事実上の「終身刑」となった日本の無期懲役の現実
2026年2月16日、東京地方裁判所で一つの判決が言い渡された。「ルフィ」の通称で知られる犯罪組織の幹部、藤田聖也被告(41歳)に対する無期懲役の判決である(判決報道)。
しかし、この「無期」という言葉の裏に隠された現実を、多くの人は知らない。それは、法律上の「仮釈放の可能性」と、実際には「社会に戻ることが極めて難しい」という厳しい運用実態との大きなギャップである。
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フィリピンの収容所から操られた「遠隔犯罪」
事件は2022年10月から2023年1月にかけて発生した。報道および判決の要旨によれば、藤田被告は他の幹部らと共謀し、狛江市や山口県岩国市など複数地域で起きた強盗事件7件への関与が認定された(判決報道)。
この事件の特異性は、その犯行手口にあった。実行犯たちは互いに面識がなく、SNSで募集された「闇バイト」の応募者たちだった。彼らを統率し、詳細な指示を出していたのが、遥か遠く離れたフィリピン・ビクタン収容所にいた藤田聖也被告だとされる。
裁判では、藤田被告が「すべての事件で計画の段階から関与し、実行役に指示を出す司令塔として重要な役割を果たした」と認定された趣旨が報じられている。藤田被告は匿名性の高い通信アプリを駆使し、実行役の適性を見極め、犯行の計画から実行までを細かくコントロールしていたとされる。
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90歳女性の命を奪った狛江市の事件
2023年1月19日、東京都狛江市で起きた強盗致死事件は、この一連の犯行の中でも重大な結果を伴った事件として知られる。
起訴内容などによると、実行犯らは宅配業者を装って90歳の女性宅に侵入し、女性に暴行を加えた結果、女性は死亡し、高級腕時計が奪われたとされる(起訴・報道の整理)。
裁判では、この狛江市の事件の実行役として無期懲役刑が確定している受刑者が証言に立ち、「藤田被告と電話で雑談しながらやった」と述べたなどと報じられている。被告が犯行の最中も実行犯と通話し、状況を把握していたことをうかがわせる内容だ。
被告は法廷で「暴行などの指示はしていません」と起訴内容を一部否認したが、裁判所は「積極的な暴行を指示しており、持参した道具を凶器として使用することは予測できた」として被告の主張を退けた趣旨が報じられている。
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「必要不可欠な役割」という判決理由
判決は、藤田被告を「組織の共同の利益のために自らの仕事を遂行していた」と指摘し、共同正犯の成立を認めた。さらに裁判所は、この事件を「遠隔操作による組織的な広域連続強盗という新たな犯罪類型の先駆け」と位置づけ、「社会全体に与えた不安や影響は非常に大きい」と断じた(判決報道)。
弁護側は「フィリピンのビクタン収容所という逃げられない環境で犯罪に強制的に加担させられてしまった」として有期懲役刑が相当だと主張したが、裁判所はこれを認めず、検察の求刑どおり無期懲役を言い渡した。
判決後、藤田被告は「後悔と反省、無念さしかありません。本当に申し訳ありませんでした。闇バイトに関わろうとしている人は思いとどまってほしい」と述べたと報じられている(判決報道)。
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「無期懲役」は本当に「無期」なのか?
ここで一つの疑問が浮かぶ。無期懲役とは「死ぬまで刑務所にいる刑罰」なのだろうか、それとも「いつか出られる可能性がある刑罰」なのだろうか。
法律上、無期懲役受刑者は刑法28条により、刑の執行開始から10年が経過すれば仮釈放の対象になり得る(国会資料でも条文構造が前提として示されている)。
ただし、これは「10年で出られる」という意味ではない。10年はあくまで仮釈放の可否が検討され得る最低ラインにすぎず、現実の運用は別問題である。
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年々長期化する平均服役期間
無期懲役からの仮釈放までの平均期間は長期化している。背景には、有期刑の上限運用の変化や、無期刑の仮釈放審理が実務上「長期服役を前提」に組み立てられてきた経緯がある。
実務運用として、無期刑受刑者の仮釈放審理は「30年」を大きな節目として扱われていることが、法務省の運用説明からも読み取れる。さらに、仮釈放が許可されない場合でも、一定期間経過後に審理を再開する枠組みが示されている。
統計面では、矯正統計年報のデータをもとにした整理として、2022年の「無期刑仮釈放者の受刑在所期間」が平均45年3か月とされる。
もし藤田被告が同程度の在所期間を経て仮釈放されるとすれば、出所するのは80代半ばとなる。
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仮釈放率わずか0.06%という現実
さらに注目されるのは、仮釈放される人の少なさだ。報道によれば、2024年に新たに仮釈放された無期懲役受刑者は1人にとどまった。
「0.06%」という数値は、たとえば「当該年の無期受刑者数(約1600人規模)を分母」「当該年の新規仮釈放者数(1人)を分子」として単純計算したイメージで、制度と現実の距離感を象徴する。
数字が示すのは、「制度として仮釈放が存在する」ことと、「現実に仮釈放が起きる」ことの距離の大きさである。
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「マル特無期」通達をめぐる議論
なぜこれほどまでに仮釈放が認められにくくなったのか。その転機の一つとして指摘されているのが、1998年の最高検察庁による通達(いわゆる「マル特無期」)だ。
報道では、この通達が「特に犯情等が悪質な無期刑受刑者」を選定し、仮釈放局面で検察側が厳しい意見を述べる運用を促したものだと整理されている。
批判的な見解としては、内部運用が「事実上の終身刑化」を招いているのではないか、という問題提起がある。他方で、政府側の説明や国会論点の整理も含め、この問題は「運用の透明性」「被害感情」「更生の理念」をどう調整するかという形で議論が続いている。
ただし、検察の意見が「決定」そのものではない点も重要だ。仮釈放の決定権は地方更生保護委員会にあり、法務省の運用説明もその前提で組み立てられている。
藤田被告のケースを考えると、複数の強盗事件に関与し、強盗致死が含まれるとされ、社会的不安の広がりも大きかった。判決が強調した「新たな犯罪類型」としての性格も踏まえれば、仮釈放が現実に認められるまでの道のりは極めて険しい、という見方が成り立つ。
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仮釈放後も続く「監督」
仮に、極めて低い確率を乗り越えて仮釈放が認められたとしても、無期懲役受刑者の生活が完全に自由になるわけではない。法務省の運用説明でも、仮釈放の審理・判断や、その後の扱いが制度として整理されている。
高齢で仮釈放された場合、就労や住まいの確保など社会復帰の現実的な壁も大きい。
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「ルフィグループ」の他の幹部たち
藤田被告以外にも、このグループには複数の幹部がいたとされる。判決報道では、幹部4人のうち藤田被告が2人目の判決で、別の被告は懲役20年判決(上告中)などの状況も伝えられている。
事件の全容解明は、今後の裁判を通じて進む面が残るだろう。
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新たな犯罪の形と社会への警鐘
この事件が社会に投げかけた問いは重い。
第一に、SNSを通じた「闇バイト」による犯罪の危険性である。匿名の指示、使い捨ての実行役、そして取り返しのつかない結果。募集の入口が身近になったぶん、破壊力も拡大した。
第二に、遠隔操作による組織的犯罪という新たな犯罪類型の出現である。国境を越えて指示を出し、実行役を駒のように扱う仕組みは、模倣のリスクも抱える。
第三に、無期懲役という刑罰の実態についての認識のギャップである。法律上は「10年で仮釈放の対象になり得る」が、運用と統計を見れば、仮釈放は極めて細い道になっている。
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41歳の男に待ち受ける「終わりなき時間」
藤田聖也被告、41歳。もし平均的な在所期間を経て仮釈放されるとすれば、それは80代半ばだ。
そして、統計的に見れば、その可能性は極めて低い(2024年の新仮釈放者1人という水準)。
被害者の無念、遺族の悲しみ、そして社会に広がった不安。これらを思えば、厳罰は当然という声もあるだろう。一方で、法律上は「仮釈放の可能性」を残しながら、現実の運用では困難が極まっている状況について、刑事政策の観点から議論が続いている。
いずれにせよ、この事件は日本の刑事司法制度に問いを投げかけた。「無期懲役」とは何なのか。そして、それは社会正義と犯罪抑止、受刑者の更生という複数の目的をどのようにバランスさせるべきなのか。
(了)
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参考資料(本文の根拠)
判決報道(藤田被告の関与範囲・判決理由等)
→ https://www.nippon.com/ja/news/yjj2026021600574/
無期刑の仮釈放審理運用(30年節目・再審理の枠組み等)
→ https://www.moj.go.jp/hogo1/soumu/hogo_hogo21.html
2024年「仮釈放1人」(矯正統計年報を根拠とする報道)
→ https://www.bengo4.com/c_1009/n_19640/
2022年「平均45年3か月」(矯正統計年報データの整理資料)
→ https://www.crimeinfo.jp/wp-content/uploads/2026/01/Length-of-stay_2024.pdf
マル特無期(通達の整理・論点)
→ https://www.bengo4.com/c_18/n_18810/

