同じ「2月の物価」なのに、1.6%と2.2%、ふたつの数字が並ぶ。どちらが正しいのか、ということではない。見ている「物価の中身」が違うのだ。
日本銀行は、これまでの消費者物価指数(CPI)に加え、政府の補助策や制度変更など一時的な変動要因を除いた新たな物価指標を公表することを明らかにした。一見、地味な統計の話に聞こえるが、その背景には「物価の本当の姿が見えにくくなっている」という切実な事情がある。
ニュースでよく見る「コアCPI」の限界
毎月発表される物価の数字として、メディアがよく使うのが「コアCPI」だ。これは生鮮食品(野菜・魚介など、天候で価格が大きく変わるもの)を除いた消費者物価指数で、短期の変動を排して物価の方向感を見るために用いられてきた。
ただ、このコアCPIにも弱点がある。政府がガソリン代や電気・ガス料金を補助すれば数字は下がるし、携帯電話料金が引き下げられれば急落する。教育無償化が実施されれば、授業料が物価を大きく押し下げる。
つまり、コアCPIの数字が低くても、それが「物価の勢いが本当に落ちているから」なのか、「政府が補助金で一時的に押し下げているだけ」なのかが、数字だけでは判断できないという問題が生じている。
今年2月のコアCPIは前年比1.6%の上昇だったが、日銀の新指標ではこれが2.2%になるとされる。0.6ポイントの差は、補助金や制度変更が数字をそれだけ引き下げていることを示している。
「基調的な物価」とは何か
日銀が本当に知りたいのは、補助金や一時的な要因が消えた後も続く「持続的な値上がり圧力」だ。これを「基調的な物価」と呼ぶ。
理屈としては、一時要因が除かれた後の物価が着実に上がっているなら、経済の体温が上がっている証拠になる。逆に、見た目の数字が高くても一時要因だけによるものなら、金融政策を引き締める根拠にはなりにくい。
日銀はこれまでも基調的な物価を把握するため、「刈込平均値」「最頻値」「加重中央値」といった複数の補助指標を公表してきた。これらは統計的な手法で外れ値を除く方法だ。今回の新指標は、それとは別のアプローチで、教育無償化・エネルギー補助・消費税変更・携帯料金引き下げといった「政策・制度要因」を明示的に取り除いて算出する。
「新理論」ではなく「見せ方の刷新」
注意しておきたいのは、日銀がまったく新しい物価目標を導入したわけではないという点だ。
実際、特殊要因を除いて基調をみる発想自体は以前から存在していた。過去の展望レポートや政策委員の講演資料でも、近い考え方の図表が示されていた。今回、それをより明示的・継続的に公表する形に踏み出したということだ。
この背景には、外部からの批判もある。Reutersなどは、日銀の「基調的なインフレ」という説明がわかりにくく、「日銀が何を見て利上げを判断するのか」が不透明だと指摘してきた。新指標の公表には、こうした「コミュニケーションの透明性を高める」という意味合いもある。
中東情勢と、物価を読む難しさ
タイミングとして気になるのは、イランをめぐる緊張が続くなか、原油価格が再び上昇圧力を受けていることだ。
原油高はガソリンや電気代を通じて物価を押し上げるが、それは政府の補助策によって一部が吸収されうる。すると、見た目の数字と基調的な数字がさらに乖離しやすくなる。
植田総裁は3月の会見で「物価は短期的に振れやすくなっている」と述べていた。その「振れやすさ」に対応するための補助メーターが、今回の新指標だとも言える。
ただし、今回の指標は原油価格そのものを直接除去するというより、エネルギー補助策など「政府が講じた政策・制度要因」を差し引く性格が強い。原油高が時間差でサービス価格や食料品に波及した場合、それをどこまで「一時要因」とみなすかの判断には依然として難しさが残る。
利上げは近いのか
気になるのは「では次の利上げはいつか」という点だろう。
正直なところ、新指標だけで利上げが決まるわけではない。日銀が政策判断に使う材料は、物価だけではないからだ。賃金の持続的な上昇、サービス業を中心とした価格転嫁の広がり、企業の価格設定行動の変化、海外景気のリスク——こうした複数の要素を総合的に判断して利上げのタイミングを測る姿勢は変わっていない。
今回の発表は「利上げのボタンを押した」というよりも、「日銀がどういうロジックで利上げを判断するかが、少し外から見えやすくなった」と理解するのが実態に近い。
家計への影響は
とはいえ、「自分には関係ない話」と流すには少し惜しい話でもある。
日銀の政策判断は金利の先行きに直結する。金利が上がれば、変動型の住宅ローンの返済額は増える。企業の借入コストが上がれば雇用や賃金にも影響が出うる。円相場を通じて輸入物価にも波及する。
日銀が「何を物価の基準にしているか」という地味な問いは、家計の金利負担と続く糸でつながっている。1.6%と2.2%の差が示すのは、単なる統計上の違いではなく、「物価の現実をどう読み解くか」という問いへの日銀の答えの一端だ。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

