イスラエルのカッツ国防相は3月17日、イランの国防・外交を統括する「最高安全保障委員会」の事務局長アリ・ラリジャニ氏を、前夜の空爆で殺害したと発表した。イラン側のメディアも死亡を確認した。
「間違いなく厳しい報復が待ち受けている」——イランのペゼシュキアン大統領はそう声明を出し、実際に大規模なミサイル・ドローン攻撃が続いていると報じられている。
ただ、今回の出来事が単なる「幹部殺害」にとどまらない意味を持つのは、ラリジャニ氏がどんな人物だったかを理解してからでないと、全体像が見えてこない。
ラリジャニ氏は何者か——「イランの影の調停役」
アリ・ラリジャニ氏は、イランの現代政治史を貫く実力者のひとりだ。
革命防衛隊の出身で、その後、国営放送のトップ、文化相を経て、かつて最高安全保障委員会の書記として核開発問題をめぐる交渉を担った。その後、国会議長を歴任し、事件当時は再び最高安全保障委員会の事務局長を務めていた。軍事・外交・立法の三つの領域をまたいで要職を歩んだ人物だ。最高指導者ハメネイ師の側近であり、代理人も務めたとされる。
ロイター通信は「ハメネイ師の死後、イランで最も影響力のある人物の一人となっていた」と伝えており、AP通信も「戦争開始後のイラン運営を担っていたとみられる」と報じている。
ただ、ラリジャニ氏の特異性は、単に「影響力が大きかった」という点だけではない。ロイター通信は、同氏について「対立する派閥とも関係を築いていることでも知られていた」とも伝えている。つまり彼は、強硬一辺倒ではなく、対立する勢力の間を取り持ち、意思決定に合意を形成できる人物——いわば「体制内の調停役」としての顔も持っていたのだ。
最高安全保障委員会とはどんな機関か
ラリジャニ氏が率いていた「最高安全保障委員会(SNSC)」は、イランの国防・外交・核政策を含む安全保障の司令塔に近い機関だ。
形式上は大統領を議長とするが、最高指導者ハメネイ師の意向と深く結びついており、ここを掌握する人物は軍事と外交の結節点に立つ。ラリジャニ氏がかつてこの場で核交渉の責任者を担ったことも、その位置づけを物語っている。
空爆の経緯——テヘランのアパートを攻撃
イスラエルメディアによれば、ラリジャニ氏は首都テヘランのアパートにいたところをイスラエル軍に攻撃された。カッツ国防相は、同日に民兵組織「バシジ」のトップであるソレイマニ司令官も同じ空爆で殺害したとも発表した。
バシジとは、イランの国内治安維持を担う民兵組織で、革命防衛隊の傘下にある。ラリジャニ氏が「外交・政策決定の中枢」なら、ソレイマニ司令官は「国内統制の実行部隊」のトップにあたる。その両者が同時に失われたことになる。
なお、ラリジャニ氏に関しては、アメリカ国務省も最大1000万ドル(約16億円)の報奨金を設定して情報提供を呼びかけていた。
イランは報復を宣言——ミサイル攻撃が続いたと報道
ラリジャニ氏の死亡確認を受け、イランは即座に報復姿勢を表明した。
ペゼシュキアン大統領は「厳しい報復が待ち受けている」とし、AP通信はその後、イランがイスラエルや湾岸諸国方面へのミサイル・ドローン攻撃を強化したと報じている。ロイターは、イランがテルアビブに対してクラスター弾頭を使ったミサイル攻撃を行ったと伝えている。ただし、現地の状況は流動的であり、詳細は今後の続報で確認が必要だ。
また、ラリジャニ氏自身も生前、SNSや公の場で徹底抗戦を繰り返し呼びかけていた。3月13日には、イスラエルとアメリカを非難するデモに参加する姿がイランメディアで伝えられており、「アメリカが圧力を加えるほど人々の意志はより強くなる」と述べていた。
「調停役の排除」が体制を硬化させる可能性
今回の殺害をめぐっては、見方が分かれる点がある。
イスラエル側から見れば、イランの安全保障中枢を担った人物を除去したという戦術的な成功だ。しかし専門家の間では、別の見方も浮かび上がっている。
専門家からは、「ラリジャニ氏の能力は、戦闘終結後の混乱の中でエリート層の合意を形成する上で欠かせないものになっただろう」とし、幹部を殺害していくことがイランをより強硬にさせる懸念を指摘する声が出ている。
つまり、現実主義的な調停役を失ったことで、イランの意思決定が強硬派に偏り、報復の水準が高まったり、外交的な出口を見つけにくくなったりする可能性がある——という逆説だ。
この懸念が現実になるかどうかは今後の展開を見なければわからないが、少なくとも「重要人物を排除すれば体制が弱体化する」とは単純に言えないことを示している。
ホルムズ海峡、原油、世界経済への波及
今回の事件は、中東の地政学問題にとどまらない。
イランとイスラエルの衝突が激化するにつれ、ホルムズ海峡の通航安全が再び不安定化するリスクが高まる。世界の原油供給の要衝であるこの海峡が機能不全に陥れば、エネルギー市場の混乱や原油高が日本を含む各国の物価に波及しうる。
ロイターやAPはすでに、報復連鎖の拡大がエネルギー市場の不安感を高めていると報じており、この問題は政治・安全保障の次元だけでなく、経済・生活への影響という観点でも見続ける必要がある。
まとめ——「幹部殺害」が問うもの
今回のラリジャニ氏殺害が示すのは、イスラエル・イラン間の軍事衝突がさらに指導部レベルに踏み込んできたという事実だ。
イランは報復を宣言し、ミサイル攻撃を強めたと報じられている。一方で、体制内の調停役を失ったことが、イランの強硬化と報復連鎖をかえって加速させる可能性も否定できない。
今後の焦点は、イランが報復の水準をどこまで引き上げるか、そして周辺国・国際社会がそれをどう受け止めるかにある。この地域の緊張が和らぐ気配はなく、当面は予断を許さない状況が続く見通しだ。
(本稿は各種公開情報をもとに作成しました。一部数値は記事掲載時点の情報です)

