの正体は、「2%」という数字の中身にある。
まず基本から:消費者物価指数(CPI)とは何か
CPIは「生活に必要なモノやサービスの値動き」をまとめた統計
消費者物価指数(CPI)とは、私たちが日常生活で購入するモノやサービスの価格が、全体としてどれくらい変化したかを示す統計だ。国が毎月発表し、インフレ(物価の上昇)やデフレ(物価の下落)を測る代表的な物差しとして使われる。
CPIには大きく3種類の見方がある
- 総合:全品目を含む(エネルギーも生鮮食品もすべて入る)
- コアCPI(生鮮食品除く):日本でよく報道される。天候に左右されやすい生鮮を外し、傾向を見やすくする
- コアコアCPI(生鮮食品+エネルギー除く):基調的なインフレを見る。政策や国際資源価格の影響を除き、物価の底流を確認する
今回ニュースになった「前年比2.0%」はコアCPIの話だ。ここで重要なのは、コアコアCPIがまだ前年比2.6%で推移している点にある。つまり、エネルギーや生鮮食品を除いた「日常的な物価の基調」は、なお高めの状態が続いている。
なぜ数字が落ち着いたのか:エネルギーが押し下げた
最大の押し下げ要因の一つがガソリン
コアCPIの上昇率が前月の2.4%から2.0%へ縮んだ背景には、エネルギーの下落がある。1月のガソリンは前年同月比でマイナス14.6%。電気代や都市ガス代も値下がりし、エネルギー全体がCPIを押し下げた。
「エネルギーの下落」は景気の冷え込みだけでは説明できない
ここで押さえたいのは、エネルギーの下落が需要の弱さ(景気の冷え込み)だけで起きたわけではない点だ。大きな要因の一つは、ガソリン税の暫定税率廃止という政策変更にある。これまで1リットルあたり25.1円上乗せされていた税が廃止されたことで、ガソリン価格が機械的に下がった側面がある。
「政策で下がった物価」は、景気の実態と一致しないことがある
補助金や減税でCPIが下がることがある。この場合、物価の数字は下がっても、経済の体力が強くなったとは限らない。日銀などがCPIの内訳を細かく確認するのは、このズレが起き得るためだ。
体感と数字がずれる理由:日々買うものほど上がっている
食料は「高止まり」している
エネルギーが下がる一方で、毎日の食卓に関わる品目は依然として高い。生鮮食品を除く食料(加工食品など)は前年同月比+6.2%。6か月連続で上昇率は縮小しているとはいえ、水準はまだ高めだ。
値上がりの具体例(主な品目・前年同月比)
- コーヒー豆:+51.0%
- 米類:+27.9%
- チョコレート:+25.8%
- 鶏卵:+13.2%
- おにぎり:+11.8%
- 鶏肉:+7.4%
コーヒーが半額以上値上がりし、米は3割近く高い。チョコレートも4分の1以上上がっている。
なお、CPIは「家計の支出割合(ウエイト)」を反映して計算されるため、値上がり率が大きい品目があっても、指数全体の伸びが同じだけ跳ね上がるわけではない。それでも、頻繁に買う品目の上昇は体感に直結しやすい。
現場は限界に近づいている
都内の喫茶店:「やれることはやり尽くした」
7年間、コーヒー1杯550円・モーニング750円という価格を据え置いてきた都内の喫茶店では、値上げを避けるために今年からおしぼりをやめ、ウエットティッシュに切り替えた。これだけで月1万5000円の経費削減になるという。
複数のスーパーを比較して安い食材を探す工夫も続けているが、オーナーは「値上げをする以外、対応はやり尽くした」と話す。
菓子メーカー(有楽製菓):値上げ・減量・自動化で耐える
チョコレートを主力とする菓子メーカーでは、仕入れコストが4年前と比べて数億円高い状態が続いている。対応として、主力商品の値上げ(35円→40円)に加え、一部商品の内容量を減らす(7g→6g)といった実質値上げ、さらに新工場でロボット活用を進めて人員を従来の6割に抑える取り組みも行っている。
シュリンクフレーションとは
値段を据え置いたまま内容量を減らすことで、実質的な値上げを行う手法。購入時に気づきにくいが、1グラムあたりの単価は上がる。
コメ販売会社(相模原市):高値在庫を前に判断を迫られる
神奈川県相模原市のコメ販売会社では、5キロ4500円を超える銘柄米を約30種類扱う一方、価格の高さで買い控えが起き、過去半年の販売量が前年同期比で3割減となった。
安価な規格外ブレンド米(5キロ3090円)を投入して顧客をつなぎ止めようとしているが、高値で仕入れた在庫の処理が難しい。経営者は「損切りしてでも出していかなければならない。どこで値下げして提示していくか悩んでいる」と打ち明ける。
もう一つの変化:家賃がじわりと上がり始めた
民営家賃は+0.7%――固定費の上昇は効き方が違う
1月の民営家賃は前年同月比+0.7%の上昇。1998年3月以来の高い伸び率で、東京都心を中心としたマンション価格の上昇が賃貸市場にも波及してきたとされる。「0.7%なら小さい」と見えるかもしれないが、家賃は固定費であり、上昇が続くと家計の余力をじわじわ削る。
家賃の「粘着性」
食料品は需要や競争で上下しやすい一方、家賃は契約更新のタイミングでしか変わりにくい。そのため統計への反映が遅れがちで、いったん上昇が始まると下がりにくい。物価全体の「粘り」を生みやすい要因でもあり、今後の固定費押し上げ要因として注視が必要だ。
これからどうなるのか

みずほリサーチ&テクノロジーズの井上淳・上席主任エコノミストは、次のように見立てる。
「ガソリン税の暫定税率廃止に伴うエネルギー価格の下落などで伸びのペースは鈍化したが、食料インフレのような状態は続いている。コメの増産による需給の緩和や円安の落ち着きにより、食料品価格の上昇幅は徐々に緩やかになるだろう」
ここで「緩やかになる」は「下がる」と同義ではない。上昇のペースが落ちる可能性を指すもので、すでに高くなった価格が元に戻るとは限らない。
また政府内では、食料品の消費税を2年間ゼロにする検討が進んでいる。実現すれば食料品価格の上昇を直接抑える効果が期待される一方、税率変更の実務負担、価格転嫁の確実性、期限終了後の反動といった論点も残る。
まとめ:「2%」という数字の向こう側
1月のコアCPIが2.0%に鈍化したのは事実だ。しかし、それは主にエネルギーという「政策や制度変更の影響を受けやすい分野」が押し下げた結果であり、食料や家賃という家計の中核部分はなお高い水準にある。
今後を読む上での焦点は、次の3点に整理できる。
- 食料品の上昇ペースがどこまで落ち着くか(コメ増産、為替、輸入コストの影響)
- 家賃上昇が全国に広がるか(固定費の押し上げは長く効く)
- 食料品消費税ゼロなどの政策が、実際の負担軽減につながるか(転嫁と反動を含む)
参考:総務省「消費者物価指数(2026年1月)」、NHKニュース(2026年2月20日)

