政府は2026年度の1年間に限り、非効率な石炭火力発電所の稼働率を引き上げる緊急措置を実施する方針を固めた。きっかけはイラン情勢の緊迫化と、その余波が及ぶ可能性があるLNG(液化天然ガス)の調達懸念だ。
「でも日本のLNGで中東由来の割合は約1割じゃないか」——そう思った人がいれば、鋭い疑問だ。なお、中東由来のLNGのうちホルムズ海峡を通過するのはさらに一部にすぎず、すべてが同じリスクにさらされるわけではない。それでも日本が動いた理由は、LNGという燃料が持つ特殊な「弱さ」にある。
そもそも、なぜLNGがそんなに大事なのか
日本の火力発電の主力燃料はLNGだ。石炭よりも燃やしたときのCO2排出量が少なく、出力の調整もしやすい。太陽光や風力といった再生可能エネルギーは天候次第で発電量が変わるため、それを補う「調整役」としてもLNG火力は不可欠な存在になっている。
問題はLNGの「在庫の薄さ」だ。原油には国家備蓄制度があり、有事に備えて数か月分が積み上げられている。一方、LNGは極低温で液化して保管する性質上、長期の国家備蓄制度が整っておらず、発電会社やガス会社が運用在庫として持っているものが主な頼りだ。
つまり、中東由来の輸入比率が1割程度であっても、スポット市場(その場で売買する市場)で代わりのLNGを調達できなければ、在庫は数週間単位で逼迫するリスクがある。JERA(日本最大の電力会社JERA)のトップも「ホルムズ海峡を経由するLNGの供給不足を埋める余力は世界市場にほぼない」と語っている。数字の小ささより、代替の効かなさがリスクの本体なのだ。
「待機させていた石炭」を動かす、という話
今回の緊急措置を正確に理解するためには、「容量市場」という制度を知っておく必要がある。
容量市場とは、今すぐ発電した量ではなく、「将来必要なときに発電できる能力」に対してお金を払う仕組みだ。電力は、普段の需要には再エネと効率的な火力で賄えても、真夏の猛暑日や冬の朝などの需給が逼迫する時間帯に備えて、動かせる火力を確保しておく必要がある。この「待機能力」に対価を支払うのが容量市場の役割だ。
問題は、非効率な石炭火力への扱いだ。現在の制度では、設計効率42%未満の非効率石炭火力が年間の設備利用率50%を超えると、容量確保契約金額が20%削減される仕組みになっている。脱炭素の観点から、非効率石炭火力はなるべく動かさないよう促す設計だ。
今回の措置は、この「50%を超えたら減額」というルールを2026年度の1年間だけ適用しないことにする、というものだ。石炭火力を新たに建設するわけでも、再評価するわけでもない。「すでに待機させてある電源を、非常時には動かしやすくする」という運用変更に近い。
脱炭素との矛盾は「撤回」ではない
当然、この措置は脱炭素の流れと逆行する。政府の「エネルギー基本計画」では、温室効果ガス削減のため非効率な石炭火力を段階的に減らしていく方針が示されており、今回の緊急措置はそれに反する。
ただし、ここには二層構造がある。もともと政府の方針は「石炭火力をすぐゼロにする」ではなく、「必要な発電容量(設備)は維持しつつ、平時は稼働量を減らす」というものだった。非常時の保険として残しておきながら、普段はなるべく動かさない——その「保険」部分を今回は前面に出した、と見ることもできる。
したがって、今回の措置は「脱炭素を放棄した」というより、「非常時には安定供給を最優先にする」という判断を示したものとして捉えるのが実態に近い。ただし、「非常時」が続けば続くほど、脱炭素の歩みが遅れることもまた事実だ。
「1割の依存」が日本を動かした理由
今回のニュースが示しているのは、石炭火力の「復活」でも「脱炭素の撤回」でもない。
エネルギー転換を進めている日本が、危機に際すると結局は「待機させていた化石燃料の電源」に頼らざるを得ない現実だ。LNGの中東由来分が1割程度であっても、それが短期で代替できない性質を持つ以上、わずかなリスクでも電力システム全体に響く。
再エネが増え、脱炭素の旗印が立っても、いざとなれば石炭の稼働率という数字に戻ってくる——それが現在の日本のエネルギー政策の「地力」でもある。今回の緊急措置は、その現実をあらためて見えやすくした出来事といえる。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

