コンテナが届かない、重油が値上がる——ホルムズ海峡危機、日本の現場に迫る波紋

「毎日、荷物を運んでいる船の場所を確認しているんですが、動いていない。胃が痛くなる思いです」

都内で中東向けに食品を輸出する「RLAM Trading」の大岩賢太代表は、そう声を絞り出した。

彼の会社が2月末以前に船便で送り出したコンテナ3個は今、インドネシアのスマトラ島付近の海域で足止めを食らっている。中身はしょうゆ、うどん、小麦粉、いくらといった日本の食品。売上換算でおよそ7500万円に相当する。本来の届け先は、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイのレストランやホテルだ。

この荷物がどこへも動けない理由は、一つの「細い海峡」にある。


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ホルムズ海峡——世界のエネルギーが通る「咽喉部」

ペルシャ湾と外海(オマーン湾)をつなぐホルムズ海峡は、最も狭いところで幅がおよそ50キロメートルほどしかない細い水路だ。しかし、中東の産油国——サウジアラビア、UAE、イラクなど——から出荷される原油や液化天然ガス(LNG)の多くが、この海峡を通って世界中に届けられる。世界の原油消費量の約2割がここを経由するとも言われる。

2月28日、アメリカとイスラエルがイランへの攻撃を開始し、最高指導者が殺害されるという前例のない事態が起きた。これを受けてホルムズ海峡の周辺では、タンカーへの攻撃が相次いで伝えられ、航行リスクが高まった。コンテナ船も同様だ。本来ならドバイへ向かうはずの船は、この海峡への通過を避けたり、手前の海域で待機を余儀なくされたりしている。

大岩代表の悩みはここから来る。商品の賞味期限は短いもので8カ月ほど。しかも中東の消費者や宗教的な慣習に合わせた仕様で作られているため、「じゃあ、ほかの国に売ろう」という融通もきかない。このまま事態が長引けば、廃棄処分——つまり丸ごとの損失が現実になる。


「運べないから作れない」——トヨタも生産調整

影響は食品輸出にとどまらない。

関係者への取材によると、トヨタ自動車は3月9日から月末にかけて、中東向けに輸出する自動車の国内生産をおよそ2万台分削減する計画を立て、一部の取引先に通知したという。過去1年でトヨタが国内から中東へ輸出してきた台数は月間2万〜3万台程度。今回の削減は、中東向け生産のほとんどを止めることを意味する。

この種の生産調整は、以前は「部品が来ない」という仕入れ側の問題で起きることが多かった。だが今回は違う。完成した車が運べないから、作っても意味がない——「売り先の詰まり」が、工場の稼働を止めようとしている。

ロイターは、3〜4月の累計では減産規模が4万台規模になるとの報道も伝えており(NHKの「3月末までに2万台」とは期間の取り方が異なるため、最終的な規模は不明)、影響がさらに広がる可能性もある。


「工房と連絡が取れない」——広島の絨毯店の苦悩

中東の影響が「輸出できない」という話だけでないことも、この日の報道は伝えた。

広島県府中市でペルシャじゅうたんを販売する会社は、イラン各地の工房から年間およそ300枚の絨毯を仕入れ、売上全体の2割を稼いでいる。ところが、イランでの攻撃の応酬が続く中、現地の工房と連絡が取れない状態が続いているという。

「納品の見通しが立たない」どころか、ネット上には職人が避難して生産自体が止まっているという情報もある。この会社の中西徹さんは、「仮に情勢が落ち着いても、すぐには納品できないのではないか」と懸念する。さらに、原油価格高騰による物流コストの上昇が、値段にも跳ね返ってくることを恐れている。

ここで気づかされることがある。私たちは「輸出が止まる」という側面を先に考えがちだが、「輸入できなくなる」という影響も同時進行している。輸出と輸入、両方向で詰まっているのだ。


重油3〜5円の値上がりが、農家の経営を揺らす

中東からおよそ8000キロ離れた茨城県神栖市。全国1位のピーマン産出量を誇るこの市で、農業用ハウスを営む原秀吉さんは、6日、燃料事業者からこんな連絡を受けた。

「来週、重油の価格を3〜5円上げる予定です」

原さんのハウスは70アール(約7000平方メートル)。12月から春先にかけて暖房機を動かし続ける冬場は、1週間でおよそ50万円分の重油を使う。現在の1リットルあたり99円が仮に5円上がれば、約5%のコスト増だ。週50万円が週52.5万円になる計算で、月に換算すると差額はおよそ10万円。「再来週以降もさらに上がる見通し」とも伝えられたという。

「重油が高くなったら使わないこともありえる。でもそうすれば、ピーマンの収量が落ちてしまう」と原さんは話す。暖房を切ればコストは下がるが、植物の生育が鈍り、収穫量が減る。コストを飲み込めば経営が苦しくなる。どちらに転んでも損失が生まれるという、農家にとって厳しいジレンマだ。

施設園芸でこれほど重油代がかさむのは、日本の農業の構造的な特徴でもある。露地栽培と違い、ハウス農業では寒い時期でも安定した生産を続けられるかわりに、暖房にかかるエネルギーコストが経営の重要な変数になる。原油高は、農家にとって「輸送費が上がる話」ではなく「作れる量が変わる話」なのだ。


「大きなダメージ」——近江牛の輸出も行き詰まる

滋賀県竜王町で和牛「近江牛」の卸売りを手がける会社も、深刻な状況に直面している。

この会社は昨年2月からUAEのドバイなどへの近江牛輸出を始め、1キロあたり2000〜3000円の高単価が実現できる中東向けは、1年間で1000万円以上の売上を上げてきた。ところがイラン情勢の緊迫化で今後の取引が見通せなくなり、同じくイスラム教徒が多いマレーシアなどの東南アジアやヨーロッパへの輸出先変更を検討しているという。

「ハラール認証」という言葉を聞いたことがあるだろうか。イスラム教では、食べ物の調理・加工に細かい規定があり、それに適合していることを示す認証のことだ。この会社は、ハラール認証を取得した徳島県の工場で処理することで、中東市場への参入を実現していた。ハラール認証の取得には時間とコストがかかる。簡単に代替できるものではない。

「中東は大きな取引先になる可能性があったので、大きなダメージだ」——オカキブラザーズフーズの岡山和弘社長の言葉は、拡大しかけていた市場が突然閉ざされた悔しさを滲ませていた。


農業団体のトップも「本当に心配」

JA全中(全国農業協同組合中央会)の新会長に就任した神農佳人氏は、会見でこう述べた。

「今月以降、農作業が本格化する時期にあたり、燃料費の高騰のほか、肥料や農薬のコスト上昇の影響などを本当に心配している」

農業は春に向けて稼働が本格化する。肥料の原料の多くは天然ガスや石油から作られるため、エネルギー価格の上昇は肥料代にも波及する。さらに農薬の製造、トラクターの燃料、農産物の運搬コスト——農業の全工程にわたって、原油高の影響が及ぶ可能性がある。

神農氏は「和牛やお茶などの輸出先として注目されてきた中東地域だが、輸出の停滞が現実化した場合の対応を考えていきたい」とも語り、単なる懸念表明にとどまらず、体制の検討も示唆した。


なぜ日本はこれほど中東に弱いのか

ここまで紹介してきた話はすべて「ホルムズ海峡が詰まったら」という一点から来ている。なぜ日本はこれほど影響を受けやすいのか。

経済産業省の統計によると(素材内の分析情報のため確認要)、日本の原油輸入に占める中東からの割合は2026年1月時点でおよそ95%に達する。北米やロシアからの調達が増えた国々と比べても、日本の中東依存度は際立って高い。

石油備蓄制度があるため、ホルムズ海峡が数日詰まっただけで日本のガソリンスタンドが空になるわけではない。だが備蓄は「値上がりを完全に止めるもの」ではない。供給不安の高まりは価格に先行して反映されるため、重油や軽油の価格は早い段階で上がり始める。それが農家や物流業者のコストに直撃する構図は、今まさに現実になりつつある。


「見守るしかない」——ただし、手をこまねいているわけでもない

大岩代表のコンテナはまだ、スマトラ島沖に止まったままだ。「見守るしかない状況」——この言葉が、現時点での日本の輸出企業の多くが置かれている立場を象徴している。

一方で、既に動いている企業もある。近江牛の会社のように、中東依存を薄めるため輸出先の多角化を急ぐ動きが出始めた。トヨタは減産計画を立てて影響を最小化しようとしている。

事態がどう転ぶかは、政治と軍事の動き次第だ。専門家の間では「戦闘が長引かない」という観測もあるが(詳細は前稿参照)、「不測の事態がいつでも起きうる」という点では誰も異論を唱えない。

食卓に並ぶ食品の値段、スーパーへ届く荷物の量、農家が作る野菜の収穫量——その一部が今、スマトラ島沖の止まったコンテナ船と、同じ細い水路の行方に結びついている。

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この記事を書いた人

CFP®/1級ファイナンシャルプランニング技能士
公益社団法人 日本証券アナリスト協会認定
・プライマリー・プライベートバンカー
・資産形成コンサルタント
一般社団法人金融財政事情研究会認定
・NISA取引アドバイザー

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