3月6日の金融市場は、ひとことで言えば「投資家にとって最も厄介な組み合わせ」が重なった一日だった。中東情勢の緊迫化で原油価格が急騰する一方、米国では雇用と消費の弱さが示され、「景気が悪くなっているのに、物価が上がる圧力も強まる」という難しい局面が浮かび上がった。結果として世界の株式市場は売られ、円は対ドルで下落した。
この日の値動きは、個々のニュースを並べるだけでは分かりにくい。だが「何が、どの市場を、どの順番で動かしたのか」という流れをたどると、一本の糸がつながってくる。
震源地は中東——原油価格が再び急騰
今回の相場の出発点は、原油市場にある。
今回のイランをめぐる情勢はこれまでの中東緊張と比べても際立って深刻だ。アメリカとイスラエルによる攻撃でイランの最高指導者が殺害されるなど、これまでにない局面に踏み込んでいる。
その緊張の高まりを受け、原油の先物価格が急上昇した。国際的な価格指標であるWTI(ウエスト・テキサス・インターミーディエート)先物は急上昇し、ブレントは終値で92.69ドル、WTIも90ドル台に乗せた。これは近年の平均的な価格水準から大きく跳ね上がった水準だ。
なぜ中東情勢が原油価格を動かすのか。それは「ホルムズ海峡」という場所の存在による。ペルシャ湾と外海をつなぐこの幅の狭い水路は、中東で産出される原油の多くが通過する輸送の要衝だ。ここで紛争が起きたり、船舶への攻撃が相次いだりすると、「原油の供給が滞るかもしれない」という不安が世界中の市場を走る。5日から6日にかけて、タンカーへの攻撃が伝えられたことで、まさにその不安が広がった。
大手メディアでは「ホルムズ海峡の供給障害が続けば100ドル超もあり得る」との見方も一部で出ていることが示されており、市場がこの事態を単なる一過性の出来事として見ていないことが分かる。
円安が進んだ「二つの理由」
東京外国為替市場では、6日を通じて円安・ドル高の流れが続いた。東京市場での午後5時時点では1ドル=157円台後半をつけ、その後ロンドン市場では一時158円台まで円が売られた。これは今年1月下旬以来、約1カ月半ぶりの円安水準だ。
「なぜ原油高で円安になるのか」と不思議に思う方もいるだろう。仕組みは主に二つある。
一つ目は、原油調達のためのドル需要だ。原油は国際市場で基本的に「ドル建て」で取引される。日本はエネルギーの多くを輸入に頼っているため、原油が高くなればなるほど、その支払いに必要なドルをより多く用意しなければならない。ドルを買うには円を売る必要があるため、円安の圧力がかかる。
二つ目は、米金利への思惑だ。原油高がインフレ(物価上昇)を再加速させれば、アメリカの中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)が利下げのペースを緩めるかもしれないという観測が広がる。金利が下がりにくいなら、ドルを持っている方が有利になるため、ドルが買われやすくなる。
ロンドン市場での市場関係者のコメントにもあったように、「原油価格の値上がりでインフレが再加速すればFRBの利下げペースが緩やかになるという見方がドル買いを後押しした」という構図だ。
今回の円安は「日本経済が特別に弱い」という話だけではなく、原油高とドル需要という世界的な流れの反映でもある。ただ一方で、日本はエネルギーを輸入に頼る国として、原油高には構造的に弱い面もある。この「輸入大国としての弱さ」が円売りにつながりやすいことも、為替市場では意識されている。
米国市場を直撃した「二重の悪材料」
6日の米国株式市場では、ダウ平均株価が前日から450ドル余り値下がりした。前日の5日も一時1100ドルを超える急落があり、米国株は2日続けて大きな売り圧力にさらされた格好だ。
この日、株式市場に打撃を与えた材料は「原油高」だけではなかった。米国の景気指標が相次いで弱い内容を示したことが、市場心理をさらに冷やした。
米2月雇用統計:農業分野以外の就業者が前月比9万2000人の大幅減
雇用統計は、米国の景気の健全度を測る最も重視される指標のひとつだ。農業分野を除く就業者数(非農業部門雇用者数)が増えていれば景気は拡大、減っていれば減速のサインとみなされる。今回は9.2万人という大幅な減少で、景気の先行きへの不安が一気に広がった。失業率も悪化した(素材では4.4%との分析あり)。
米1月小売売上高:前月比0.2%減
こちらは個人消費の動向を映す指標だ。前の月を0.2%下回ったことで、家計が財布の紐を締め始めている可能性が浮かんだ。雇用が弱まれば給料への不安が生じ、消費も鈍る——その流れが数字として現れてきたという見方もある。
ここに、投資家にとっての「やっかいな構図」が生まれた。景気が悪化しているなら、本来はFRBが利下げをして経済を支えようとする。利下げになれば株式市場にはプラスになりやすい。ところが今回は、原油高によってインフレ圧力が高まっているため、FRBはそう簡単に利下げに動けない。「景気は弱いが物価は上がる」——経済学ではこれを「スタグフレーション」の懸念と呼ぶ。株式市場が大きく売られたのは、こうした「どちらに転んでも難しい」状況を市場が一度に織り込もうとした結果といえる。
東京株の「反発」はなぜ起きたのか
一方、東京株式市場では荒い値動きの末に日経平均が反発した。朝方には一時700円を超える急落となったが、その後は買い戻しの動きが広がり、終値は前日比342円78銭高の5万5620円84銭となった。
数字だけ見れば、「日本株は悪い環境の中でも底堅かった」という印象を受けるかもしれない。だが市場関係者は、この反発を楽観的に捉えていない。
コメントにあったように、買いを支えたのは主に「先週、株価が5万9000円台まで急ピッチで上昇したタイミングで買い遅れていた投資家の押し目買い」だったとみられている。つまり「これから本格的に上がる」という強気の判断ではなく、「急落しすぎたから一度拾っておこう」という性格の動きだ。
実際、東京市場での反発の後、欧州・米国市場では再び売りが優勢になった。時間を追って整理すると次のような流れだ。
- 東京時間:前日の急落の反動で買い戻し、日経平均は一時値を戻す
- 欧州時間:円安が進行し、原油高も続く
- 米国時間:雇用統計と小売の弱いデータが重なり、株安が再燃
東京市場の反発は、その後の流れの中では「一時的な戻り」の位置付けになる可能性が高い。
来週に向けて——相場の焦点は三つ
この週末を挟んで、市場が注目するポイントは大きく三つある。
① 原油高はどこまで続くのか
ホルムズ海峡周辺の情勢が落ち着けば原油の上昇も一服する可能性があるが、イランの最高指導者殺害という前例のない事態を受けて、緊張が長引くシナリオも排除できない。原油が高止まりするかどうかが、今後のインフレ・金利・株式のすべてに影響する。
② 米国の景気減速はどの程度深刻か
雇用も消費も弱さが見えた。今後発表される経済指標で、この流れが一時的なものか、基調として悪化しているのかが試される。FRBが次の一手をどう考えるかも、順次明らかになってくる。
③ 円安はどこで止まるのか
158円台は、日銀が為替に対してより敏感になる水準ともされる。円安が物価に波及すれば、日銀の政策対応が意識される局面が来る可能性もある。
昨日のマーケットをひとことで言えば
「悪い景気指標なのに、素直に利下げ期待・株高にはなれない」——それが3月6日の相場の本質だった。
原油高というコストの重荷と、雇用・消費の弱さという景気の重荷が同時にのしかかり、投資家は次の一手を見つけにくい局面に立たされている。円安も株安も、それぞれ異なる理由で進んだが、根っこにあるのは「世界が今、簡単には解けない問題を抱え込んでしまった」という構図だ。
来週の相場がどちらへ動くかは、中東情勢と原油の行方次第というのが正直なところだろう。

