ロボットだらけの会場で気づいたこと
AIが「語る」から「動く」へ——CES 2026が映し出した、テクノロジーと現実のあいだ
毎年1月、世界中のテクノロジー企業がラスベガスに集結する。CES(Consumer Electronics Show)——もともとは家電の見本市として出発したこのイベントは、いまや「5年後の世界」を先読みする場として、メディアや投資家、企業の経営層にとって欠かせない年始の定点観測地となっている。
今年の会場を覆っていたのは、ひと言で言えば「AIの現実化」という空気だった。ChatGPTの登場以来、AIは猛スピードで進化してきた。しかしその多くは画面の中、テキストの世界の話だった。2026年のCESは、そのAIが「現実の体を得て、物理的な世界に入り込み始めた」展示会として記憶されることになるだろう。
ロボット、自動運転タクシー、そしてソニーとホンダが共同開発した電気自動車「AFEELA」。今年の会場で見えてきた光景は、輝かしい未来予想図であると同時に、技術と現実のあいだにある深い溝をも照らし出すものだった。
Chapter 1 「未来の見本市」が教えてくれること
CESは1967年に始まった。当初はテレビや電話、オーディオ機器の展示会だったが、時代とともに展示物は変わってきた。パソコン全盛期にはパソコンだらけになり、スマートフォンが登場するとモバイル機器があふれた。2010年代には自動車メーカーが参加し始め、自動運転技術が未来の顔として登場した。
そして2020年代後半のいまは、AIだ。ただし、「AIを搭載しました」という製品発表がニュースになる段階はすでに過ぎた。今年の会場では、AIは「すでに存在しているもの」として扱われており、問われているのは「AIが、どんな形で現実世界に入り込むのか」という次の問いだった。
「CESに来ると、今年起きることが分かる。そして3年後、5年後に何が来るかも見えてくる」——これはCESの長年の取材者たちが口を揃えて言うことだ。
主催者発表によれば、東京ドーム約5個分の会場に世界150カ国以上から約15万人が訪れる。展示ブースに並ぶのは、グローバル大企業からスタートアップまで。今年もその「未来の縮図」を読み解くために、世界中から記者、投資家、経営者が集まった。今年の縮図が示したものを、順番に見ていこう。
Chapter 2 ロボットだらけの会場、しかし9割は「動けない」
今年のCESで最初に目に飛び込んでくるのが、ヒューマノイド(人型)ロボットの多さだった。あるエリアに入ると、隣のブースもロボット、その隣もロボット。来場したアメリカ人が「ロボットだらけだぜ!」と笑いながら電話で実況するほど、その密度は圧倒的だった。
出展企業の多くは中国系だ。中国政府はここ数年、ヒューマノイドロボットを国家戦略として位置づけており、企業への支援も手厚い。その勢いがCESという国際舞台にも押し寄せてきた格好だ。ロボット同士が踊ったり、スポーツをしたりする「ロボット運動会」の映像が中国国内でも話題になったように、ロボット産業における中国の本気度は本物だ。
■ 熱狂の裏側にある、冷静な現実
しかし、展示を丁寧に見ていくと、異なる景色が見えてくる。
派手に踊るロボットはいる。だがそれは「踊る専用設計」であり、別の作業をさせることはできない。タオルを畳むデモをしているロボットが、実際にはタオルをうまく掴めていない——そんな光景も珍しくなかった。
現地取材をもとにした所感として、実用レベルで動作していると言えるロボットは「全体の1割程度」に過ぎなかった、という声には頷けるものがある。
なぜ「動けない」ロボットが堂々と展示されるのか。理由は逆説的だが、「出展しないこと自体がリスク」だからだ。AIとロボティクスが今年最大のトレンドである以上、展示しないことは「この波に乗れていない企業」というシグナルを市場に送ることになる。完成度よりも存在感の方が、この局面では重要なのだ。
■ 群衆を作ったただ一つの例外
その中で、「動物園のパンダより人が集まった」と評されたブースがある。韓国・現代自動車グループ傘下のBoston Dynamicsが展示した人型ロボット「Atlas」だ。
Atlasが見せたのは、ただ「動く」ことではない。物を持ち、所定の場所に運び、元の位置に戻る——一見シンプルな作業を、高度に統合された認識と制御で実行する。なお、ロボットのデモは安全上、遠隔操作や事前シナリオが混在する場合もある。
そしてその動きには、人間とは根本的に異なる論理が宿っていた。たとえば、物を右から左へ動かす際、人間なら体ごと向きを変えるしかない。しかしAtlasは「腰から上だけを180度回転させて置く」という動きをする。表と裏、前と後ろという概念を持たないロボットが、最短効率の動作を選択した結果だ。人間的な外見を持ちながら、人間を超えた動きをする——この「気持ち悪さと合理性の同居」が、現場にいる人々を釘付けにした。
NVIDIAのJensen Huang CEOはCESの場でこう答えた。「ロボットの実用化はいつ?」「今年です」。会場に9割の動けないロボットが存在する現実と、この発言は矛盾しない。トップランナーとそれ以外との差が、それほど大きいのだ。
重要なのは、このギャップがロボット産業全体の終わりを意味しないということだ。むしろ逆だ。技術進化において、「先頭集団だけが異次元の領域に入り、残りが急速に追いつく」という構図は、過去のスマートフォン普及期にも見られた現象だ。今年のCESは、ロボット産業のその「臨界点」を目撃する場になった可能性がある。
Chapter 3 ロボタクシーに乗る——「もう使えるレベル」の衝撃
ロボット展示が「熱狂と失望の混在」だったとすれば、別のテクノロジーは全く異なる印象を与えた。ラスベガスの公道を走る「ロボタクシー」だ。
自動運転タクシーそのものは、すでに以前から耳にしていた技術だ。しかし「実際に乗れる」「スマートフォンのアプリで呼べる」「無人で目的地まで運んでくれる」というレベルにまで到達していることを、今年のCESは改めて証明した。
Amazon傘下のZoox(ズークス)が運行する4人乗りの完全無人車両は、ラスベガスのストリップ周辺を日常的に走り回っている。
■ 運転席のない車の中で感じたこと
Zooxの車両には、運転席が存在しない。4つの座席が向かい合わせに配置され、各席には小型ディスプレイが設置されている。乗客は自分でエアコンの温度を調整し、音楽を選べる。ウィンカーを出して車線変更し、交差点を曲がり、歩行者を認識して停止する——その一連の動作は、熟練したドライバーのものと大差ない。
体験した人々の証言に共通して出てくるのが「思ったよりずっとまともだった」という感想だ。もちろんこれは整備されたラスベガスの道路環境であり、急な飛び出しや予測不能な事態への対応がどこまでできるかは、引き続き検証が必要だ。それでも「日常的な走行シナリオ」においては、すでに十分実用に耐えるレベルに達している。
■ 技術の問題より深い、社会の問い
ここで浮かび上がるのが、技術の外側にある問いだ。ロボタクシーが事故を起こしたとき、誰が責任を取るのか。
人間のドライバーであれば、法的・道義的な責任の所在は明確だ。しかしロボタクシーの場合、責任はAIの開発者か、車両の製造者か、運行事業者か——その分散は複雑になる。加えて、「機械が起こしたミスは人間のミスより許せない」という心理的反応は、多くの社会で強く働く。特に日本では、この傾向が顕著だと指摘する声は多い。
しかし視点を変えれば、こういう問いも成立する。人口減少と高齢化が進む地方で、タクシーが来なくなった集落の高齢者は、病院にどうやって行けばいいのか。「完璧なロボタクシー」を待ち続けることのコストは、誰が負担するのか。
「絶対に事故を起こさない」という完璧さへのこだわりと、「現実解として今あるものを使う」という実用主義のあいだで、社会はいずれ選択を迫られる。トータルの事故件数・死者数で比較すれば、ロボタクシーは人間の運転より安全になる可能性が高いという見方もある。問われているのは技術の成熟度だけではなく、社会の許容設計と責任の再定義だ。
Chapter 4 AFEELA——発売目前の車に、なぜ乗れないのか
CESの会場で、ひとつの不思議な光景があった。ソニーとホンダが設立した合弁会社「Sony Honda Mobility」の電気自動車「AFEELA」のブースだ。
AFEELAは、2026年内に米国での販売開始を予定している製品だ。「1年以内に市場に出る」距離感の製品として、今年のCESには最終版に近い量産仕様が並び、新たにSUVタイプのプロトタイプも展示された。デザインは洗練されており、ソニーの映像・音響技術とホンダの車両技術が融合した「次世代のモビリティ体験」を予感させる仕上がりだった。
しかし——試乗は、一切なかった。
■ 「乗せたいが、乗せられない」というジレンマ
「試乗させたいのは山々だ」——ホンダ側の幹部はそう語った、という報道がある。つまり意思はある。しかし現実が追いついていない。
試乗には、単に「走れる」だけでは足りない。ナンバープレートの取得、安全基準の通過、公道走行に必要な各種認証——それら全てをクリアした上で、「これが私たちの乗り味です」と自信を持って言える品質水準に達していなければ、プレス向けの試乗は許可できない。現時点でのAFEELAは、その基準を満たしていないか、満たしていると両社が合意できていない状態だと見るのが自然だ。
■ 異業種コラボが直面する「文化の衝突」
この背景には、ソニーとホンダという「異業種の巨人」同士が持つ、根本的なものづくり文化の違いがある。
自動車の開発プロセスは、量産開始のはるか前から仕様が確定する。設計、試験、認証、製造ラインの準備——全てが長いタイムラインで、精緻に管理される。「発売の前日まで何かが変わる」ことは、自動車メーカーにとってあってはならない事態だ。
一方、ソフトウェア産業の文化はほぼ正反対だ。「発売日に動いていれば良い」「後からアップデートで改善できる」という思想が基本にある。テスラがその典型で、出荷後のOTAアップデートで機能を追加・改善するビジネスモデルを実現している。
「ソフトウェアを実装するということは、車を作るという作業と全く異なる時間軸で動く」——この言葉は、SDV(Software Defined Vehicle/ソフトウェア定義車両)時代の本質的な難しさを突いている。
AFEELAはこの二つの文化を一台の車の中で統合しようとしている。品質保証の基準が違う、テスト項目が違う、「完成」の定義が違う。それをすり合わせながら、年内発売という締め切りに向かって走っている。ホンダが工場出荷後に自社でも独自の品質チェックを行う工程を追加したという事実は、この統合コストの大きさを物語っている。
AFEELAの試乗ができなかったことは、単なる準備不足の話ではない。それはSDV時代に自動車産業が避けて通れない「文化の衝突と統合」という普遍的な課題の、最もリアルな現れのひとつだ。
Chapter 5 日本企業は「消えた」のか、それとも「中に入った」のか
CESの会場を歩いていると、かつての主役たちの不在が目に入る。かつてはCESの代名詞だった日本のナショナルブランドが、かつてほどの規模で存在していない。長年「ここはソニーのブース」「ここはパナソニック」と定位置を占めていた場所に、いまは別の企業——主に中国系——が入っている。
この変化は、日本の製造業の凋落を意味するのだろうか。そう単純ではない。
■ 「見えないところで効いている」という戦略
今年のCESでInnovation Award(技術革新賞)を受賞した展示の中に、AGC(旭硝子)の技術があった。自動車のフロントガラスに速度や地図を投影するヘッドアップディスプレイ(HUD)向けの特殊ガラスで、偏光サングラスをかけていても映像が見えるという、これまでにない光学技術だ。
このブースは会場の中心ではなく、端の方にある。来場者の大半は素通りするかもしれない。しかしこの技術が、今後登場するEVや自動運転車の「車内体験」を支える部品になる可能性は高い。
これが現代の日本企業の立ち位置を象徴している。完成品を作って消費者に届けるのではなく、その完成品の「中に入っている」部材や技術を世界に供給する——B2Bの黒子として、フィジカルAI時代の舞台を支えているのだ。
■ ロボット時代に日本が握る「体の部品」
ヒューマノイドロボットが世界中で開発されるこの時代、その「体」を動かすための部品群において、日本企業の競争力は依然として高い。
関節を動かす精密減速機では、ナブテスコ(6268)が世界的な主要プレイヤーとして知られる。モーターではニデック(6594)、センサー技術ではソニー(6758)、電子部品では村田製作所(6981)やTDK(6762)——これらはすべて、次世代ロボットの「インフラ」となる部材の供給者だ。
ロボットの脳にあたるAIチップでは米国や中国に先行されているが、その脳を動かすための「筋肉・関節・神経」にあたる領域で、日本は今もグローバルサプライチェーンの要に位置している。
会場では目立たない。しかし展示されているどのロボットの中にも、日本の技術が入っている——これが2026年のCESにおける日本の現在地だ。
おわりに——「始まりの形」は、いつも不格好だ
CES 2026を振り返ったとき、全体を貫く一つのテーマが浮かぶ。それは「現実化の痛み」だ。
AIが概念からロボットへ、画面から公道へと降りてくる過程で、至るところに「理想と現実のギャップ」が現れた。9割が動けないロボット。試乗できない量産間近の車。「誰が責任を取るのか」という問いに答えられないロボタクシー。
だが歴史を振り返れば、変革期における「始まりの形」はいつも不格好だった。最初のスマートフォンは電話としても満足に使えなかった。最初のEVは航続距離が短く、充電インフラも整っていなかった。それでも市場は動き、技術は追いついた。
大手企業の撤退跡を中国勢が埋め、米中対立の裏側で両国の製造業が互いを必要とし合っているという、CESが映し出した地政学的な景色も見逃せない。技術の覇権争いは、単純な「切断」では成立しない複雑な相互依存の上にある。
5年後、10年後にCESを振り返ったとき、「あの時からすでに始まっていた」と語られるテーマは何か。今年の会場が示した答えは、おそらくこうだ——AIが体を得て、現実の中で働き始めた最初の年。その始まりは、熱狂と不完全さが入り混じる、実にCESらしいものだった。
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※本稿はCES 2026の現地報道・公式発表・各種取材記録をもとに構成した解説記事です。
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