開業10年、なのに札幌に届かない——北海道新幹線の延伸遅延が自治体に押しつける「待機コスト」

2016年3月26日に開業した北海道新幹線の新青森〜新函館北斗間が、2026年で10年を迎えた。節目の日に駅では地元の子どもたちが新幹線を出迎え、式典が開かれた。しかし、10年前に思い描いた「北海道新幹線の完成形」はまだ来ていない。

今の北海道新幹線は、北海道最大の都市・札幌まで届いていない。新函館北斗〜札幌間の延伸工事が今も続いているが、完成時期はもともとの2030年度末から「2038年度末以降」へと8年以上後ろ倒しとなった。開業から10年が経つ今もなお、この新幹線はいわば「途中で止まっている」状態だ。


目次

年間100億円超の赤字が続く「部分開業」の現実

北海道新幹線の現在の区間(新青森〜新函館北斗、約149キロ)は、開業当初から採算面で厳しい状況が続いている。NHKの報道では、この区間での赤字は年間100億円以上に上るとされている。

利用者数も伸び悩んでいる。開業時には本州からのビジネス客や観光客の増加が見込まれていたが、NHKによると新函館北斗駅の利用者は開業当初の3分の1ほどに落ち込んでいる。青森県側の奥津軽いまべつ駅に至っては、乗車人数が2016年度の約1万2800人から2025年度は約7300人へと半数近くに減少した。

JR北海道の2025年度第3四半期報告書でも、4〜12月の新幹線輸送人員は前年比92.7%と前年を下回っている。新幹線運輸収入は微増しているものの、これは運賃改定の影響が大きく、利用そのものが大きく伸びているわけではない。

なぜ北海道新幹線は苦戦しているのか。根本的な理由は、新幹線の「目的地」がまだ存在しないからだ。北海道の人口・観光・ビジネスの中心は札幌であり、そこに直結して初めて新幹線として本来の需要が生まれやすい。現状では、札幌方面の需要をまだ十分取り込めておらず、飛行機との競争でも「速さ」で圧倒するには至っていない。


なぜ工事がこんなに遅れているのか

延伸区間(新函館北斗〜札幌、約212キロ)のうち、約80%がトンネル区間だ。この山岳トンネルの建設が予想をはるかに超える難工事になっている。

建設主体の鉄道・運輸機構(JRTT)によると、トンネル掘削は全体の9割が完了しているものの、残る約16キロで困難な状況が続いている。掘削機が対応できないサイズの岩の塊が現れたり、地質が著しく不良で補強作業に通常の2倍以上の時間がかかったりしているという。さらに資材価格の高騰、働き方改革による工事時間の制約、重金属を含む発生土への対応なども重なり、難しさが増している。

JRTTの公式プロジェクト資料でも、2024年5月時点で「2030年度末の完成・開業は極めて困難」と報告があった。その後の検討を経て、国土交通省の有識者会議では「現時点では概ね2038年度末頃」という新たな見通しが示されたが、同会議の整理でも「なお不確実性が残る」とされており、さらなる後ろ倒しの可能性も完全には排除されていない。

事業費も当初の2.3兆円から最大1.2兆円増える見通しで、最大で3.5兆円規模になりうるとされている。


「完成前提」で進めた自治体の投資が宙づりになっている

問題は工期だけではない。札幌延伸を前提に、沿線の自治体がすでに多額の投資を行っているのだ。

NHKが、新たに新幹線の駅が建設される札幌・長万部・小樽・倶知安・八雲の5自治体にアンケートを行ったところ、駅周辺のまちづくりにすでに計58億円超を支出していることが分かった。内訳は札幌市が50億4000万円あまりと突出しており、長万部町が5億2300万円余りと続く。

さらに、これはあくまで「すでに使った分」であり、今後さらに増える見込みだ。札幌市は今後283億円の支出が見込まれると回答している。他の4自治体は「いくらまで膨らむか現時点では分からない」と答えており、延伸が長引くほど財政への圧力が増し続ける構造になっている。

加えて、整備新幹線の財源スキームでは、地方公共団体も建設費の一部を負担する仕組みになっている。工期延長や事業費増加によってその負担額が増えることへの懸念も高まっており、北海道知事は「にわかに受け入れられるものではない」と強い不満を示し、札幌市長は「新たな地方負担が生じない措置を国に求める」と発信している。


すでに開業した駅の周辺で起きていること

延伸の遅れが与えている影響は、未来の話だけではない。すでに開業している駅の周辺でも、「完成すれば解決する」という期待を先食いした宙づりの投資の空白が顕在化している。

新函館北斗駅がある北斗市は、開業時に28億円をかけて駅前の再開発を行った。しかし10年経った今も、NHKの報道によると商業用地の約4分の1が空き地のまま活用されていない。駅周辺の地価はこの10年間で下落傾向が続いており、北斗市は「札幌延伸の大幅な遅れで企業誘致が難しくなったことが大きな要因」と説明している。

駅前の土地の一部を購入した不動産開発会社は、予定していたホテルの着工を今も見送っている。「札幌延伸がいつになるかもわからない段階では、収支も見通せない。民間だけの投資には限界がある」と語っている。

ここで起きているのは、「新幹線が来れば発展する」という前提で動かした計画が、延伸の遅延によって前提ごと宙づりになるという構図だ。


問い直される「完成すれば全部報われる」という設計思想

今回の10周年は、一つの問いを浮かび上がらせる。「札幌まで届けば大きな効果が出る」という発想は、どこまで成立するのか。

JRTTはNHKの取材に「札幌まで開業して初めて大きな効果が生じる」と話しており、あくまで延伸完成が前提という立場を維持している。ただし、10年間の部分開業で利用低迷と赤字が続き、沿線のまちづくりにも空白が生まれている現状を踏まえると、「完成後にまとめて回収できる」という期待が以前より揺らいでいるのも確かだ。

青森大学の櫛引素夫教授は、「整備新幹線の仕組み自体が日本が好調な時代に作られた。新幹線を作り続けることがどれくらいの負荷をもたらすのか、もう少し議論し、情報の透明性を高めていく仕組みが必要ではないか」と指摘している。

人口減少と財政制約が現実化する中で、「延伸が完成すれば全部報われる」という前提を問い直す議論が、10年という節目を機に本格化しつつある。北海道新幹線の問題は、今や一路線の工事の遅れではなく、日本が「何のために、どの速度で、誰が負担して新幹線を作るのか」を考える試金石になっている。


(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

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この記事を書いた人

CFP®/1級ファイナンシャルプランニング技能士
公益社団法人 日本証券アナリスト協会認定
・プライマリー・プライベートバンカー
・資産形成コンサルタント
一般社団法人金融財政事情研究会認定
・NISA取引アドバイザー

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