ネットフリックスかパラマウントか——ワーナー争奪戦「31ドル対27.75ドル」の深読み

ハリウッドで、異例の場面が演じられている。

ワーナー・ブラザース・ディスカバリー(WBD)という巨大メディア企業をめぐり、2つの買い手が競り合っている。一方はパラマウント・スカイダンス(PSKY:パラマウントとスカイダンスを傘下に置く持株会社)、もう一方はネットフリックス(NFLX)だ。

WBDはすでにネットフリックスと買収合意に向けた契約を結んでいる。それにもかかわらず、パラマウント・スカイダンスが修正提案をぶつけてきた。価格を1ドル引き上げ、リスクを肩代わりする条件を積み上げて。

WBDの取締役会は、その提案を受け取り、こう述べた。「これは『より良い提案』につながり得る」と。しかしまだ最終判断は下していない。ネットフリックスとの契約は「有効のまま」だ。

競り合いは続いている。


目次

WBDとは何者か——ハリウッドと実話ドキュメントの合体企業

まずWBDという会社を簡単に整理しておこう。

2022年、AT&Tが分離させたWarner Media(ワーナー・ブラザース、HBO、CNN等を含む)と、Discovery(ディスカバリーチャンネル等を運営)が合併してできた巨大メディア企業だ。

映画スタジオとしては「ハリー・ポッター」「バットマン」シリーズを持ち、テレビではHBO(「ゲーム・オブ・スローンズ」「ザ・ラストオブアス」等)が看板だ。同時に、ケーブルテレビの実話系チャンネル群(Discovery、TLC、Food Networkなど)も抱える。

この「映画・プレミアムドラマ」と「ケーブルテレビ」という二つの顔が、今回の争奪戦の核心をなしている。2社は「WBDのどの部分をどう評価するか」で、根本的に異なる絵を描いているからだ。


2つの「買収」は、中身がまったく違う

「買収」と一口に言っても、今回の2案は構造からして異なる。

ネットフリックス案は、WBDのすべてを買うわけではない。2025年12月に発表されたこの案では、ネットフリックスが映画スタジオとHBO・HBO Max(動画配信)を取得し、ケーブルテレビ部門(Global Networks)は「Discovery Global」として別会社に切り離す設計になっている(切り離しはQ3 2026予定)。対価は1株27.75ドル、企業価値にして約827億ドルとされている。

なお、この合意はその後、2026年1月に「現金のみ(all-cash)」の形へ改定された。

ネットフリックスが欲しいのは、コンテンツ制作力と配信の強化だ。ケーブルテレビ事業は求めていない。

パラマウント・スカイダンス案は、WBDの会社(株式)そのものを買いに行く色が強い。修正提案の価格は1株31ドルの現金。ネットフリックスの27.75ドルを大きく上回る。

ただし価格だけが違いではない。むしろ今回の修正案の本質は「リスクの肩代わり」にある。


「70億ドル+28億ドル」が示す本気度

企業買収には、さまざまなリスクが伴う。規制当局に「競争を阻害する」と判断されて認めてもらえないかもしれない。既存の契約をキャンセルするためのコストがかかるかもしれない。

今回、パラマウント・スカイダンスはそのリスクをほぼ丸ごと引き受けると言っている。

  • もし独占禁止法などの規制上の問題で取引が成立しなかった場合、PSKYがWBDに70億ドルを支払う(規制上の解約金)
  • WBDがネットフリックスとの既存契約を解除するために必要な28億ドルの解約金も、PSKYが負担する

これに加え、審査が長引いた場合に時間経過で上乗せされる「ティッキングフィー(ticking fee)」(2026年9月30日以降、四半期あたり0.25ドル相当を日割りで加算する設計)や、融資銀行が求める財務健全性証明のための追加資本拠出義務なども盛り込まれている。

「解約金」や「規制違約金」という言葉は難しく聞こえるが、要するに「もし破談になっても、うちが全部責任をとる」という意思表示だ。金額が大きいほど、相手の本気度と取引成立への自信を示す材料になる——というのが、M&Aの世界での一般的な読み方だ。


「より良い提案」という法的な仕組み

WBDはすでにネットフリックスと合意の方向で動いていた。それでも別の買い手の提案を検討できるのは、なぜか。

上場企業の取締役会には、株主の利益を最大化する義務がある。そのため、既存の合意があっても「より良い提案(Superior Proposal)」が現れた場合、それを無視するわけにはいかない。提案を評価し、必要なら既存の合意を見直す——というプロセスを踏む義務がある。

今回WBDは、PSKYの修正案について「より良い提案につながり得る」と評価した。ただし「なり得る」という表現にとどまっており、最終的にそう認定したわけではない。

もし最終的に「これが優れた提案だ」と取締役会が認定した場合、報道ではネットフリックスには4営業日程度の猶予(対抗期間)が与えられるとされる。その間に「ではこちらも条件を上げる」と対抗できるわけだ。


独占禁止法という壁——競争当局と政治の影

PSKYの提案が魅力的に見えても、規制上のリスクはゼロではない。

ネットフリックス案については、すでに複数の州司法長官がDOJ(米司法省)に対して「競争制限の観点から精査するよう求める」という書簡を送ったと、ロイターが伝えている。巨大コンテンツプラットフォームがさらに大きくなることへの懸念だ。

また同じくロイターは、ネットフリックスの共同CEOがホワイトハウスを訪問する予定があると報じており、政治的な動きも絡んでいることをうかがわせる。

ただし、どちらの案が規制上「通りやすいか」は、現時点では不明だ。70億ドルという巨額の規制解約金をPSKYが設定した背景には、「自分たちの案も規制リスクがある」という認識が含まれている、という見方もできる。


ネットフリックスは「退いてもいい」という立場

この争奪戦を、ネットフリックス側の視点から見ると、少し違う景色が見える。

バロンズ(Barron’s)は、PSKYが優位に立ちつつある中でも、ネットフリックスにとってWBDの買収は「絶対に必要ではない」という見方を紹介している。WBDの負債は重く、ケーブルテレビ事業の価値評価も難しい。「上手に退く(graceful exit)」こともネットフリックスにとっては合理的な選択肢だ、という論点だ。

一方でネットフリックスが対抗してさらに条件を引き上げる可能性も排除できない。報道で言及される4営業日程度の猶予(対抗期間)があるのも、そのためだ。


株価が映す市場の「今」

参考情報として、2月25日時点での株価を整理しておく。

WBD株は約28.9ドルで取引されている。パラマウント・スカイダンスの提示価格が31ドルであることを踏まえると、市場は「31ドルで決着するかどうか」について確信を持てていない、という読み方もできる(ただし、規制リスクや資金調達、成立までの時間価値を織り込むと、提示額より下で推移するのは珍しくない)。

PSKYは約10.16ドルで推移している。

ただし株価は日々動くものであり、これらはあくまでも一時点の参考値だ。


「誰が勝つか」より「何が変わるか」

最終的にどちらの案が選ばれるかは、現時点では不明だ。

しかしこの争奪戦が示していることの本質は、「誰がWBDを買うか」だけではない。

映画・ドラマ・配信・ケーブルテレビという産業が、どう再編されていくかという問いがここにある。ネットフリックスが手に入れれば、コンテンツと配信がさらに統合された巨人が生まれる。パラマウントが手に入れれば、伝統的なスタジオ同士が合体した別の形の巨人になる。

どちらの世界が消費者にとって、そしてクリエイターにとって良いものになるか——その答えは、数年後にしか見えてこない。

WBD取締役会の「最終判断」は、まだ下されていない。

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この記事を書いた人

CFP®/1級ファイナンシャルプランニング技能士
公益社団法人 日本証券アナリスト協会認定
・プライマリー・プライベートバンカー
・資産形成コンサルタント
一般社団法人金融財政事情研究会認定
・NISA取引アドバイザー

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