日銀が据え置きながら警戒したもの——中東原油高が突きつける「物価と景気の二面リスク」

3月18・19日に開かれた日本銀行の金融政策決定会合は、政策金利を据え置くという結論を出した。ところが、3月30日に公表された「金融政策決定会合における主な意見」(以下、主な意見)を読むと、”据え置き”という一言が示す以上に、委員たちのあいだで警戒の重心が変わっていることが分かる。変化の震源は中東情勢の緊迫化と、それに伴う原油価格の急騰だ。

目次

「主な意見」とは何か

まず、この文書の位置づけを確認しておきたい。「主な意見」は、日銀の金融政策決定会合の詳細な議事録ではない。各政策委員が会合で述べた意見を本人が要約し、議長(総裁)が項目ごとに編集したものだ。つまり、「日銀の公式決定内容」というより、「会合でどんな論点が出たか」を把握するための資料と理解するのが正確に近い。

この点を踏まえると、今回の「主な意見」には注目すべき緊張感がある。「今回、経済・物価のメインシナリオを変更する必要はない」という慎重な言葉と、「躊躇なく利上げに進むことが必要」という強い言葉が、同じ文書の中に並んでいるのだ。

原油高が「景気の敵」だけでないのはなぜか

中東情勢の緊迫化による原油価格の上昇は、ふつう「景気の敵」として語られる。ガソリンが高くなれば企業のコストが増え、家計の購買力が削られる。しかし日銀委員の議論では、この原油高がもたらす物価への影響が、景気への悪影響と同じくらい——あるいはそれ以上に——深刻なリスクとして論じられている。

その鍵となる指摘が、LNG(液化天然ガス)の価格連動契約だ。日本が輸入するLNGの多くは、中東原油価格に連動する形で価格が決まる契約になっている。このため、原油高はガソリンやプラスチックの値上がりにとどまらず、電気代・ガス代にまで波及する。主な意見にも「ガソリン・プラスチックのみならず、電気・ガスなど広範囲での物価上昇につながる」と明示されている。

さらに委員たちが気にしているのは、この物価上昇が「一時的なコスト増」で終わらない可能性だ。現在の日本では、企業の価格設定姿勢が積極化し、賃上げの慣性も働いている。原油高が持続すれば、エネルギーコストの上昇が人件費や商品価格に二次的に転嫁され、消費者が将来の物価についても「上がり続ける」と予想し始める——そのような「インフレ期待の変質」まで視野に入れた議論が交わされていた。

1970年代のスタグフレーションに言及した理由

主な意見には、「原油高によるコストプッシュは、物価上昇を伴う経済低迷、すなわち1970年代的なスタグフレーションをもたらし得る」という一文もある。スタグフレーションとは、景気の停滞(ステグネーション)と物価の上昇(インフレーション)が同時に進行する状態を指す。通常の不況なら金利を下げて景気を支えればよく、通常のインフレなら金利を上げて物価を抑えればよい。ところがスタグフレーションは、その二つが同時に起きるため、金融政策が「どちらかを助ければもう一方が悪化する」というジレンマに陥る。これが中央銀行にとって最も対処の難しい局面だ。

ただし、この意見を述べた委員は続けて「一過性のインフレに対しては、むやみに動かずにコストプッシュ要因の剥落を待つことが基本」とも述べており、1970年代の再現を断定しているわけではない。「ただし、過度な円安進行でコストプッシュがさらに深刻化する場合、あるいは二次的波及で賃金が上振れする場合には、金融引き締めが必要になる可能性もある」として、判断を状況に委ねている。

「待つべきだ」と、より前のめりな意見が並ぶ

金融政策運営に関する委員の意見は、大きく二つの方向に分かれていた。

一方は「現状維持でよい」とする慎重派だ。「中東情勢の不確実性が高まり、市場のセンチメントは大幅に悪化している状況の中で、今回は現状維持でよい」という意見がある。次回以降の判断を急がず、賃上げの広がりや春の値上げ動向を見極めてから動くべき、というスタンスだ。

もう一方は、踏み込んだ議論を求めるタカ派寄りの意見だ。「基調的な物価上昇率が2%を超えて上昇し続けることは避けなければならない。経済環境や中小企業の賃上げスタンスが大きく崩れる兆しがみられなければ、躊躇なく利上げに進むことが必要」という言葉は、その象徴的な表現と言える。

さらに強い警戒感を示したのが「ビハインドザカーブ」への言及だ。ビハインドザカーブとは、中央銀行が経済・物価の変化に対して利上げの対応が遅れてしまう状態を指す。この語を使った委員は、「中立金利(景気を刺激も抑制もしないとされる理論上の金利水準)まで、まだかなりの距離がある状況でビハインドザカーブに陥ると、急激かつ大幅な金融引き締めを余儀なくされ、経済に大きなショックを与えてしまう」と警告している。今は動かないことで、後でもっと激しく動かざるを得なくなるリスクを回避しなければならないという論理だ。

この「ビハインドザカーブを避けるために、場合によっては利上げを加速する選択肢も意識すべき」という意見が、今回の「主な意見」のなかでも特に注目に値する。

メインシナリオは変えていない——その意味

今回の会合では、「経済・物価のメインシナリオを変更する必要はない」という基本線が維持された。しかし、「ガソリン価格の上昇など、中東情勢の緊迫化による経済的悪影響が表れ始めており、予断を許さない局面にある」という表現がセットで並んでいることは見逃せない。

Reutersが会合後に「据え置きながらも、原油高によるインフレ圧力への警戒を維持した」と整理し、Central Bankingが「今回は日銀がルックスルー(一時的として無視)しにくいショックだ」と評価したのも、そうした解釈の一例として受け止められる。メインシナリオは変えていないが、そのシナリオを取り囲むリスクの評価が「一段深くなった」というのが正確な現状認識だろう。

ロシアによるウクライナ侵攻後の輸入物価上昇との比較も登場している。委員のひとりは「中東情勢の緊迫が長期化する場合、ショックの波及や二次的な影響については、物価についても成長についても、ウクライナ侵攻後よりは注意すべき度合いが高い」と述べている。賃上げの定着や企業の積極的な価格転嫁など、現在の日本の構造的な変化がそうした状況をうかがわせると読みうる。

なぜ「コア指標の拡充」が論点になるのか

今回の「主な意見」には、政策判断とは直接関係しない論点も含まれていた。「消費者物価指数のコア指標を拡充して公表するなど、より丁寧な説明を行っていくことが望ましい」という提案だ。

日本では消費者物価指数(CPI)に複数のコア系指標がある。代表的なのは「生鮮食品を除く総合(コアCPI)」と「生鮮食品及びエネルギーを除く総合(コアコアCPI)」だ。ヘッドラインCPI(総合)は短期的なエネルギー価格の動きに左右されやすいが、どのコア指標で基調を見ればよいかは一概には言えず、今回の委員提案は、こうした複数の指標を積極的に示してより丁寧に基調を説明すべきという問題意識を示している。

政府の価格対策(ガソリン補助金など)や原油価格の急変動があると、CPIは短期間に大きく振れる。そうした局面で日銀が「基調的な物価を見ている」と言っても、どの指標で何を見ているかが分かりにくければ、政策判断の説明は伝わりにくい。今回の議論は、物価統計の見せ方を通じて金融政策の説明責任をいかに果たすか、という問題でもある。

次回会合に向けての注目点

今回の「主な意見」を通じて浮かび上がるのは、次回会合(4月)が単純な「据え置きか利上げか」の二択ではないということだ。委員の議論には、「中東情勢の長期化が見込まれる場合には利上げを加速させる必要性がないかにも注意を払うことが適当」という表現まで登場している。

春季労使交渉(春闘)の賃上げ動向、期初の値上げの広がり、中東情勢の展開——これらを確認しながら、「どのペースで金融緩和を縮小するか」が問われる局面が続く。今回の会合は据え置きで終わったが、内部の議論はそこで止まっていない。


(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

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この記事を書いた人

CFP®/1級ファイナンシャルプランニング技能士
公益社団法人 日本証券アナリスト協会認定
・プライマリー・プライベートバンカー
・資産形成コンサルタント
一般社団法人金融財政事情研究会認定
・NISA取引アドバイザー

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