ランチの会計で「ステーブルコイン」を使う時代が来るのか——渋谷の飲食店で始まった実証実験

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スマホをかざして、お会計

2026年2月のある平日の午後。渋谷パルコのすぐ近くにあるビルの10階に、ちょっと変わったカフェがある。店名は「Pangea Café & Bar」。窓の外には渋谷の街並みが広がり、一見するとごく普通のカフェだ。

しかしここでは今週から、普通のクレジットカードでも、交通系ICカードでもない、新しい支払い手段の実験が行われている。使われているのはステーブルコインと呼ばれるデジタル資産だ。

店員から渡されたメニューを見て注文し、会計の時間がやってくる。客がするのは、店側が提示したQRコードをスマートフォンで読み取ること。それだけだ。アプリの画面には「JPYC」という見慣れない単位で支払い金額が表示される。


「ステーブルコイン」って何?

ニュースで「暗号資産」「仮想通貨」という言葉を聞いたことがある人は多いだろう。代表格のビットコインは価格の乱高下で知られ、投資対象としての印象が強い。

ステーブルコインはそれとは少し違う。「価格を安定させること」を設計の核に置いたデジタル資産だ。円やドルといった法定通貨の価値に連動するよう、裏付けとなる資産(現金や短期国債など)を発行体が保有している。今回の実験で使われる「JPYC」は1JPYCが1円に相当する円建てのステーブルコインで、「USDC」は1USDCが1米ドルに連動する。

ビットコインが「値動きする投資商品」に近いとすれば、ステーブルコインは「デジタル化されたお金」に近いイメージだ。ブロックチェーンという分散型の技術を使って管理されているため、送金や決済の処理を効率化できる可能性があると期待されている。

ただし、「安定」は設計と運用次第であることも覚えておきたい。発行体の財務管理や準備資産の運用が揺らげば信用不安につながる可能性がある。銀行預金と同じ感覚で使えるかどうかは、まだ慎重に見る必要がある。


銀行とカード会社が組んで「試してみた」理由

この実験を主導しているのは、りそなHD傘下のりそな銀行と、クレジットカード大手のJCB、そしてIT企業のデジタルガレージだ。

なぜ銀行やカード会社が、「自分たちのビジネスと競合するかもしれない技術」を試しているのか。

  • りそな銀行DX・決済ビジネス部の井上怜也さんは取材に対し、こう話している。「ステーブルコインの技術を取り入れるにはスピード感が求められる。従来の決済機能と比べて使い勝手がいいものなのかを見定めたい」。(NHKニュースより引用)

つまり、敵視するより先に、自分たちの手で試してみようという判断だ。業界のプレーヤーが実証実験に乗り出す背景には、制度の整備も関係している。日本では改正資金決済法のもとで、ステーブルコインを「電子決済手段」として法的に位置づけるための枠組みが整いつつある。「法律的にグレーだから様子見」という段階は過ぎ、いよいよ「実際に使えるか検証する」フェーズに入ってきた。


二段階ある「決済」の仕組み

実験の狙いをもう少し詳しく見ると、「支払い体験の確認」だけではないことが分かる。

私たちが普段クレジットカードで会計するとき、「端末にタッチする」という一瞬の体験の裏側では、ネットワーク照会、承認、翌月の引き落とし処理……と複雑な工程が動いている。ステーブルコインでも同じで、「QRを読み取る瞬間」と「店舗に代金が入金されるまでの一連の処理」は別物だ。

今回の実験では、この二段階——客が支払う体験から、ブロックチェーン上の処理、決済後の業務処理まで——を通して行い、どこに手間やコストが残るかを洗い出すことを狙っている。なお、店舗側は最終的に日本円で受け取るモデルが想定されており、客がステーブルコインで払っても、店はリスクなく円で入金を受けられる設計が試されている。


外国人観光客への期待と、手数料の問題

実験にはもうひとつ、注目点がある。ドル建てのステーブルコイン「USDC」にも対応させている点だ。

訪日外国人にとって、日本での現金調達や両替は手間がかかる。クレジットカードが使えない店舗も少なくない。そこで、外国人がUSDCを使って日本の飲食店で直接支払えるようになれば——という発想だ。

また、店舗側のコストについても改善の余地がある。クレジットカード決済では、店舗が負担する加盟店手数料が売上の数パーセントかかることがある。今回の実験でも、こうした手数料負担を含むコスト面のメリットがどこまで出るのかが検証項目になっている。


「すでに世界が動いている」という現実

日本が実証実験を始めている一方、海外では一歩先へ進んでいる。

米国では2025年7月に「GENIUS法」が成立し、支払い用ステーブルコインに関する規制の枠組みが明確になった。規制が整うことで、銀行や大手決済ネットワークが参入しやすくなる。VisaはすでにUSDCを使った決済・清算の取り組みを拡大しており、Mastercardも提携を広げている。欧州でもMiCAという共通ルールのもとで整備が進む。

「実験」の段階にある日本に対し、海外では「実験から運用設計へ」という段階に移行しつつあると見られる。


広がるかどうかは「体験の差」次第

ただし、楽観的な見方ばかりではない。

日本はQRコード決済やSuicaなど、すでに使いやすいキャッシュレス手段が普及している。新しい決済手段が定着するためには、「今使っているものより明らかに便利」と思わせる体験が必要だ。ステーブルコインが、その差を出せるかどうかは現時点では不明だ。

さらに実務面でのハードルもある。本人確認(KYC)や不正防止(AML)への対応、返金やトラブル時の処理、会計・税務上の扱いなど、既存の決済にはない課題が待ち構えている。今回の実証実験が「洗い出したい」としている論点は、まさにこの部分だ。


お昼ごはんの会計が、社会実装の最前線

渋谷のカフェで静かに始まった実験は、3月2日まで続く。参加する客の多くは、おそらく特別意識せずにQRコードをかざすだろう。しかしその一瞬の体験が、金融インフラの未来を形作る実験データになっている。

ステーブルコインが「新しい支払い手段の選択肢」として日常に根付くのか、それとも実証の段階で課題が山積して普及に時間がかかるのか——答えは、この週の飲食店のレジに積み重なっていく。

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この記事を書いた人

CFP®/1級ファイナンシャルプランニング技能士
公益社団法人 日本証券アナリスト協会認定
・プライマリー・プライベートバンカー
・資産形成コンサルタント
一般社団法人金融財政事情研究会認定
・NISA取引アドバイザー

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